第7話 遊園地へ

車は走る。

行く場所も無い、帰る場所も無い二人を乗せて。


「あれ、何?」


 しずくは、いつの間にか助手席に座るようになっていた。彼女が指さした窓の先、城のような建物。


「あー、あれはなぁ……」


 なんと言えば良いのか……彼女のトラウマに触れるようなことはしたくない。自然とその手の単語は会話では避けるようになっていた。


「ちょっと、そんな困んないでよ。分かってるから」


 イタズラっぽく笑っていた。


「か、からかわんでくれよ……」


 安堵に似たため息。

 出会った頃からすれば、ちょっとずつ雫は笑うようになってきている。


 良い兆候だと、思いたい。


「どうする? 寄る?」


 俺の顔を見て、そんな冗談を言えるくらいには彼女の心は持ち直したらしい。


「寄らない……つか、次はどうすっかねぇ」


 彼女に見せたい景色。

 というか俺が知ってるキレイな景色はもう全部見せた。


 ほとほとつまらない人生だと思う。行けるのは金の掛からない場所ばかり、貧乏症は治りそうに無い。


「行きたいところあるか? 雫」


「うーん……行きたいとこ」


 考え込む彼女の様子に、アイディアにつながればと助け船を出す。


「金なら、ある程度はあるから心配するな」


「そうなの?」


「まぁ、高級店とか言われたら困るが……」


「そんなの私も知らないって」


 こういう時に、『金の事は心配するな。いくらでも払えるぜ!』ぐらい言えたら良いんだけどな。


「ねぇ、ふと疑問に思ったんだけどさ。私たちみたいな年代ってどこに遊びに行ったりするんだろう?」


「そうさな~」


 考え込んで、一つの事実に気付く。


「そういや、雫が何歳だっけ?」


「十六」


「マジ? 俺十八なんだけど」


 彼女の大人びたイメージから同い年か上くらいに思っていた。


「噓でしょ、絶対十年は離れてると思ってた」


「ひでぇな、そんな老けて見える?」


 まぁ、老け顔は自分でも分かってたがここまでとは。


「あっ……」


 何か気付いたように、彼女が窓の外を見る。

 その視線の先。かなり遠くの方ではあるがボヤけて見える建造物。


「遊園地……か」


 大きな観覧車、ジェットコースター、メリーゴーランド。行ったこと無いな、どうやって楽しむんだろ。


「行きたいのか?」


「…………うん」


「よし、行こうか」


 ハンドルをきり、車線を変更。遊園地へのコースへ。雫の方を見ると、ぼんやりと遊園地の方を眺めている。


「どうした?」


 なんか心配になって声をかける。


「昔……拉致らちられる前ね、家族が誕生日に遊園地につれてってくれたの」


「……いい家族じゃねぇか」


「うん、お父さんもお母さんも仲良しでさ」


 涙ぐむ彼女の様子に、心にモヤモヤとした違和感がまとわりつく。


「でも私が攫われたの時、犯人たち止めようとして殺されちゃった」


「……」


 彼女が涙を落とすごとに、胸がキリキリするのは何故だろう。何か、何かかける言葉は無いか。


「まぁ、あれだ」


 すすり泣く彼女の方も見ず、進行方向を見る。運転手としては正しい姿。


「俺は死なねぇよ」


 この言葉は正しかったのか、分からない。


「ぷっ、何それ」


 泣き笑いのようになる雫。

 胸の痛みは、消えた。


 まぁ、正解ってことで。


「ダッシュボードにハンカチあるから、顔ふいときな」


「うん、分かった」


 そう言って彼女が取り出したハンカチは、やはり汚れていた。


「……汚いんだけど」


「す、すまねぇ」


 ジトっとした目で見られ、たじろいでしまう。


「ふふっ、締まらないねぇ」


 全くもってその通り。

 まぁ、でも。彼女が笑っているから、良いんじゃなかろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る