第4話 捨てる神あれば拾う神あり


「落ち着けよ、そんなのはったりに決まってるだろう? 鳥が美味しく頂くだろうあのケーキも、何人も居る妹達への土産だった筈だよ。それにこのハードケース。こんなに妹を愛している青年が、妹を危険に晒すような真似する訳無いだろ。妹さんの名前を出したのも、君を信じ込ませる為じゃないかな」

「なっ!?」


 淀みない言葉に頬が強張っていく。覚悟はしてたけど、こんなに秒でバレるとは思わなかった。

 シオンも最初ポカンとしながら聞いていたが、すぐに顔を赤くして僕を睨み付けて来る。


「おい! はったりとは良い度胸してるな、殺すぞ!」

「まあまあ、ここは私の好きにさせてくれよ。私は夏樹君と知り合えて嬉しいのさ。とりあえず帰ろう、夏樹君も助手席に乗りたまえ。シオン君はどうせロクな説明をしなかっただろう? 分からなかった事を説明してあげるさ。ああ安心したまえ、私は君の味方だよ」


 穏やかだけど有無を言わさぬ口調。この人達に着いていくのは危険だと思ったけど、こんな体で家に帰る事も出来ない。頷くしか無かった。

 にしても太一さんも結構大仰な話し方をするな。


「……ったく、好きにしろっ!」


 面白くなさそうに鼻を鳴らし、シオンはとっとと後部座席に乗り込んでいく。


「えっと……スマホ返して下さい」


 どうしてこの人が僕に好意的なのかは分からないが、女の子も送ったりシオンよりかは信用出来るのだろう。仲間が出来たようで肩の力が抜けた。太一さんは「どうぞ」と口端を上げながら返してきた。


「有り難うございます」

「妹さん達と仲が良いんだな、羨ましいよ」

「へへ……今着ているこのジャケットも妹達が誕生日にくれた大切な物で」


 太一さん相手で気が緩んだ事もあり惚気つつスマホをカンガルーポケットに戻し、袋小路のように暗い助手席に乗り込んだ。暖房の効いた車内は、夜空の下に居るよりもずっと暖かくて少しホッとする。


「この馬鹿を殺した奴の顔は見たか?」

「いや、でも背の高い女性だったよ。他の班が捕まえてくれると良いんだが……まああちらも流石にもう今日は動かないかな」


 運転席と後部座席で2人がごにょごにょと会話をしていた。どうも僕を殺した奴の話のようだ。2人の話が落ち着いてから口を開く。


「どこに行くんですか?」

「私達や仲間が住んでいる普通のマンションさ。ああみんな出払ってるし管理人さんも私達の仲間だから、変に気負わないでくれよ」


 アクセルを踏み込んだ太一さんの言葉に瞬く。

 音の無い車内はとても気まずい。

 ちらっと後部座席を窺ってみたら、先程よりも落ち着きを取り戻した赤いダッフルコートの青年は、車内に置きっぱなしにしてたらしい膝に乗せたタブレットで電子コミックを読んでいた。

 シオンが読んでいるあれは劇場版アニメにもなった事があるスペースオペラだ。アニメが好きな中学生の妹を連れて映画館に行ったので僕も観た。

 僕はどうなってしまうのだろう。このどこぞの名探偵みたいになってしまった体は戻って、家族にまた会えるのか。大学も退学になるのかな……。


「っ」


 不安と寂しさで。鼻の奥がツンとし啜ると微かな音が上がったが、知ってか知らずか誰も反応する事は無かった。


***


 とんだ邪魔が入ってしまった。折角もうすぐ悲願が叶うと思ったのに。

 でも、おかげであの青年が生き返った! 最高級の供物があそこに居る!

 欲しい。彼の心臓が欲しい。気持ち悪いと言われ続けて、それでも1人頑張ってきた自分の為にも。

 あの赤いコートの男……まさかこんな所に居るなんて。でも大丈夫。今の自分は彼に負けない。

 だから、あの供物を奪いに行こう。


***


 10分もしない内に車は世田谷の閑静な住宅街に入っていく。

 到着したのは新築のマンションの屋外専用駐車場だ。


「……マンションだ……」


 あんなに非現実的な事が起きていたと言うのに生活感のある場所に連れられ、何と言うかギャップが凄い。おかげで当たり前の感想しか出てこない。


「そうだな。着いたよ」


 返って来た相槌もサラッとした物。シオンはタブレットを閉じるなりさっさと車から降りて行く。その際入り込んできた冷たい夜風に髪が揺れた。

 駐車場の隅にある街灯に照らされたシオンが一度こちらを振り返る。不機嫌そうにこちらを睨んでからエントランスに入っていくのがハッキリと見えた。


「すまないね。彼は人一倍プライドが高いんだ」

「大丈夫です。そうだと思っていたので」


 そうじゃなかったらあんな風に舐めプをかまして来なかっただろう。寧ろ助かった。

 ハッキリ言うと、太一さんがぷっと楽しそうに笑った。


「そうかい、夏樹君は面白いな。じゃ、着いて来てくれたまえ」


 何時もより一回り大きいシートベルトを外して車を降り、太一さんの後を追う。綺麗なエレベーターホールは築33年の我がマンションとは次元が違っていて、居るだけで緊張する。

 エレベーターから降りて案内されたのは最上階の角部屋。シオンが先に行ったからか鍵が開いている。危なっ。


「数分でも鍵は閉めろよ、危ないぞ!」


 玄関に上がるなり、明るいリビングに向かってつい声を張り上げていた。

 妹達がこんな事したら怒る。ゴミ捨ての間とか、家に上がった直後を狙う犯罪者は多いんだぞ。その言葉に廊下を進んでいた太一さんが肩を揺らす。

 リビングのソファーで横になり、今度は銀河の動画を見ている黒いトレーナー姿になったシオンが、ムッとした声で言い返して来る。


「黙れ、お前うるさいんだよ! 太一も笑うな!」

「それはすまないね。夏樹君、適当に掛けてくれ。紅茶で良いかな?」

「あっ、お構いなく」


 敵陣に乗り込んだつもりだったけど、何か凄く日常……ジャケットを脱いで4人がけのテーブルに座った僕は、牙を抜かれたような変な顔をしてただろう。

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