第13話 乖離

 私たち三人は深い絶望の中、重苦しい扉を開いた。


「お、いらっしゃーい」


 やけに元気な店主の声が私の心の奥底にある怒りを呼ぶ。しかし、事情を知らない彼に当たったところでなにも起こるはずがない。


「いやぁ、お手柄だったな!平原での改物討伐!ほら、報酬だよ」


 トゴーは私たちに三万エン分の硬貨を渡す。


 ――お手柄。その言葉が重く、深くのしかかる。人の命を守れずに何がお手柄だ。私たちのせいで人が二人死んだのだ。手柄などどこにもない。


「――前回は十万だったよね」


 私は極力自然な会話になるように言葉を返す。


「ああ、報酬が下がったこと気にしてんのか?大丈夫、これが適正価格だ。前回は街中に現れたってことで重要度が高かったんだ。今回は人の少ない平原だったからちょっと安いわけだな」


 人気ひとけのないところだからこそ、目を離してはいけなかったのに……トゴーが私たちのミスを責めている訳では無いのに、私が心の中で勝手に変換してしまう。


「いやぁ、改物討伐ってのは稼げていいね。討伐機構は稼げないのにねぇ――」


「待ってください店主さん!あの御三方なにか悲しそうな顔をしているじゃないですか!いくらなんでも気にしなさすぎでしょう!」


 トゴーの隣にいる客らしき高身長の女の子がキレる。すると、トゴーもありえないくらい恐ろしい形相で壁を


 ドンッ!!


 と強く叩き、言い返す。


「わかってんだよそんなことは。こっちにだって連絡くらい来てる。でもな、失敗した前提の会話なんてしたくねぇんだよ」


 客の女の子は急に怒られたことに困惑する。かわいそうだ。それに、知っていたのか……?情報というのはなんで早く届いてしまうのだろうか。


 トゴーは頭を抱えながら端にある椅子にドカンと座った。


 私たちはトゴーから極力離れるためにうつむきながら四人席に座った。高身長の女の子もそこに座る。


「なにがあったんですか……?」


 女の子が極力聞いて欲しくないことを聞く。でも、答えない訳にはいかない。それはもう起こってしまったものなのだ。いまさら隠しても仕方がない。


「改物に、一緒にいた人が殺されちゃった」


「えっ」


 女の子は小さな驚嘆の声を上げる。それから、少し考えたあともう一度声を発する。


「なら、仇をうたなきゃ」


「私たちは無力なの。あの人たちを守ってあげられなかった――」


 絶対に守れた。防げた。あそこまで酷いことは起こらないはずだった。なのに――


「じゃあ、おれが守りますよ」


「守るって……?」


「おれ、防護魔法使いなんです。三人のことはおれが守ります。だから、取りましょうよ。仇を」


 勝手な願いだ。守るだなんて大層なことを言ったところで、実績も能力も分からないのに連れていくだなんてこと――


『じゃあさ、私たちで倒そうよ!王サマをさ!』


 その瞬間に頭の中に言葉が流れてきた。

 ――あれ?これを言ったのは……私だ。モエは実績も能力も分からない私を試撃場に連れて行ってくれた。そんな私が、この子を受け入れない道理なんてあるのか?


 危ない。死んでしまうかもしれない。誰も保証してくれない……


「うん、仇は取るよ。絶対に」


「そうですよね。仇、取りますよね!」


「でも、連れていくのは――」


その先を言う勇気が、なぜか生まれなかった。私はその一言を避けるために別の言葉を発した。


「――一緒に行こうか」


 言ってしまった。モエもウズも驚いた表情をしている。

 それと対比するように女の子は青緑色の瞳を輝かせながら満面の笑みを浮かべた。


「キミの名前は?」


「サキノタエです!タエって呼んでください!」


「タエ、ね。私は民原再立。この子がモエで、この子がウズ」


「再立さん、モエさん、ウズさん!よろしくお願いします!」


 新しい仲間がまた増えた。もっかい挑もう、アイツに。そして必ず倒すんだ。


「あ、そういえば盾をまだ買っていませんでした……!えっと、三万エン……」


 あれ、タエは盾を買いに来ていたのか。仲間になったことだし、ここは先輩らしく奢ってあげようか。


「三万エンなの?じゃあ――」


 私は先程報酬で受け取った硬貨をそのまま座っていたトゴーに渡す。


「い、いやそんな!悪いですよ!」


「これは投資です!私たちを必ず守るって約束してね」


「わぁ……!は、はい!もちろんです!」


 タエは目を輝かせる。盾が煌びやかに光を反射し、私たちを照らしている。


 新たな友情を生み出したふたりに水を差すようにトゴーが話しかける。


「いや、感動してるとこ悪いんだけどさ、三万二千エンなんだわ」


 えっ、三万二千……?足りないじゃん!ダサっ!

 私は急いで昨日貰った一万エン硬貨を取り出そうとする。


「あ、あー!流石に全額は気が引ける!二千エンは払いますからぁ!」


◇ ◇ ◇


 新たな出会いは、時に気持ちを晴れやかにさせてくれる。実際、私たちはタエの出会いでどうしようもない罪悪感が幾分かマシになっていた。


 トゴーの店を出た私たちは四人で旅館に宿泊し、太陽が昇る朝を迎えていた。


 各々が戦いに使いそうなものの状態を良くするための作業を行う。出発の準備だ。


 準備はは私とタエ、モエとウズのふたグループに分けて行われていた。


「いやぁ、それにしてもこの盾かっこいいなぁ!」


 タエは自分の上半身よりも大きな盾を抱きしめつつ褒めた。どう見ても重く硬そうだが抱いていて痛くはないのだろうか?


「タエはどのくらい魔法の経験あるの?」


 タエは少し驚いたような表情をして恥ずかしそうに答えた。


「え、えっと……親に習って以来ほとんど使ったことないんですよね……」


 うそ、待って?ほぼ使ったことないの?使ったことないのに「仇を取りましょう」とか言っちゃったの?――マジ?


「まてまて、冗談だよね?実戦経験無しにあんな大口叩けないもんね?」


「いやぁ、おれって……なんつーか、色々な自信が溢れて来るってゆーか、できるぞーって気持ちになるんですよね」


 その自信はどこから溢れてくるんだー!!


 ――でも、よく考えてみたら私もよく分からない自信に満ち溢れていたなぁ……?そう考えると似てるかも。


「確かに、防護魔法ってそんなに使う機会ないもんねー……守るくらいにしか使えないんじゃない?」


「あ!それは聞き捨てなりませんね!おれたちの魔法を舐めてもらっちゃあ困ります!」


「え?防護魔法って言うくらいだから壁を作るとか、そんな感じじゃないの?守る以外に役割あるのかなぁ?」


 私がそんなふうに質問してみると、タエはチッチッチと人差し指を振ってみせた。


「防護魔法はたしかに魔力を一点に集中させて壁のようなものを作る魔法です。しかし!それは縦じゃなくたっていいんすよ?」


「縦じゃない?横ってこと?」


 タエは私の回答に指パッチンを一回パンっと打った。


「そうっす!まさにその通りで、壁みたいな『縦』ではなく、天井のように『横』で発動させれば足場になるんですよ!」


 なるほど、防護魔法というのは簡単に言えば防御力の高い板を出現させるものなのか。それを縦に置けば壁になるし、横に置けば足場になる……家が作れそうな説明だな。


「なら、実戦経験とは言わなくとも使ったことはあるんじゃん?」


「い、いやぁ……?親に『危ねぇから使うな』って言われてまして……使えたら役に立つ峡谷みたいなのもなかったですし」


「えぇ……?」


 限りなく不安だ。魔法を始めて三日目の私が言えたことでは無いが、なんの経験もない人間があの改物と対峙したら返り討ちに合いそうだ。


「でも、心配しなくても大丈夫っす!おれには新しい盾があります!これでどんな攻撃を守りきってやりますよ!」


 ――防護魔法をしっかり使えない人が『新しい盾!』とか言ったところで不安が拭えるわけではない。むしろ信頼が無さすぎて心配が深まっていくばかりだ。


「おれに任せといてください!」


 ――不安だなぁ……


◇ ◇ ◇


「おふたりとも準備は済みましたか?」


 モエが部屋の外に出た私たちに聞いてきた。


「まあ、私は大丈夫だと思うけど……タエがね」


「大丈夫です!おれの盾は戦う準備バッチリです!」


 「盾は」って、タエ自身はどうなんだ。どこかしらに不備があるのだろうか?


「あー、えっと、ウズとモエはどう?」


「ウズはカンペキです!」


「はぁ、カンペキって言ったって魔法が出るか確認しただけじゃないですか」


 モエが呆れたようにため息をつく。ウズや私には武器がないので魔法が出るかの確認をするだけで終わってしまう。というか私は準備の段階で使ってしまうと肝心の場面で使えなくなってしまう。つまり、準備などなにもできないのだ。


「さて、そろそろ出発しましょうか」


 モエの言葉に併せて、私はこくりと頷いた。


◇ ◇ ◇


 街中から飛び立った託使は天を駆け、どんどんと昨日の採石場に向かって加速してゆく。心做しか昨日よりも速度が出ている気がする。まるで焦り急いでいるかのようだ。


「――緊張しますね」


 モエは昨日の忌々しい気持ちを思い出しながら、決意に身を固めていく。ウズも私も覚悟を決める。でも、タエだけはなにか浮き足立っているようだ。


「改物って、どんなやつなんですかね?」


「人に対して容赦しない、恐ろしいヤツですよ」


 モエは静かに答える。しかし、その中には煮えたぎる炎のような熱さがあった。私たちは仇討ちに行くのだ。絶対に、絶対に生き残らないと。私は高速で過ぎ去る景色の上で、握りこぶしをギュッと作った。

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