第24話 窮地の谷

「――柄にもなくピンチですね、ステラ」

「いいところに来てくれたよ……ってか、なんかめっちゃ濡れてない?」

「ちょっと本気を出し過ぎちゃって……えへへ」

「ええ、傭兵は殆どナギさんが倒してしまいましたわ。ところで、あのお三方は……」


 ナギとラズベリは、ステラが相対していたその三人を見た。そこに居たのは、長身の男と、子どもと、ゴツい武器を持った女。

 数少ない情報が、眼前の彼らにも見事に合致ていたた。


「おお! 時間はねえが、ステラの知り合いだしな。改めて自己紹介を。俺達は戦争屋アルルカン。リーダーはこの俺ジオラ・グレイと、メンバーは――」

「トッコ・グレイだ!」

「クオリ……グレイ」

「以上! この三人で色んなところに喧嘩ふっかけて回ってる。よろしくな」

「……なんか、ふざけた集団ですね。――ん? というか、グレイって……」

「三人ともご家族なのでしょうか? あの男性がリーダーのようですが……」

「良い所に気付いてくれた! 俺達は血のつながりこそ無いが、同じ目的の為に活動する立派な犯罪組織!」

「じ、自分で言うんですのね……」


 この時、呆れたラズベリとナギに近寄ってステラがこっそりと耳打ちをした。


「アイツが一番厄介だ。なんせ人のモノを奪うことが出来るスキルを持ってる」

「っていうことは、あの人も魔術師ですか……!?」

「おーおー? そこんとこ勘違いされると困るな。俺はコイツと同じで魔術はからっきし、底抜けにダメダメだぜ?」

「な、なんですって!」


 ステラの時もそうだったが、ナギにとっては、魔術を正しく修めていないものがスキルを獲得しているというのは、ある意味で魔術師の沽券に関わる事態であった。恨めしい表情で睨みつけるナギを、ジオラは嘲笑の眼で見つめ返した。


「そんな羨ましそうにするなよ。ああ、そういやクオリ。あのガキはどこにやったんだ?」

「ん、ここに」


 ジオラが訊ねると、クオリは当たり前のように渓谷の物陰から少年を浮かせて持ってきた。それはうっすらと壁のようなものが見えることから、魔法防壁で形成された籠に入っているのだとステラは直感で理解した。


「カルティアナ!」

「お前らの目当てはこれだろ? あれだよ、よく言うセリフだ。『こいつを殺されたくなきゃ言う通りにしろ!』って奴?」

「犯罪者ごっこのつもりか? 胸糞悪いぞ……」

「おお、それもいいな! でも今はマジで時間がねえから、今日のところは大人しく下がってくれないかな。今日はお前の勧誘がしたかっただけなんだ。人質を殺しはしねえけど、手足の二、三本は確実に――」


 瞬間、ジオラの言葉を遮ってステラが構えを取った。


「――ナギ、最大加速だ!」

「え? ちょ、えっ!?」

「いいから早く!」


 突如としてけたたましく響いた叫び声。思わず困惑するナギを押し切って、ステラは『これがトルーサーの流儀です!スピード・アジャストメント』を最大加速で付与させる。


「『祈る暇も無いスピーディ・ダン・サード』ッ!」

「はぁ、学べよステラ……。トリック・スターはいつでもお前を見てるんだぜ」


 ジオラはその予備動作に応じて、即座に自身のスキルも発動させる。ステラから『最速』スキルを奪い、その効力を無効化させた。


「はあああッ!」

「なにぃ!?」


 しかし、それでもステラは走り続けた。スキルを奪えば凡夫に成り下がるとタカを括ったジオラだったが、その期待とは裏腹に、ナギの『調速』により加速されたステラは平生と遜色のない高速移動をやってのけたのだ。

 パキィ、と亀裂の走った音が辺りに響く。カルティアナ少年を包んでいた魔法防壁の籠は木っ端みじんに砕かれ、見事に少年は救出された。


「あー、あのガキもスキルを持ってたのか……クソ、予想外だなぁ、クソっ!」

「『最速』以外にも『調速』がいるってことを想定出来ていなかったお前の負けだ。ジオラ」

「そんなこと分かるかよフツー! つーかお前、俺がスキル奪わなかったら人質のガキがひき肉になってたんだぞ、頭おかしいのか!?」

「計算済みって訳さ。喧嘩じゃ負けたけど、人助けならこっちの領分だよ、『戦争屋』」


 得意そうに返すステラは、ようやくいつも通りの飄々とした笑顔を浮かべていた。ステラがカルティアナとスーラントを安全な場所に置くと、ジオラは舌打ち混じりに覚悟したような顔で告げる。


「……ああもう、こうなりゃヤケだ。テメーら、Bを実行するぞ」

「おお、待ってました!」

「はあ。……三対三でやるの?」

「おうよ。クオリはその魔術師のガキを。トッコはその受付嬢を。俺はステラをやる。各個撃破だ!」

「な……! ナギ、ラズベリ、すぐに集まるんだ!」


 アルルカンの面々はそれぞれの相手を睨んだ。ステラ達は身を寄せて固まろうとしたが、それを許さないクオリの魔法防壁が一瞬にしてそれぞれの間に生成される。


「一対一になるように壁を作った。これで戦いに集中できる」

「よくやった、クオリ! さあタイマンだ、タイマン!」


 ステラが咄嗟に仲間の元へ向かおうにも、透明の巨大な壁が再びその行く手を阻む。その煩わしさに、先程カルティアナ少年を救った時のようにして防壁を砕こうとしたが、またしてもステラのスキルは発動しなかった。


「させるかよ。『谷間の草原狼トリック・スター』が既にお前とナギのスキルを奪っている、壁は壊させねえぞステラ」

「ぼ、僕のまで!?」

「……いい加減にしろよ、戦争屋!」


 ステラとジオラは今一度睨み合った。両脇で戦いの音が聞こえていながらも、互いに出方を窺うばかりで、一向に身動き一つ取ろうとしなかった。

 現在、ナギはクオリと魔術の応酬を繰り広げており、防壁の強度で上回るナギがかろうじて防戦状態である。

 一方のラズベリは、トッコの斧を避けるのに精いっぱいで既に窮地の中にある。

 彼が仲間の状況を気にかけている様子を見て、ジオラがようやく口を切った。


「なぁステラ。本当に仲間になってくれないのか」

「なる理由がない」

「お前が忘れた過去を教えてやるからさ。なんだって知っているんだぜ。故郷のこととか、お前が好きだった食べ物とか。――ほら、何も覚えていないことにずっと悩んでたはずだろ」

「そんなこと、また思い出せばいいだけだ。二人を裏切ってまで人殺し連中の仲間になるなんて、御免だね」

「じゃ、じゃあ、その二人ごと仲間になればいい! 何も俺達がしているのは悪いことじゃねえんだ。この世界を正すのに必要なことなんだよ。だから――」


 ジオラの言葉を遮って、ステラは沈黙と共に戦いの構えを取った。右拳を前に突き出し、かかってこい、と言わんばかりである。その無言の決別にジオラは悲しい顔を浮かべると、小さく「そうか」と呟いた。


「ジオラ。お前は今も俺の仲間を殺そうとしている。俺のことを引き入れたいと言っておきながら邪魔者は殺そうとするんだ。矛盾してるよ」

「仕方ないだろそれぐらい……大義名分があるんだぜ、俺達には……」

「人殺しが正当化されることなんて、後にも先にも、一度だってないね」

「俺だってその言葉には同意だぜ……だがまぁ、仕方ねえ。今回は諦めるよ」

「…………」


 ステラは拳を握り直す。今度こそ一撃でも見舞わせてやろうと、その表情は覚悟に満ちていた。


「フッ、フッハッハッハッハ! 本当に一対一で戦う訳ないだろ。スマートじゃねえぜ!」

「何!?」


 ジオラは吐き捨てるように言ったかと思うと、ステラの左右で戦うラズベリとナギに向かって手を突き出した。


「嫌われもん上等、俺達はアルルカンだ。例え相容れなくとも、俺達で世界を動かしてみせる」

「二人に何をする気だ!」

「特別に教えてやるよ。次に会うまでに覚えていたら良いが……俺の『強奪』は、何もスキルだけを奪う能力じゃねえ。他にも色んな物を奪えるんだ。例えば、そう……『記憶』とかな」

「……まさか!」


 その言葉の直後、ステラは二人の状況を確認した。


「な、なんですの、今のっ……!」

「あれ、僕何してたんだっけ……」

「ナギ、ラズベリ! 攻撃が来る、備えるんだ!」

「ハッハ! 動いている最中の人間の記憶を断片的に抜き取れば、このザマよ」


 二人は、激闘の中でその足を止めてしまっていた。ジオラのスキルによって行動中の記憶を抜き取られた為、その喪失感に気を取られて動くことができなかったのだ。

 立ち尽くしたナギとラズベリの両者に、それぞれ容赦のない攻撃が降りかかった。ナギは高威力の火球が撃ち込まれて倒れ込み、ラズベリは辛うじてガードしたものの、戦斧の衝撃が強すぎる余りに気を失ってしまった。


「クオリ、トッコ、そろそろ終いだ。トドメを刺せ!」

「うん……ばいばい、小さな魔術師」

「ぶっ潰してやる、くたばれぇ!」


 クオリの手から眩い光の槍がナギに向けられ、またトッコの巨大な戦斧がラズベリの頭頂に狙いを定めた。再び訪れた絶体絶命の危機。

 ステラは負けを承知で、鬼気迫る表情になりながらジオラに殴り掛かった。


「おっと。あぶねえなあ。そう怒ることないだろ? どうせ忘れちまうんだから」

「黙れ! アイツらを止めろ、やめさせるんだッ!」

「仲間になってくれたらな」

「くッ……」


 再び突き付けられた決断。首を横に振れば、その瞬間に両脇から鮮血の音が聞こえてくるだろう。だが自分が一つでも頷けば、仲間の命は助かる。

 一度、ジオラの顔を見た。優しさとも取れる微笑みをたたえて、彼の方もステラを見ていた。きっとステラは喜んで頷いてくれるだろうと、そんな確信に満ちた表情である。

 目の前の男の邪悪さを心の底から嫌悪しながらも、背負った二人の命を思うと、ステラは喉の奥からその言葉を振り絞るしかなかった。


「わ、分かっ――」




 キィンッ!


 その時、空気を裂く音が一帯に鳴り響いた。金属とそれよりも固い何かの衝突音は、気を失っていた筈のラズベリの方から鳴っており、思わずその場に居る誰もがその方向を凝視した。


「あの防壁は、ナギの……?」

「はあ!? くそ、くそくそくそ! なんだよこの壁!」


 ステラの了承に関わらず戦斧がラズベリの頭頂を砕こうとしたその一瞬前に、彼女の周囲をぶ厚い透明の壁が覆った。思いも寄らぬ横槍に苛立ちを隠せなかったトッコは、その防壁を破壊しようとがむしゃらに攻撃する。が、自身の獲物が刃こぼれするばかりで、一向に壊れる気配がなかった。


「待て! 話が違うぞ、ジオラ!」

「おいおい、ここで生きて帰すほどの甘ちゃんなら今頃指名手配なんざされてねえよ」


 ジオラは嫌味っぽく笑ってみせた。壁の向こうでは、依然味方の危機は変わらない。ステラは歯と拳に力を込めて、憎悪を胸に溜めていた。




「……魔術師、お前の仕業なのか」


 無口だったアルルカンの一人、クオリが初めて自発的に言葉を投げかける。その瞳の先、ラズベリに過剰なまでの魔法防壁を付与した張本人のナギは、クオリの放った光の槍を完全に防ぎきれずに横腹を貫かれていた。しかし、小さな魔術師は死にかけながらも、勝ち誇ったような笑顔で返す。


「余裕そうだな」

「僕は天才ですから、ふふ……」

「天才はよく早死にすると聞く。お前もその一人だったな。まさか仲間を守って死ぬなんて……」

「良いんですよ。ステラは殺されない。でもラズベリさんと僕だけは殺される。僕は守る手段を持っていて、状況は二人とも絶体絶命。この場合、ゲーム盤の上では駒をより多く残した方が勝機に繋がるでしょう?」

「それならば自分を守れば良かったのに。役立たずを生かしてどうする。結局、お前はただ情に駆られただけの、天才の中でも凡人側の人間だったんだ。愚かな自分を呪って死ぬんだな。小さな魔術師」

「……ふふ」


 クオリが手をかざし、光の槍を再び放とうとしたその時。足元が、岩壁が、大渓谷が、突如として鳴動し始めた。


「おいおい、この地鳴りは……! クオリ、トッコ、撤退するぞ! プランCだ!」

「ハァッ、ハァッ、くそぉ、全然壊れねえ!」

「でもボス、まだ魔術師のトドメが……」

「時間がねえ、早く逃げるんだ!」

「くそ……小さな魔術師、これを狙っていたのか」

「…………」

「チッ……」


 クオリが手を下すまでもなく、ナギは戒杖を抱きながらぐったりとしていた。少年はその姿を惜しそうに眺めて、形容しがたい思いを抱きながら、ジオラの指示通りその場から去った。


「それじゃあな、ステラ! お前も頑張って生き延びろ! こっからやべ~ぞ、マジで!」

「ジオラ、お前……!」

「まあそう落ち込むなよ。また会えるさ。その時まで考えといてくれよ、仲間になるって話」

「ふざけるな……ふざけるなァ! 誰がお前なんかと――」

「ハハッ、それとにも宜しくな! あばよ!」

「……!」


 この時のジオラは顔こそ笑っていたが、その足取りだけは非常に覚束ない様子だったことをステラは良く覚えている。絶好の機会をたった一つの危機だけで逃すような連中ではないと疑ったが、ともあれ、今はこの僥倖にただ感謝するしかない。


 そうしてアルルカンの三人は渓谷から足早に去っていった。依然震え続けるその谷では、地面を抉るような音と共に揺れが強まり、震動の主が姿を表そうとしていた。やがて轟音がピークに達したその時、岩壁にぼこぼこと穴が空き、中から四足歩行の獣が現れる。

 それは黄土色の毛に短い尻尾、筋肉質な前足と鋭利で大きな牙を携えた、まるで虎に似た生き物。クレルモンでこの谷が忌避されることとなった原因、モンスターの『マインパンサー』である。


「ガアッ! ギャアッ!」

「ガァ、グアウッ!」

「こいつらがマインパンサー……数が、数が多すぎる」

「お兄さん、た、助けて……!」


 その時、スーラントが気を失ったカルティアナを引きずりながら助けを求めていた。その背後にはモンスターが襲い掛かろうと隙を伺っている。ステラは咄嗟に『最速』で向かってそれを蹴散らし、少年二人と気絶して動けないナギ、ラズベリを一か所に集めた。


『いつの間にかスキルが戻っている……ジオラの奴が戻したのか……?』


「ど、どうしよう、お兄さん……!」

「大丈夫だ。落ち着いて、スーラント君」


 ステラは少年を宥めながら、彼らを囲う円を描いた。


「これは……?」

「この中は絶対に安全だから、しばらくじっとしているんだよ」

「でも、僕一人じゃ――」

「俺が守る。安心して待っててくれ。――ほら、セイ・ピースだ!」

「う、うん……!」


 その言葉には絶対的な自信があった。ステラの柔らかな笑みに緊張が絆されて、少年は涙ながらに何度も頷く。


「マインパンサー……道中ラズベリが教えてくれた限りだと、強力な前脚と鋭利な牙でどんなに固い岩壁も抉って掘り進めることができる、小型ながら怪力のモンスター。地上でその膂力を活かして走ると、時速八十キロを優に超える……」


 眼前には何十匹ものマインパンサーが鋭い眼光をぎらつかせていた。ステラはその視線を一身に浴びてようやく、大渓谷に立ち込めていた異様な気配の正体を理解する。

 そうして少しの思案を行う間にも、マインパンサーは岩壁からぞろぞろと這い出ながらその数を増していた。


「これだけの数、それに相手は高速の獣。背後には守るべき仲間達がいる。最早、ファーストくらいじゃあ手に負えないだろう。少なくとももう一段階、あるいはもっと……。あぁ、本当に――」


 危殆きたいに瀕しながらもその口角は自然と上がっていた。足裏をゆっくりと擦りながら、ステラは意を決して構えを取った。


「祈る暇も無い!」

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