第24話 銃撃

 時は遡り、二時間ほど前。モエに取り残されたタエは何をしようか迷っていた。


 モエの言うように、服を買ったり、娯楽を楽しんだりするのもいいのかもしれない。しかし、今のタエにはお金がなかった。


 いや、正確には『無い』と言うよりは『使いたくない』という方が正しいかもしれない。


 現に、タエには盾の購入費用として持ってきた二万エンがあった。だが、タエはどんな状況になっても耐えられるように、ある程度貯金をすべきだと考えていた。


 すなわち、この二万エンは極力取っておきたい。そう考えているのだ。


「金は使いたくねぇけど何かはしたい……もうちょっとお金があればなぁ……これじゃいつか『金が足んねぇ!』ってことになるかもしれないし……」


 ん?足んねぇ?足んねぇ、足んねん……たんれん……鍛錬……


「鍛錬すればいいじゃん!!」


 ――その連想は無理がある、と思われるかもしれないが、人が何かを思い立つきっかけというものは往々にして大したものでは無い。こんなしょうもない物でもきっかけはきっかけ。思い立ったが吉日。タエは盾を背負って旅館を飛び出した。


◇ ◇ ◇


 街中を駆け抜け、うら若き少女は馴染みの試撃場へやってきていた。試撃場、という名前だが、攻撃的な魔法だけでなく、守備的な魔法も試用できる。


 高速で球体を投げるからくりがあるからだ。これは、皆の知るピッチングマシンのようなものである。


 タエは小走りで目的地へと向かい、到着したと同時に建物の中に入っていく。


 的が見えてきた。広大な土地にズラっと並んだ的が。それに向かって様々な魔法が一心不乱に飛んでいる。直撃したら考える間もなく死んでしまいそうな魔法から、初々しさに溢れた魔法まで色々。


 そこにいるほとんどの人間が魔法を撃つ中で、一人の少女の手元からあまりにも高らかな爆発音が響いている。あれは……銃だ。


「あれ、ハナじゃん!」


 銃使いの少女は、タエの知り会いであった。ハナは、後ろから話しかけてきたタエを見て、少しだけ目を見開いたが、すぐにその表情は笑顔へと変わった。


「おっ、タエ。久しぶりだね」


「いやぁ、まさかこんなところで鉢合わせるなんてね!ハナは練習?」


「そうだよ。タエは?」


「おれも練習。ハナは最近何してるの?」


「私は武器使いの友達と一緒に改物討伐を頑張ってるよ」


「へぇ、武器使い……」


「まあ、武器使いと言っても魔法を使わない訳じゃないよ?武器に炎を纏わせたりするから」


 タエはそれを聞いて少しときめく。武器に炎……か。おれの盾にも炎が使えたら……強いのかもな。


「かっこいいよな、銃使いとか剣使いって。盾使いってちょっと地味だよなぁ」


「そんなことはないと思うよ。使いこなせれば一番目立つ可能性だってあるんだから」


 そうかなぁ……?タエは訝しんだが、そんなことより自分がハナの邪魔をしていることに気づいてしまった。


「あっ!練習の邪魔しちゃったよね、おれはおれのことをやるよ」


「いぃや、待って。私はまだタエと話してたい。それに、私の銃捌きを見て欲しいし」


「そ、そう?」


 タエは少し気まずくなりながら、ハナの銃を見つめた。


「じゃあ、撃つよ。危ないから耳塞いで、私から離れて――」


 タエは急いで言われた通りに行動する。


その直後、パーンッ!!という特有の破裂音が轟いた。そして、それを確認したハナは、彼女が持つ筒から弾と装薬を取りだして銃口に詰め込んだ。


「大変だよなぁ。それって火縄銃ってやつだろ?」


 タエの言葉を聞いたハナは、少しムッとして、槊杖……すなわち弾を突き入れる棒を床に置いた。


「ちょっとそれは違うんだよね。確かに、基本的な仕組みは火縄銃と同じだよ?でも、これは雷火銃って言って装填の速度が火縄よりも断然早いんだ。しかも銃身も短いから小回りも効く。その分威力は下がるけど、それは私が距離を詰めたり味方の影から撃たせて貰ったりすればいいだけの話だから――」


「停止停止〜!!そんなこと言われてもよくわかんないよ!!とにかく、その銃は火縄銃じゃないんだね!?」


「う、うん。そう」


 タエはこれ以上は続かなかったことに胸を撫で下ろした。昔はこういう面を見せる子じゃなかった気がするんだけどなぁ……と思いながら。


ハナがもう一度銃を構えた。どうやら装填が終わったようだ。


「もう一発いくよ」


「耳を塞ぐんだよね……!」


 タエが指で耳を塞ぐ。すると、銃声が僅かに鼓膜を揺らした。それを認識したタエは耳から指を離した。


「ふう、ちょいっと疲れたな」


「やっぱり銃はかっこいいなぁ」


「だよね。銃はすっごくかっこいい。でも、盾もかっこいいと思うんだ。――ねぇ、タエの盾術を見せてくれない?」


「え、えぇ!?」


「ほらほら、成長したところ見せて」


「う、うん……」


 タエとハナは少し外れの方にある守備専用の練習場に向かった。そこは、動力が魔力の投石器がぽつんと置かれた狭めの空間だった。


 投石と言っても、そこら辺に落ちていた石を投じてくる訳ではなく、ある程度の安全性を確保する為に球状に磨きあげられたものだけが使われている。


 分かりやすく言えば、少し広いブルペンのようなものだと思ってくれれば良い。


「さて、動かしてみようか」


「うん……」


 ハナがからくりを動かす。そして、タエは言われるがままに盾を構えた。そこまで危険なものでは無いとはいえ、やはり不安だ。もしハナに当たったらどうしよう……


 ハナがいることを考えると、左右に弾くのは少々危険だ。つまり、極力下に弾くのが最良の選択。タエはその前提を頭に入れて対峙するのだった。


 カッコ、カッコとからくりが動く。そして、投石器から高速で石が飛んでくる。タエは石の正面に入り、これを丁寧に下へと弾いた。


「よ、よし!!」


「おー!上手い!」


 間髪入れず、次の球が飛んでくる。タエは急いで手を伸ばし、石を股下に弾く。


 しかし、一定間隔で投げることしか出来ないからくりは、すぐにまた次の投球を始める。タエは重い盾を充分に扱いきれず、石を弾けないと判断した。


「『防壁』!」


 タエは急いで魔法を使い、石から二人の身を守る。しかし、やはり投石の間隔は封じ込められない。また次の球が飛んでくる。タエは急いで盾の縁を使って弾く。


 上手くはじけた!と思った矢先、縁に当たったことが原因か、石が真っ二つに割れてしまう。しかも、割れた石の一つは素直に下に落ちたにもかかわらず、もう一つは最悪にもハナに向かって飛んでいってしまった。


「『防壁』っ!」


 タエは何とか魔法を展開し、突き刺すように石を弾いた。


「は、はぁっ!!危なかった!!」


 ハナは身の危険を感じ、からくりを停止させた。タエは最後の一つの石を弾き、その場にドカッと座り込んだ。


「あ、危ないよこれっ!」


「そうだね……」


 ハナがクールに答えた。そんなに落ち着いてる場合じゃない……とは思うが、実際はこういう時に落ち着くのが大事なのだろうな、とも思う。


 少し大袈裟な表現だが、九死に一生を得たタエと、何故かそこまで気にしている素振りを見せないハナ。その近くに、なにかの人影が近づいていることを、二人はまだ知らない。

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