第9話 理由

 シルフェが僕を助ける事なんて有り得ない。時間だけが過ぎ、次第に僕は心が折れ叫ぶ事を止めていた。

 これはもう、死ぬしか道は無いのか。

 どうにか生きようと思ったが、もう僕が出来る事は無い。万策尽きた。

 行くも地獄、戻るも地獄。台の上に寝かされて、短剣で胸を開かれて心臓を取り出されて終わるのだ。


「っ……っ」


 背中を壁に預けながら、気付けば頬を涙が伝っていた。

 両親も妹達も僕が死んだら泣いてくれるかな。そもそもこの体は家に戻れるのかな……。きっと無理なんだろうな、誰にも気付かれずに死ぬんだ。諦めないと、楽になれないんだ。

 そう思ったら余計悲しくなって、一層涙が溢れてくる。

 ……それからどれくらい時間が経ったか覚えていない。偶に窓の外を鳥が飛んでいくだけだから。

 ずっと腕を上げているせいか痺れて来たし、限界を訴えて腹が頻繁に鳴っているし、涙どころか鼻水も乾いてしまったが、どうせ死ぬんだ。もうどうでも良い。


 ――そう思った時。

 窓が開くガラリ、と言う音がした。

 え?

 流石にこの音は気になって顔を上げ、視界に飛び込んで来た光景に目を見開いていた。

 重たそうに、けれど器用に窓を僅かに開け部屋に入ってきたのは、赤い体に青い尾が印象的な鮮やかなインコだったから。

 あれは……太一さん……っ!?

 室内への侵入に成功したインコは僕を見た後、やはり前触れ無くスーツのイケメンへと姿を変え、1番に口のガムテープを外してくれた。


「静かに。シルフェは?」

「……隣の部屋に仮眠に戻りました……太一、さんっ」


 知った姿が急に現れ、安堵で乾いた筈の涙がまたこみ上げてきた。

 そんな僕を見て太一さんは眉を下げて小さく笑い、着けていた細いネクタイピンを外し僕の手枷を弄り始めた。


「悪いが、私は残念な事に夏樹君を助けに来たわけではないんだ。皇子に居場所を教える為に数分ここに留まるだけで、この手枷を外すくらいしか出来ない。皇子は嫌がっていたが一応応援は呼んでいてね、ただ彼らも君を生かすかは分からない。だから夏樹君は自力で逃げた方が安全だな。キリエはもう使わない方が良い。君のだとシルフェにバレるだろうし疲れるだろうから」


 手枷はオーソドックスな物だったようで、カチッ! と音がするなり簡単に僕の手首を解放してくれた。すぐに壁から背中を離し、隣にいる男性を見やる。


「はい、有り難う御座います……」

「さて夏樹君、人工生命体から1つ無責任なお願いだ。生きてくれ。私にとって君は初めての仲間なんだ」


 穏やかながらはっきりと紡がれる言葉に、この人が僕に優しかった理由がようやく分かった。

 造られた命であるこの人には、同胞と呼べる存在が今まで居なかったのだ。だけど生き返った僕は、太一さんと同じく命を吹き込まれたと言える。


「……じゃあ助けて下さいよ」


 照れ臭いやら今聞きたくない言葉やらで、凛々しく在りたいのに情けない顔で返していた。


「すまないね、私にそれは出来ないんだ」


 本人も言っていた通り無責任なお願いだ。自覚はあるのか罰が悪そうだ。太一さんは窓際に行き、僕を振り返る。


「ではな。また会えたら酒でも奢るよ」


 少し前の僕ならその言葉に返事が出来なかっただろう。でも今は、また生きたいと活力が湧き始めている。

 家族にまた会う為にも――生きないと。

 改めて強く思い笑っていた。


「僕、未成年ですよ?」

「じゃあ回らない寿司だ」


 顔を上げて言う僕の目に光が戻った事に気が付いたのだろう。窓枠に手を掛けた太一さんの唇に笑みが浮かんでいる。

 一瞬躊躇した直後赤いインコに変身した太一さんは、明るい空に向かってぱたぱたと羽ばたいていってしまった。

 再び1人になった部屋。

 先程よりも明るく見えるのは、日が出ているからだけではないだろう。


「よし……っ」


 まずはここから逃げ出そう。

 出入り口の扉に近付き音を立てぬよう慎重にドアノブを回してみたが、当然動かなかった。キリエか? もしかしたら部屋の外にもキリエで何らかの対策をしているかもしれない。

 そうとなれば出入り口からの逃亡は危険だ。なら窓から逃げるしかない。

 窓から顔を出し、地面までの距離を見る。

 ここは病院の2階みたいでマンションの2階より高さはあるが、カーテンをロープにすれば飛び降りられない高さではない。

 逃げられる。


 早速カーテンを外し慎重に裂いて三つ編みにしていく。妹の髪を編む機会があって良かった。

 音を立てないように。変な裂き方をしないように。そう思うと意外と時間がかかって、何十分も経過していた。

 その時。

 ――後ろから話し掛けられた。


「……何をしている」

「うわっ!」


 シルフェに見付かったのか!? と驚きすぎて飛び跳ねた。

 慌てて振り返る。何時の間にか扉が開いていて、そこに居たのはシルフェではなく――赤いダッフルコートが印象的なシオンだったのだ。視線の合わない瞳は少し気まずそうで、けれど真剣な光を宿し、口をへの字に曲げている。手に何か黒い物を持っていた。


「おい、窓から逃げようなんて思うなよ。そこは位置が悪い」

「し、静かにしろ……! シルフェが起きるだろ! 隣に居るんだから」


 廊下に立っている人物が、あまりにも堂々としていて焦る。

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