第23話 友よ

「テメエ……ど、どこから……!」

「クッソォ……!」

「ああ! アルルカンのこと聞こうとしてたんだった。気絶しちゃあ無理だよなぁ……」


 ナギ、ラズベリのサポートにより単身スーラントの救出に向かったステラ。得意の最速によりスーラントを攫った傭兵たちを壊滅させたは良いものの、肝心のカルティアナ少年までの道のりが分からず頭を抱えていた。


「……お兄さん、本当にアルルカンの人じゃないの」

「はぁ、もう疑いは晴れただろ。クエストの為に来てるんだよ。ほら、依頼書もここに」

「じゃあ僕が撃っちゃったのは……」

「ああ、ありゃ勘違いも良い所だったね。まさかアルルカンと特徴が被るなんて思いもしなかったけど」

「そんな! ご、ごめんなさい。僕のせいで怪我しちゃって」

「気にしない気にしない。掠った程度だよ、こんな傷!」


 ステラは負傷した左肩を元気よく動かして見せたが、直後に刺すような痛みが走り、怯んでしまう。少年の心配そうな顔を拭おうと、慌てて次の話題を探した。


「ああ、俺達カルティアナ君を探してここに来たんだ。君もその為にここに来たんじゃないのかい?」

「そ、そうだ! 僕もカルティアナを探そうと……!」

「その子がどこにいるのか分かるかな。少しでも手掛かりが欲しいんだ」

「実は、この渓谷に居るって事しか……。僕たち冒険者ごっこのために街の外で野宿してたんだけど、そしたら寝ている隙にカルティアナだけ攫われていて……だから何がなんだか、僕にも分からないんだ」

「……そうか。分かった、ありがとう」


 身を縮ませてしょげる少年の背中をさすり、ステラは辺りを見渡した。ナギとラズベリの戦う音は聞こえず、入り口からかなり遠い所まで来たのだと分かる。辺りに人気がないのは依然同じだが、しかし何者かの視線は感じてしまう。そこではそんな異様な気配が終始漂っていたのだ。


「どうしよう、カルティアナが見つからなかったら……いや、もしかしたらもう――」

「スーラント君。真の冒険者は地面を見てばかりじゃいけないよ。前を向いて、やるべきことを探すんだ。今はとりあえず、この辺りを探し回ろう」

「う、うん……。そういえば、お兄さんって本物の冒険者なんだね」

「最初からそう言ってるだろー? まぁでも、俺とナギは日銭を稼ぐために依頼を受けただけで、別に本業じゃあないかな」

「それじゃあ誰が冒険者なの? あのお姉さん?」

「そうだなぁ。強いていうなら確かにラズベリかも……ギルドにも詳しいし、クエストのことも熟知してるし。それに、多分強い!」

「す、凄い! あとでサイン貰わなくちゃ!」

「はは、そんなに冒険者が好きなんだね」

「うん。僕もカルティアナも冒険者になるのが夢なんだ! いつか英雄とか勇者とか称号を貰って、お母さんの病気も治してあげて、お父さんのお仕事も手伝って、そして、そして……」

「ああ。いいね、君はきっと立派な冒険者になれるよ」


 将来の展望を語る少年に対し、ステラは少年の母親が病床に伏していること。そして父親の方はその入院代を払うだけでも生活に苦しみ喘いでいることを思い出した。そんな中にあって、彼は冒険者の仕事にロマンを抱くとともに、両親の力になることを望んでいる。その健気さ、ひたむきさに心打たれてしみじみと感動していた。

 しかしそんな感動も束の間。ステラは突然、前方に並々ならぬ気配を感じ取った。


「! スーラント君、下がっているんだ」

「えっ?」

「何か来る……」


 それは先程から感じていた視線の正体……とは違う。規則正しい二足歩行の足音を響かせて、ゆっくりとステラ達の元へと歩み寄っていた。そうして谷間の影からゆっくりと姿を現したのは、黒の縦じまスーツを身に纏った、生気の欠けた一人の男。


「誰だい君は。ここは一般人が立ち入って平気なところじゃないよ」

「へえ。ご心配どうも。でも大丈夫だよ、

「……! 申し訳ないけど、本当に誰だい。生憎忘れっぽくてさあ。どこかで会ったかな」


 一言名前を呼ばれただけで、ステラは得も言われぬ感覚を覚えた。まるで旧知の仲のようでありながら、しかしその男が全身から発する異様な雰囲気に、心地悪さまで感じてしまう。胸に残ったちぐはぐな感覚の正体を一向に掴めずにいた。


「酷いなあ! 俺だぜ、『ジオラ・グレイ』だ。同郷の大親友じゃないか」

「ジオラ……知らないな」

「はぁ? ――ああ、そっか。そりゃあそうだよなぁ……」

「?」


 ジオラ・グレイと名乗る男の、掴みどころのない言葉に翻弄されながらも、ステラは決して警戒態勢を解かなかった。背後でスーラント少年が酷く怯え、先程自分に向けていたあの拳銃を、今度は恐怖の余りあの男に向けてしまいそうな気がしたからだ。


「なんだ? その子どもは……」

「この子は――」

「う、うわあ!」


 ステラがまばたきをしたその一瞬。背後で少年の悲鳴を聞いた。振り返ると、いつの間にかステラと少年の間にジオラが立っていたのだ。


「お、お前! いつの間に――」

「ガキのオモチャじゃねえぞぉ。中は実弾かな、ゴム弾かな? お、何発か入ってるぜ!」

「あ、こ、これは……!」


 少年は狼狽えながらも銃を構えていた。脅威を感じた咄嗟の判断に、ステラは危機感を走らせる。だが彼が動き出すよりも前に、ジオラが少年の銃を奪い取って、その弾数を確認した。

 その男は弾数を見終えると、そのままシリンダーを回し、そして回転が止まった拍子ですかさず銃口を少年へと向けた。


「よし、運試しだ」

「スーラントッ!」


 パァン、と岩壁に反響した銃声は、初めに聞いた時よりも大きく、そしてのびやかに谷間の中で溶けていく。ジオラは発砲してすぐ、少年ではなくステラの様子を見ようと振り向いた。しかし――




「ぐうッ……!」

「ほう! 大した速さだな。しかも、間に立っていた俺を巻き込まなかったそのコントロール力。まばたきする暇もなかったってのに、よくやるぜ」


 彼の『最速』により最悪の事態は避けられた。即座に危険を察知し、発砲よりも数コンマ早く動いたステラは、腹部に銃弾を食らいながらも見事少年をその場から救出することに成功させたのだった。

 ルーレットの結果発射されたのは空砲ではなく実弾だったのに、それについて悪びれる様子もなく、ジオラという男はひたすら感嘆の言葉を述べるばかりだ。恐怖で放心状態の少年を抱えながら、ステラは怒気を露わにして叫んだ。


「何をしているんだ、お前!!」

「そうかっかすんなよ。なんとかルーレットって奴さ、ちょっとしたお遊びだろぉ?」

「あ、遊びだと……!?」

「昔からよく一緒に遊んでくれてたじゃねえか。なあ、?」


 真正の悪の如き微笑みに、ステラは恐怖よりもまず怒りを覚えた。少年を離れた所に置いた後、睨みつけるようにして返す。


「お前のことなんか知らないよ。子どもを殺しかけて『遊び』だなんて。そんな奴は友達じゃない」

「悲しいなぁ。今日は思い出話に花を咲かせて、酒でも飲み交わすつもりだったんだけどな~」

「……俺は、未成年だ!」


 ステラは怒りの赴くままに、『祈る暇も無いスピーディ・ダン』の加速で勢いよく殴りかかる。しかし、その拳はジオラのてのひらに受け止められてしまった。


「なるほど……『最速』、自身を無限に加速させる能力か。体感時間を歪めてしまう上、過負荷で記憶が喪失する。だが上手く扱えば一人で何百人もの相手をすることができる程の強力なスキル」

「な、なんでスキルのことを――」

「実は俺も持ってんだよ、スキル」

「……! 離せッ!」


 ステラはその告白に対して咄嗟にのけぞって距離を取った。不敵な笑みを浮かべる男の、あまりの計り知れなさに攻める手立てを失っている。


「俺のスキルは『谷間の草原狼トリック・スター』。能力は……相手のモノを奪って自分のモノにできるんだ」

「モノを奪う……?」

「今、お前から。さて、どう戦うよ?」

「はったりはよせ、そんなデタラメがある訳……」


 言いながらぐぐっ、と全身に込めた力が、その力がゆく当てもなく身体の節々へと霧散していくのを感じた。スキルが発動しない。速さを感じられない。焦りと緊張で肌がピリピリとしているだけで、それ以上は何も起こらなかった。


「そ、そんな!?」

「歯ぁ食いしばれよ、ステラぁ!」

「まずっ――」


 一撃、二撃、三撃。ステラはガードに徹したが、その隙間を縫う的確な拳打がジオラから放たれた。ノーマルな徒手空拳においては彼の方が上だったのだ。背後で少年の視線を感じながらも、その荒々しい猛攻に押されてばかりで、一向に反撃の手立てが無かった。


「お、お兄さん!」

「スーラント……ぐはあっ!」

「よそ見してんなよ! ――ガキん時は怪我して帰るといつも怒られてたからなぁ、こんなに喧嘩ごっこが出来るのは気分がいいぜ……なぁステラァ!!」

「ぐほぁっ!」


 みぞおちにめり込むような一打が入り、続いて背筋に悪寒が走った。


『あ、圧倒的だ……スキルを奪われ、素の喧嘩も勝てっこない……このままじゃ……!』

「俺のスキルは強奪だが、奪うだけじゃない。使。さて、お前の『最速』……これどうやって使うんだ? こうかな」

「はっ……それはやめといた方がいいぞ……」

「なんだ、空威張りかよ? ダセーぞ、ステラ」


 猛攻の末、ステラはとうとう膝をついて止まってしまった。眼前では、ジオラが腕を振り上げてステラの顔に狙いを定めている。好奇心と無邪気な悪心を滾らせてながら、男はその忠告を無視して腕を振り下ろした。


「おらよォ!」

「くっ……!」


 拳が顔面に追突する一瞬。ステラは持ち前の動体視力を以ってそれを見切り、後方へとのけぞった。すると、その動きを無意識に捕らえたジオラがこれまた無意識のうちに腕を少し前へと動かしたのだ。しかしこの時、スピーディ・ダンはしまい、ジオラの予想だにしない挙動が起こる。


「うおおっ!? な、なんだこの動きは!」

「どうだ、無茶苦茶難しいだろそいつのコントロール。習得まで何回も死にかけたんだぜ」


 ジオラは些細な動き全てに『最速』が発動してしまい、空中で間抜けに数回転したあと、地面にどしんっ、と叩きつけられてしまった。男は小さく舌打ちを放ったあと、自身の手に負えないと判断したのか。「やめだ」と声を漏らしてスキルを手放した。


「戻った……」

「戻したんだよ。――なるほどな、お前も伊達に二十年生き延びてないって訳だ」

「二十年?」

「ああ……さっきも言ったように『最速』は体感時間を大きく歪めてしまう。お前は速さに慣れ過ぎて現実の経過時間と体内時計が大きく乖離しているんだ。――ああ、そういやさっき未成年って言ったよな? アレマジで言ってんのか?」

「……そ、そんなはずはない。んなことは俺が一番分かってる筈だ。俺は十九歳で、まだ未成年で、お前のことなんか何も知らなくて――」

「だーかーら、いい加減認めろよ。同郷の大親友、唯一の友、俺達は星空の眩い町で共に生まれ共に育った、一心胴体のような間柄なんだ。故にお前が忘れてしまった知らないことも、俺なら知ってて当然なんだよ」

「…………」

「けっ。まぁ認められないのも無理はねえよ。なんせ記憶が無いんだからなぁ。――よし。ステラ、こうしよう」

「な、なんだよ」


 先程の激しい殴り合いとは打って変わり、おもむろに差し出された彼の手は友好の握手を求めていた。


「《俺達》の仲間になれ。俺も、お前も、あの時からずっと抱いていた目的があるだろ。それを果たすんだよ」

「目的……?」

「思い出せないだろ? だが良いんだ。それで良い。計画はもうすぐ実行される。そこにお前が居てくれれば大助かりなんだよ」

「何を言ってるのか分からないけど、はっきり言ってお断りだね。どう考えても悪役だろ、君」

「悪役って……もっと深みのある言い方があるじゃねえか。絶対悪とか狂言回しとかトリック・スターとかコヨーテとか……」


「あるいは、とか」

「……ッ!?」


 男は自白するようにその名を告げた。そして、ステラが反射的に警戒を更に強めたその瞬間、背後でスーラント以外の何者かの気配を感じる。ステラの背後を取ったのは、ナギと同じくらいの背丈の白髪の少年と、ラズベリより数段筋肉質で、ゴツゴツとした戦斧を背負った女だった。


「クオリ、トッコ。顔を見られた。そのガキを始末しろ」

「ま、待て――」

「ひっ……!」


 ステラがすかさず向かうも、その行く手を見えない壁が阻んだ。砂漠前線基地でも味わったその感覚は、魔法防壁によるものだと瞬時に理解する。壁の向こう側で白髪の少年がじろりとステラを睨んだ。


「トッコ、お前がやって」

「あいよ。クオリはちゃんと壁張っとけよ~」

「お前ら! その子から離れろ! くそ、なんとかして叩き割れないのか、この防壁は!」

「無駄。魔法防壁は耐物理に特化したもの。『最速』でも破壊はできない……多分」

「安心しろぉクオリ、『最速』はたった今俺が没収した。今のこいつはただの人間だ」


 クオリと呼ばれていた白髪の少年が、壁の向こうでステラを警戒し続けていた。一方でトッコという女は腰の抜けた少年に黙々と近寄り、戦斧を掲げている。

 絶体絶命。その言葉がステラの脳内をよぎった。失意の余り膝から崩れ落ち、自分の不甲斐なさを呪った。


「ごめんなぁ、ガキンチョ。これも大義ってやつの為なんだ。それじゃあな」

「やめろ、やめるんだっ……!」


 ぶぉん、と戦斧が空間を斬る音が鳴る。眼を瞑ることも出来ず、ステラはその光景を眺めるしかなかった。


「お、お兄さ――」




「『セントエルモの火』よ!」

「!? あっぶねぇ!」


 ステラが救出を諦め、自責の念に苛まれていたその時。戦斧が振り下ろされて少年に触れる直前で、トッコの眼前が凄まじい光と共に爆発した。トッコは咄嗟に後退し、スーラントから距離を取る。


「なんだよ今の……魔法? もしかしてクオリと同じ魔法使いか?」

「トッコ。少年の周りに魔法防壁がある。かなり密度が濃い。誰かが派手に爆発させつつ少年を壁で守ったようだ」

「ああ? それってお前より凄いってことか、クオリ?」

「…………そんなことはない」


 少年を殺そうとした二人は後退して、ステラの行く手を阻んでいた防壁は消失していた。とっさにスーラントの下に駆け寄って、ステラは無事を確認する。


「大丈夫か、怪我は無いか、スーラント君!」

「お兄さん、僕、僕……!」


 言葉も纏まらないまま、彼の胸元に縋るスーラント。ステラは周囲を見渡して先の救援の主を探した。――そして、その正体はすぐに判明することとなる。


「ふっふっふ。柄にもなくピンチですね、ステラ」

「……は、はは! 流石俺の相棒だ、いいところに来てくれた!」

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