第4話

 予想外の発言に思考がフリーズする。しばらく硬直し、無言でいると、夜鈴やすずが焦れたように、スカートの裾をギュッと握る。

 そこでようやく俺は、おそるおそる口を開く。


「夜鈴、お前それ、本気で、言ってるのか?」

「うん、本気だよ」


 強い意志のこもった答えに、困惑する。

 な、何を考えてるんだ一体?


「俺はお前の母親と結婚するつもりなんだぞ! お前と恋人になったら、浮気になるだろ!」

「大丈夫、浮気にはならないよ」


 やけに、断定した口調で言ってくる。

 

「ど、どうして?」

「啓太は私のこと好きじゃないんでしょ。だったら、期間限定で、恋人になったとしても、それは形だけの関係。浮気にはならないよ」

「でも、さっき、私のことを好きになったら、本物の恋人同士になろうって……」

「そうなったら、浮気になるね。でも啓太が心変わりしなければ、いい話でしょ?」

「それはそうだが……」


 煮えきれない返事をすると、夜鈴は訴えかけるように、言う。


「啓太、私ちゃんと、納得して前に進みたい。望まない結果で終わるとしても、やれるだけのことはしたいんだ。後悔はしたくない。あの時、ああすればよかったなって……」


 必死の形相の夜鈴。

 頼みを聞いてくれるまで、引き下がらない勢いだ。

 どうすべきか、迷っていると……。


「……お願い啓太。私と付き合って。付き合ってください」 


 夜鈴が膝をついて、校舎裏の地面に手をつこうとする。

 まさか、土下座するつもりじゃ……。

 ……そこまで、そこまでして、俺との初恋に決着をつけたいのか。

 ……覚悟の深さに、戦慄した。

 こうなったらもう、ちゃんと引導を渡してあげるべきじないのか?

 それが彼女のためじゃないのか?

 わずかな逡巡のすえ、俺は意を決した。

 

「……よし、分かった。一ヶ月だけ、恋人になろう」


 土下座しようとする手を止めて、夜鈴が勢いよく立ち上がる。


「オーケーしてくれるの?」

「……ああ」

「……そっか。嬉しいよ、すごく……。ありがとうね、私の無茶なお願い聞いてくれて」


 穏やかに口元をわずかにつりあげる夜鈴。

 先程までの、切迫した空気はもうない。

 昨日ぶりに見る、明るい表情に、ついほっとしてしまう。

  

「じゃあ、今から、恋人としてよろしくね、啓太」

「ああ、こっちこそよろしくな、夜鈴」

「うん、私に夢中になって、ちゃんと好きになってくれるように、たくさん頑張るね」


 言った後に、照れくさくなったのか、顔を赤くする夜鈴。

 か、かわいい。つい、ドキッとしまう。

 夜鈴と恋人になったことを意識してしまう。

 それをごまかすように、俺は努めて冷静に言った。  


「いや、俺は雪菜ゆきなさん一筋だから」

「むー、ちょっとは甘酸っぱい空気になってよ。そんなにお母さんがいいの?」


 ムードを台無しにされた夜鈴が、むすっと、不機嫌そうに口を尖らせる。


「まぁ、そりゃ、生涯を誓った相手だからな」

「あー、いいなー、お母さん。啓太にここまで思ってもらって」


 ため息をつき、少し、がっかりした表情の夜鈴。

 どう慰めの言葉をかけてあげるべきか、迷っていると、

 

「ねぇ、啓太……」


 急に夜鈴が、目を細めて、甘えるような声を出してくる。

 

「啓太がお母さんとしたこと全部、今から私としよう? 楽しかったこと、嬉しかったこと、気持ちよかったこと、全部しよう? それでたぶん、どっちの方がいいか、はっきりすると思うから……」


 どこか、蠱惑的な香りのする、そのインモラルな発言に、ギョッとしてしまう。

 俺は理解していなかった。彼女と恋人になる、それがどういうことなのか……。

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幼馴染の母親と結婚しようとすると、幼馴染が全力で俺を寝取ろうとしてくるラブコメ 田中京 @kirokei

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