第3話 はったり


「……仕方ない、一度しか言わないから良く聞けよ。お前は少女を助ける際一度殺された、覚えがあるだろう。あいつもまさか誰かが間に入るなんて思っていなかった筈だ、お前は運が悪かったんだよ」


 シオンが面倒臭そうに語る内容が咀嚼出来ない。


「死体が転がっているのを見た俺は、生き返らせてみたくなった。丁度チクチクうるさい太一も少女を送りに居なくなったし、俺なら出来ると思ってな。それは子供に戻るから命も戻るという蘇生法で、神話の再現であって失敗じゃないぞ。で、お前は死んでくれた方が都合が良いから最終的には殺す。ふんっ、これ以上話す気はない!」


 どこか高慢さを感じる冷たさで話し終えたシオンが再び夜空を見上げた時、完全に理解する。

 僕が一度死んで蘇ったと言うのは紛れもない事実だと言う事を。

 あの黒い刃や、鏡に映った姿を見てしまったら否定出来ない。覚えだってある。出血が無いのも体が戻ったから、という事か。

 きっと彼らは、僕が知ってはいけない存在なんだ。

 太一さんはまだしも、シオンは明らかに普通の大学生では無い。だから目撃者である僕を消そうとしている。アニメみたいな事が、令和の東京で起きている。


「……っ」


 そんな存在相手にはしたくないが生きる為。なけなしの勇気を奮い立たせてシオンを睨みつけた。

 目撃者の僕を消したいと言うのなら、上手く行けば――。


「おいシオン、これを見ろ」


 僅かに裏返った声で言い、カンガルーポケットからスマホを取り出してぐいっと差し出す。街灯に照らされた黒い瞳が億劫そうにこちらに向けられた。

 それを見て、先程録音したデータを再生する。暫くは僕の悲鳴が続いていたが、少しするとハッキリとシオンの声に切り替わった。


『仕方ない、一度しか言わないから良く聞けよな』

「……は?」


 公園に響いた己の声に、シオンが目を丸くしぽかんと口を半分開けている。


『お前は少女を助ける時、指名手配犯に一度殺された』

「待て待て待てっ!! なんのつもりだっ!」


 事態を把握したらしい青年が狼狽えきった声を上げる。勢い良くベンチから立ち上がり、赤いコートの裾が揺れた。

 思った通り――いや、思った以上にシオンは動揺していて口端が上がる。よし、これなら。


「さっきの会話、録音しておいたんだよ。それで、お前が空を見上げている間にこのデータを妹に送ったんだ。僕が居なくなったり死んだら、これをSNSに投稿してくれ、ってね。そんな事になったらお前困るだろ。舐めプかましたのが裏目に出たな?」


 録音したのは本当だけど、データは誰にも送っていない。スマホを見ればすぐに分かるはったりだ。説得力を上げる為に名は出したけど、大事な妹を危険に晒すもんか。

 この事がバレた時が恐ろしい。シオンの声がスマホから流れる中、ゴクリと唾を飲み込んでいた。


「このデータを公開されたくなかったら、お前が僕を殺すのは待った方が――」

「ふざけるなっ!!」


 シオンが叫んだ瞬間。僕の手の中から冷たい機械が――消えた。


「!?」


 確かにスマホを持っていた筈なのに、今僕の右手は何も握り締めていない。

 有り得ない状況に目を白黒させる。

 何時の間にか僕のスマホをシオンが持っていて、青い光に必死の形相を浮かばせながら画面を開いていたのだ。

 は? なんであいつが持ってるんだ?


「くそ、インターネット以外は全然分からん……っ!」


 ぶつぶつ言いながらあちこちタップしている。幸いシオンはスマホの扱いに慣れていないようで、注意もスマホに向いている。


「こんな馬鹿生き返らせるんじゃなかった!」


 主導権を握れた気がして、少しだけ気持ちが楽になる。余裕のない表情をしたシオンに言い返す。


「これ幸いと生き返らせておいて何だよその言い草!」

「うるさい黙れっ!」


 悔しそうにスマホから顔を上げ、喚き散らすシオンがこちらを睨んでくる。もっとクールなタイプなのかと思ったけど結構直情的だ。

 ――その時、公園の入口から呆れきった声が聞こえてきた。


「……何やってるんだい」


 声のした方を見ると、赤い車のスモークガラスを開けて話し掛けて来る太一さんが居た。眉根を下げ小さく笑っている。


「幼稚園児と大学生が喧嘩してるように見えるから面白いぜ?」


 そうだ、この人も居るんだ。僕を消したいだろう人は。

 今度はどうしよう、どうするべきだ。シオンははったり倒せても、この人は無理な気がした。どんな顔で太一さんを見ていいか分からない。


「太一!!」


 良かったとばかりにシオンが声を上げ、緑のスマホを持ったまま車に駆け寄る。


「夏樹が――あの馬鹿が俺との会話を録音しやがった! あいつを殺したらデータを妹が公開するって! どうにかしろ!」

「ふうん?」


 どこか面白そうに返した後、太一さんが僕に値踏みするような視線を向けてくる。見透かされてしまいそうで怖くて、思わず目を逸らす。

 太一さんはシオンから受け取ったスマホを何食わぬ顔で見始めた。


「ああロック掛けてるのか、偉いな。このカバーは……夏樹君の妹達か? 多いし、随分離れているんだね」


 下の妹達が僕のスマホを弄って教育上宜しくない画像を見つけてしまった事があるので、その日からロックをかけている。それを言っているのだろう。

 カバーは一度やってみたかった写真入りのオーダーメイドハードカバー。妹4人――高校生、中学生、小学生、幼稚園児――がハロウィンの仮装をしている写真を使ったそれは、高校生の妹に凄く気持ち悪がられながら作ったな。

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