第8話 『はんぶんこ』だから

 遊園地へ入る時、係員に入場券を渡した。門をくぐった先は、俺の知らない世界だった。


「行こ?」


「あ、ぁあ」


 子供たちの笑い声。

 カチューシャのようなか被り物をしてるカップル。ジェットコースターの歓声が脳内にこだまする。


「……あ」


 圧倒されていたんだ。


「すごいな」


「初めて来るんだっけ?」


「ああ」


 夢の中の様な非現実感。

 言い方は悪いが、薬物注射の感覚に似てる気がした。


「じゃあ、まずはコーヒーカップとかどう?」


「行こう」


 しずくに手を引かれ、色とりどりのアトラクションへ向かう。


「次はジェットコースター!」


 強風と落下の感覚に身体がおかしくなりそうで。


「おばけ屋敷!」


 作り物の怪物たちに驚かされ。


「メリーゴーランド!」


 子供に交じって恥ずかしい乗り物に乗らされ。


「観覧車!」


 やっと落ち着けるものに乗れた。


 二人、向かい合わせになるように座る。

 めまぐるしく変わる乗り物や景色にぐったりした俺を彼女は見つめる。


「疲れた?」


「うぅ、すまねえ。ちょっと」


 ゴンドラは中腹あたり、つまりは一番高いとこへ。


「ねぇ、廃人」


「なんだよ」


「見て」


 雫が指さした方向。

 空に茜がさし、太陽が傾く。


 きれいな、とてもきれいな。


「すげぇ、きれいだ」


 夕日だった。


「良いでしょ?」


 微笑む彼女は、何だかとても楽しそう。


 遊園地と夕日。

 彼女が見せたい光景だった。


「これで少しは返せたかな……」


「ん、返す?」


「何でも無い。独り言だよ」


 ゴンドラは回りきり、俺たちは車へ戻る。


「また来ても、いいかもな」


「そう? 良かった」


 何でだろうか、雫が笑うと妹が死んでからずっとあった胸の痛みが取れる気がした。


「……ぁ」


 気付くのが遅すぎた。

 もう、か。


 身体が制御を失い、重力に任せて身体が倒れる。


「え、何? ちょっと、ねぇ!」


 身体が揺すられる。

 かろうじて残った感覚が、雫は無事だと教えてくれる。


「噓っ、なんでこんな身体が熱いの?」


 彼女がめくった服のすそ

 隠していたものがバレてしまう。


「これ……」


 背中の辺りにある手術痕。

 まだ、新しい。


「ねぇ……私、馬鹿だから分かんないんだけどさ」


 あぁ、くそ。


「私が今、元気なのって」


 頬に液体の感触。

 そんな顔させたくなかったんだよ。


廃人はいとの腎臓、もらってるからなの?」


 末期腎不全の唯一の治療法。

 腎移植。


 まぁ、あの街じゃ……これくらいは普通でね。


「はん……ぶんこ」


 いつだったか、桜の木の下で言ったこと。





 





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