第14話 到達
大規模な石切場が、もう一度目の前に現れた。上から見ると本当に佳景だ。産業の力を感じる。
しかし、私たちは明らかに昨日とは異なる雰囲気を感じ取った。白く綺麗な岩の上に、なにか黒いものがポツポツとある……いや、飛んでいる。
「あれ、なんだろう……虫かな?」
私はモエに質問した。モエは目を少し細め、そこに何があるのかを確認する。
「――いえ、虫じゃなさそうです……あの飛び方は間違いなくコウモリでしょう」
「えっと……それはあの改物が分裂をしたってことでしょうか?」
ウズがアゴに手を当てて疑問を持つ。モエは左右に首を大きく振った。
「おそらくそれは違います。あまりこんな表現は使いたくないのですが……アイツらは、餌がある場所に群がっているのです」
そうか、一部のコウモリは吸血をするって言うしな。つまりあいつらは餌を――考えたくもない。
「餌を欲しがっているだけなら、わざわざ倒す必要も無さそうですね!」
タエが元気よく言った。モエは渋い顔をしてため息をついた。
「その考えは少々危険ですよタエさん。自然界では、餌を奪いに来る外敵から命をかけて仲間を守る、なんてこともよくあります。アイツらを放置しておけば、洞窟の奥に追い詰められて袋叩きにされるでしょう」
人間の血肉を求める、ということは肉食であるって言ってるようなものだもんな。肉食動物には必ず鋭い牙がある。それで攻撃されれば一溜りもないだろう。
「もうすぐ着きますよ。気を引き締め無ければ」
託使が降下し始めると、敵の全容が段々と分かってきた。コウモリが大量に羽をバタバタさせている。ざっと数えて千匹……あまりにも多すぎる。
「到着する前にある程度手を打っておきましょう……!『火球』、『炎上』!」
真下にいるコウモリが容赦なく燃えていく。先程まで飛行を続けていた生物が一瞬にして炭へと変わっていく。
「じゃ、じゃあ私も……『リピート!』、『火球』!」
情けなんかかけていられない。今日は仇討ちに来たのだ。こちらだって意地とプライドってものがある。
『火球』、『炎上』、『発破』。その三つの魔法が至る所で発動している。そして、降下が終了する前に半数近くがいなくなった。
託使の降下が終了した。すると、コウモリたちは待ってましたと言わんばかりに凄まじい勢いで私たちを襲いに来る。私とモエは必死で炎魔法を使う。
しかし、どうやらキャパシティは既に越え始めていたようで、コウモリたちが少しずつ魔法の力をすり抜けてきた。
「ここはおれが守ります!『防壁』!」
タエがそう唱えて手を広げると、私たちの周りに薄黄色で半透明な六角形の板が出現した。なるほど、防護魔法ってのはこんな感じなのか。かっこいいな。
タエは絶えず次の装備、盾を準備する。これでタエは盾と魔法の二枚看板だ。
防壁と盾に防がれたコウモリたちがいつの間にか一点に集中しはじめる。モエはそこを逃さず、『炎上』を唱えて一気に焼き上げる。間近で炎が燃えたぎるが、焦げ臭い匂いがするだけで熱さは感じない。防護魔法は熱まで防ぐのだろうか。
真っ先に襲いかかったコウモリが燃え、遅れてやってきたコウモリに燃え移り、また遅れたコウモリに燃え移り――まさに飛んで火に入る夏の虫。どんどんと自滅していくその様は、どこか心が苦しくなっていく。
周りにコウモリがいなくなり、あるのは炭の山だけになった。全滅、という訳では無いが、少なくとも託使の周りにはほとんどいない。モエは地に落ちた炭を三秒ほど見つめた。
「これ、改物じゃないですね……」
「そうなの!?」
「ええ、このコウモリたちは明確な改物では無いです。もともと改物ではなかった個体を洞窟の中にいた改物が従えているのでしょう」
――そう考えると辛くなってくる。改物ではない個体どころか、改物にも本来罪はないはずなのに。
そう憤っていても、コウモリの残党の攻撃は止むことがない。モエはやってきたコウモリを短剣で斬り落とす。
コウモリたちに罪は無い。しかし、「罪」も「正義」も人間が決めたものにすぎず、生物たちは自分を生かすために殺生を行う。つまり、こんなことは考えるだけ無駄なのだ。
「ウズもなにかしなくちゃ……!」
ウズは『放水』を近づいて来たコウモリに向かって発動した。すると、飛んでいたコウモリは急に落下し、そのまま動かなくなってしまった。人間にとっての少しの水は、小さな生き物にとってはとてつもなく多い。自分の体の半分近くを強い水流で攻撃され、為す術なく倒れる。
「ある程度は片付きましたね。もう洞窟の中に入ってしまいましょうか」
私たちは洞窟に向かって一気に走り始めた。これ以上仲間を呼ばれる前にボスを片付けてしまった方がいいに決まっている。
◇ ◇ ◇
洞窟の入口は、昨日と変わらず静かかつ冷たかった。なにかがいる気配もなく、私たち由来の音以外は何も無い。
私たちは入口付近に落ちている小さく丸い小石をそれぞれ二つずつ拾った。
「不気味ですね」
タエが言った。この四人の中でタエだけはここを経験したことがない。
コツコツと音を立てながら薄暗い道を歩いていく。なにかが突然現れるんじゃないかという恐怖で足がすくむ。しばらくは真っ直ぐな道なので何も出ないとは分かっている。しかし、それでも怖いものは怖い。
ゆっくりと歩いていると、前の方からなにかが飛んでくる。それは小さく羽ばたいていた。小さなコウモリだ。
しかし、先程までのコウモリとは決定的に違うところがある。口元に血が付いているのだ。口に付いた血がタラーっと垂れている。モエは怖気付くことなくすぐに短剣でグサリと打ち落とし、奥の方へと歩みを進める。
五十メートル、百メートル、二百メートル。ついに、あの曲がり角にやってきた。前回とは違い、今回は防護ができる。これが上手くいくことを祈って、思い切って曲がる。
そこには、大きな改物の姿はなかった。小さなコウモリたちが黒ずみ始めた血と、何かの肉に群がっている。十五匹くらいはいる。
「ふぅ……『炎上』!」
モエがそれを全て焼き払う。とはいえ、やはりここは酸素の薄い洞窟内。小さなコウモリたちは、どうも完全燃焼しきらずに倒れた。
すると、奥の方からバタバタと大きな羽音が鳴り始める。間違いない。昨日見た
そこに現れたのは人間を少し超えるくらいの巨大すぎるコウモリであった。
「こ、これが改物……!」
タエは少しだけ興奮していた。感覚の差か、経験の差か。緊張感が少し足りない。
私たちは改物から少し距離を取り、攻撃に備える。すると、改物が先制攻撃と言わんばかりに音波攻撃を仕掛ける。
ピィーーーッ!!
と不快な音がもう一度鳴り始める。しかし、当然対策はしてきている。それは耳栓。先程入口で拾った小石を耳に入れているのだ。これで相手の攻撃も多少はまともになる。実際、私たちは昨日ほどの行動制限はなく、ある程度自由に動けていた。
さらに、目の見えない改物は追撃としてギロチンと化した羽をバタバタと振り、斬りかかり攻撃を行った。
しかし、もちろんこれにも対処法がある。昨日分かったとおり、アイツの長所であり短所な部分は耳。そこに水が入れば音が聞こえず動きづらくなってしまう。
昨日と同じように、頭を狙ってウズが『放水!』と叫ぶ。
すると、水を当てられたコウモリは予想通りじたばたと変な動きを見せ、それ以上の動きを封じられてしまった。
しかし、コウモリ側もある程度は学んでいる。それぞれの耳を傾け、水を排出していく。それうすることでみるみる元の動きを取り戻していくコウモリ。このまま次の攻撃に移るか……と思いきや、コウモリは後ろに向かって飛んだ。
そして、ちょうど焼けていた同族と
小さな手を器用に使い、バクバクと食べていく。完全に無防備な背中だが、簡単に攻撃をする訳にはいかない。
炎魔法はこの酸素濃度の中では機能してくれないし、水魔法は動き封じにしか使えない。防護は守り専門だし、いまのリピートには遠距離攻撃がない。
短剣で距離を詰めようにももし失敗したら取り返しがつかなくなってしまう。つまり、見ておくしかないのである。
――しかし、どうやらこれは私の消極的思考がそう言っているだけらしい。タエはとんでもない提案をした。
「モエさん、短剣使えますよね?おれが守りますんで、短剣でグサッとやっちゃってください」
なに?そんなこと……できるのか?そもそもその魔法で守り切れるのか?正直不安だ。でも、どうせだったらやってみよう。
「モエ、いける?」
「やってみましょう」
タエが魔法と盾で守りながらモエが後ろを歩く。そして、肉を食べるコウモリの後ろに短剣をグサッと刺した。
すると、流石にコウモリも怒ったのか一気に振り向き、羽で攻撃を仕掛ける……!!しかも、それは先程までとは一線を画すスピードで……
やはり罠だったか!!
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