・0-5 第5話 「あんた、立花 源九郎? :1」
賢二は腹ペコだった。
日中は交通警備員として立ちっぱなしで働き、そして今は目の前で美味そうな焼鳥が炭火にあぶられているのだ。
幸いにも賢二は、すぐに食事にありつくことができた。
「はい、ご注文の生ビール、それとこちらはお通しの、ガツ刺しになります! 」
そう言いながら、店員の1人がビールとお通しを運んできてくれたからだ。
お通しというのは、一般的に、店側が注文を確かに受け取ったことを客に伝えるためと、注文された料理ができあがるまでの間にお酒のおつまみとして楽しんでもらえるように出される一品料理のことだった。
ただし、お通しはサービスではなく、有料だ。
普通に料理を一品注文したのと同じくらいの料金が会計に上乗せされる仕組みになっている。
いわゆる[席料]のようなものだと考えればよい。
出されたお通しは、ガツ刺し、鶏の
ビールと一緒におつまみが出されたことは、[酒を美味しく飲む]という観点からみると嬉しいことには違いなかったのだが、賢二は少しひるんで、口をへの字に引き結びながらガツ刺しがこんもりと盛りつけられた小皿とにらめっこしてしまう。
今の賢二は、収入が乏しい。
だから、さほど高い金額を取られるわけではないとはいえ、値段がわからないお通しを出されてしまうと、会計が心配になってしまうのだ。
(た、多分、500円くらいだろ? ……うん)
だが、賢二は内心でそう自分に言い聞かせると、箸を手に取ってガツ刺しを口へと運ぶ。
空腹でたまらなかったし、誕生日くらい、[生活]という切実な問題から目をそらしていたかったからだ。
「ん! んまいっ! 」
しかし、一口ガツ刺しを口へと運んだ賢二の思考からは、せせこましい悩みなど吹き飛んでしまった。
お通しとして出されたガツ刺しはコリコリとした食感が心地よく、この店オリジナルの味つけであるらしいタレも良くからんで、絶品だったのだ。
そこへ、よく冷えたビールを流し込む。
「ぷっは~っ! 」
思わずそんな声が
「へい、焼き鳥、お待ち! 」
そうして賢二がガツ刺しを食べ終え、中ジョッキのビールが半分ほど消えた時に、頼んでいた料理が運ばれてくる。
目の前で焼かれていたのだから当然なのだが、どれも焼きたてて、溶けた脂で表面が輝いて見えた。
その輝くような焼鳥を前にして、賢二もその
「おっ、来た、来た~!
あ、店員さん、追加でレバー、ぽんじり、ナンコツ、全部塩で、1本ずつね! あと、ピーマンと、ナス、これも1本ずつね! 」
そして、すかさず追加の注文。
これで、焼鳥を食べ終わるころにはちょうど次の焼鳥が焼きあがるという、黄金パターンの完成だった。
だが、店員の反応がほんの少しだけ遅れる。
そして、思い出したように賢二の追加注文を素早くメモし始めた店員だったが、その手もすぐに止まってしまった。
(どうしたんだろ? )
賢二は焼鳥にかじりついたままの姿勢で、
どうやら店員は、賢二と、壁の方を何度もきょろきょろと見比べているような様子だった。
「あの、俺に、なにか……? 」
とりあえず口の中に頬張っていた焼鳥を
すると店員は、壁と賢二の顔とを見比べるのをやめ、それから、まじまじと賢二の顔を見つめた。
なんだか、言いたいことがあるのに、それを言うかどうか迷っているような様子だ。
だが、すぐに店員は意を決したように真剣な顔をすると、賢二にたずねてくる。
「あの……、もし間違っていたら、すみません。
あんた、立花 源九郎? 」
「えっ? 」
その言葉に、賢二は驚いて思わず手に持っていた焼鳥の串を皿の上に取り落としてしまった。
それから賢二は、先ほど店員が賢二の顔と見比べていた壁の方へと振り返る。
すると、そこには1枚のポスターがあった。
数年前に放送されていた、ドラマのポスター。
二百年も昔の時代、日本にまだ[サムライ]と呼ばれた人々が実際に生きていた時代をモチーフとした、いわゆる時代劇と呼ばれるジャンルの番組のものだった。
何人もの出演者たちの中心で、ひときわ大きく、目立つように、1人のサムライが描かれている。
身長180センチ以上はあろうかという長身に、精悍で彫りの深い、一度見れば簡単には忘れられない濃い顔立ち。
肩幅は広くたくましく、グレーの羽織、袴に
そしてその[サムライ]の姿をしたドラマの主人公は、長くのばした髪で
ポスターの中で、そのサムライは鋭く視線を細め、なにか遠くに目指す一点を見つめながら、その口元には自信に満ちた不敵な笑みを浮かべている。
そしてそのサムライの横には、白で縁取りされた派手な赤色の文字で、[立花 源九郎]の名が縦書きで記されていた。
そしてその立花 源九郎は、田中 賢二とよく似ている。
いや、その彫りの深い濃い顔立ちは、この日本、いや、世界のどこを探しても2人といないはずだ。
「よく、俺のことをご存じですね? 」
賢二がポスターから、まだなにが起こったのか信じられないというような様子で顔を店員の方へと戻すと、店員はいつの間にか、満面の笑みを浮かべていた。
そして店員は、はち切れんばかりの喜びを言葉に乗せる。
「だって、おれ、あんたの大ファンなんだもの! 」
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