第3話

 結婚の告白をした次の日。俺は陰鬱とした気分で、学校に登校する。

 教室の扉をあけると、すでに教室にきて席に座っていた夜鈴やすずと目が会う。

 目が充血して、疲れ切った表情をしている。彼女はすぐに、気まずげに視線をそらし、心細そうにうつむいてしまう。

 俺はその反応に心を痛めつつ、黙って、自分の席に向かう。

 以前なら、気兼ねなく、あいさつをかわしていたが、あの告白の後だ。やはりどうしても、ぎくしゃくしてしまう。

 今の夜鈴との関係をどうにかしたいと思うけど、それはあまりにも虫の良すぎる考えだ。

 俺は夜鈴の思いを知りながら、雪菜ゆきなさんを選んだ。

 夜鈴の思いに答えることができないのに、彼女と良好的な関係を続けたいだなんて。それは彼女からすれば、すごく残酷なことだろう。

 だとしたら、もうどうにもならない。

 結局、その日の授業は頭に入ってこなかった。

 夜鈴の傷ついた表情。それが頭にこびりついて、他のことなど、考える余裕がなかった。

 帰りのホームルームが終わり、放課後になる。

 精神的に疲れていた俺は、もう何も考えたかった。家に帰って、すぐに寝たかった。

 重い足を動かし、教室を出ようとするが、すぐに呼び止められた。


「啓太……」


 振り返ると、曇った表情の夜鈴がいた。

 濁った目がこちらを見ている。

 俺は動揺しながら、言葉にならない、声をもらす。

 彼女は弱々しくも切実な声で言う。


「ちょっと話したいことがあるんだけどいい?……」

「あ……ああ、わかった」

「……それじゃあ、人目のない所、行こうか。そこで話そう」 


 心の整理がつかないまま、俺は夜鈴の後をついていった、

 

「……昨日のこと、あれからずっと考えていた」


 交渉裏に行くと、夜鈴は俺に向かい合って、そうつぶやいた。

 まぁ、俺に話があるとすれば、そのことだよな。

 昨日の結婚の話をしてからというもの。彼女はずっと元気がないんだから。

 俺はごくりと、つばをのみこむ。

 

「啓太、お母さんと本当に、結婚するんだね?」


 重々しく、顔を歪めて、夜鈴はそう言った。


「……ああ、そうだ。」

「……ねぇもし私が、結婚しないでって、言ったらどうする?」

「それは……」


 懇願するような顔をされて、答えに窮してしまう。

 すると、彼女はハッとした顔をして、慌てて、言う。


「……ご、ごめん、意地悪な事言った。今のなし。……忘れて」

「……夜鈴。雪乃さんとのこと、今まで黙っててすまなかった。事が事だけに、話せなかったんだ」

「……」


 彼女は、しばらく黙りこむ。何かを考え込むように。

 そして、深くため息をついて、こう言った。


「……分かった。許すよ。許してあげる……」

「ほ、本当か、夜鈴?」


 思わず、声のトーンがあがる。

 まさか、許してくれるとは……。


「その代わり、私のお願い聞いてくれる?」

「お願い? 分かった、何でも言ってくれ!」

「じゃあさ、啓太のこと、ちゃんと諦めさせて……」

「えっ……?」

「一ヶ月だけ、お母さんに内緒で、私の恋人になって……。もしそれで、啓太が私のことを好きになったら、本物の恋人同士になろう? そうじゃなかったら、啓太のことちゃんと諦める。ただの幼馴染の関係に戻るから……」

「……夜鈴」


彼女の真剣な目がこちらを見る。

口元は震えていて、頬は、赤く染まっていた。

親子だからだろう、その表情はそっくりだった。

俺に告白した時の雪菜さんと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る