第15話 討伐

 タエはコウモリの攻撃を右手に持った盾で防ぐ。なんとか斬撃によるダメージ自体は無効化できた。しかし、それはあくまで斬撃の分。攻撃そのものによる後ろへのエネルギーは全く受け止め切れず、タエはモエを巻き込む形で後ろに倒れた。


 あえて無防備な所を見せることで近距離攻撃を誘い、近づいてきた敵を一気に仕留める。そういう罠だと私は踏んでいた。


 しかし、この一連の攻撃には違和感があった。


 ここまでの攻撃とはスピードが明らかに違う。攻撃速度だけではなく、羽ばたく速度すら上がっている。まるで筋力そのものが大きく向上しているかのようだ。


 つまり、こちらに背を向けたあの行動は「罠」ではない?というか、重要なのは背を向けることではなく、肉を喰らう事だったのか……?


 ていうか、少し考えればわかる事じゃないか。いや、逆に考えすぎ――なのか?


「いてて……あ!モエさんすいません!」


 タエはようやくモエの上から退いた。モエは痛みを全身で受けて痺れているようだ。


 でも、肉を食べただけですぐに筋力が上がるものだろうか?それも改物の能力なのだろうか?


 疑問への答えとして、私はバラの改物にも同じような力があったことを思い出す。


 アイツは水を与えられただけですぐに急成長していた。今回の改物も同じで、血肉を喰らうことで筋肉が急成長する、と考えられる。


 食で急成長したり、超音波が可聴域に入ったり、ツルを自由に伸ばせたり。これらに共通することは「誇張」。それぞれの改物が元の生物の能力を大きく誇張している。


 特に、「成長」という能力は全生物共通。必要な栄養さえ揃ってしまえばどんな改物であろうと急成長するのだろう。


 モエが痺れから復帰し、体を起こした。渋い顔をしながらタエに注意をする。


「タエさん……倒れ込むのは別に構いません。大事なのはすぐに守れる体勢に移ることです」


 モエの指摘の後、すぐにコウモリがとてつもない速さで攻撃を仕掛ける。防御力のあるタエとモエに攻撃するのは不利だと判断したのか、私とウズの方へと攻撃を仕掛ける。私は焦らず落ち着いて対処する。


「もっかい『防壁』!」


 私の体が自然に動く。手のひらを前に突き出すと、タエが使っていた半透明で六角形の板が出現する。一見すると心もとないが、意外と強いその板がコウモリの斬撃を防ぐ。


 それを見てタエは大きく驚く。


「え、えぇー!?再立さんも防護魔法を使えるんですか!?しかも私と同じくらいの実力……!」


「いや、私の魔法は『リピート』。魔法や武器とかを攻守に関わらず一回だけ繰り返せる魔法!」


「り、りぴ?なんですか?」


「まあまあ、気にしない!」


 あれ?「攻守に関わらず」なんて説明されてたっけ?――まあ、いっか。


 とにかく今は次の攻撃をしなくては……なにか無いだろうか?いや、魔法……何も無くない?使える魔法は全部モエウズタエも使えるやつだけだ。いや、使える魔法はこれだけだが、魔法に限らなければ他にもある!


「やってみるか……!『リピート』!斬撃!!」


 私の両腕がコウモリの羽のような形に変化する。それが自然とバタバタ動き、私は少しだけ宙に浮いた。そして、コウモリと一気に距離を詰めて斬撃を繰り出す。コウモリも負けじと羽の刃で防ごうとする。


 二つの刃が重なり、私とコウモリは互いに後ろへと飛ばされる。私は衝撃で体が硬直してしまう。しかし、コウモリはまるで衝撃などないかのようにすぐに立ち上がる。そして、無防備になっている私に向かって斬撃を繰り出そうとする――


 私は攻撃に対応するために魔法を唱える。


「ぼ、『防壁』っ!」


 な、何も起こらない!そうか、タエはまだ『防壁』を使っていない……!


「な、なんか出ろ!!」


 私が叫ぶと、そこにふっと盾が現れ、コウモリの刃は盾にぶつかった。しかし、私は盾の下敷きになってしまう。


「痛っ!!」


 しかも、『リピート』による武器はすぐに消えてしまう。このままでは……!


「おれが、耐える!」


 タエが魔法を発動させると私の目の前に『防壁』が現れ、コウモリの刃を弾き飛ばした。そして、タエはコウモリに盾をガーンッと当てる。一度、二度、三度。私への攻撃で無防備になった頭へ執拗に殴る。


 コウモリはフラフラと倒れかける。しかし、気合と根性のような何かで耐える。


 私はなんとか起き上がり、もう一度叫ぶ。


「『リピート』!斬撃!」


 もっかい、私の両腕が変化する。そして、私の右腕ははコウモリの左翼を根本からグサッと切り落とす。コウモリは先程までのモスキート音とは少し違う


 ピェーーーー!!


 という声を上げて残った右翼をバタバタと動かす。今まで自由に動いていた翼が……ない。


 ――コウモリはそらを失ったのだ。


 私は動き続ける右翼を左腕でジャキンと切り落とした。この瞬間だけ、私の体の中から感情がなくなっていた。私の両腕は元に戻っていくが、倫理観だけは元に戻らない。


 攻撃手段を失ったコウモリは噛み付こうと接近してくる。私は下に落ちていたコウモリの羽を持ち上げ、腹の部分をザクッと切り裂いた。それから、二度、三度。恨みを込めて壊していく。


 解体されたコウモリは、もはや悲鳴をあげることも無くその場に倒れ込んだ。


「……う、嘘だぁー?」


 いくらなんでも野蛮すぎる攻撃方法にタエが困惑する。ウズもモエも唖然とした表情だ。私は、コウモリの死体を見てようやく正気を取り戻す。


 ヤバっ!!どんな戦いだよ!!


「と、とりあえず出ましょうか?」


 モエが提案する。私は当然賛同し、出口に向かって歩き始める。洞窟の中に落ちている小さなコウモリたちの姿が何とも痛々しい。これをやったのは私たちなんだよなぁ……?


 出口に着くと、さらに多くのコウモリが下に落ちている光景が目に飛び込んできた。何とも言えない虚無感が私の体を襲ってくる。


「まずは討伐機構に連絡をしないとですね」


 モエは話札を一枚取り出した。そこに番号状の傷を付けて連絡を取ろうとしたその瞬間――


 話札がボッと大炎上し、灰となって下に落ちてしまう。


「熱っ!」


 モエが火をつけた訳では無い。私がつけた訳でもない。つまり、どこかから攻撃を受けているのだ。


 犯人はすぐにやってきた。


「はぁーい。四人ともー?動植物保護法違反ですね〜」


 声の主は、赤髪ボブの少女。なにか警察の制服を少し和風に崩しているような服を着ている。私はそれに言い返す。


「動植物保護法?なにそれ」


「その名の通りですよー?動植物を保護してあげようっていう法律です!あ、まさかあなたたち、重要生物を殺しましたか?」


 赤髪の顔が段々と歪んだ笑みに変わり始める。それがとてつもない恐怖を演出する。


「じゃあ、この場で処刑ですね〜?」


「処刑……?処刑ってなんだよ!あんたになんの権限がある――んむっ!!」


 反論したタエの口をモエが抑え込む。モエは首を横に振っている。


「権限ですかー?わたしたちはポリスです。ポリスには刑罰を自由に決定する権利があるんですよ」


 ポリス……?どういうことだろうか?警察ではないのか?モエは疑問を持つ私に小声で説明し始める。


「いいですか?アイツは『ぽりす』。王府が派遣している治安維持者です。逆らえば処刑が当たり前。改物討伐をしている私たちは王府的には犯罪者なんです」


 そんな……!?あまりにも理不尽だ。なんで人々の命を守っている人間が裁かれなくちゃならないんだ……!!


 でも、独裁には恐怖による支配が必要なんだもんな……納得することは出来ないが。


 赤髪は笑いながら右手を広げた。


「じゃあ、行っちゃいましょうか?仲良くお亡くなり下さいっ!」

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