第22話 誤解

 眼前にそびえる、赤茶色の自然の城壁。クレルモンに住む誰もが危険視するその大渓谷では、マインパンサーという猛獣が息を潜めている。そのモンスターは岩壁を鋭利な牙や爪で掘り、穴倉を作って潜んでは通りがかった獲物を待ち伏せているのだと、冒険者ギルドの受付嬢ラズベリ・ジャーニーは道すがら語った。

 かつてはコンデラルタ中央国家とクレルモンを繋ぐ最短ルートであったが、これら狡猾無慈悲なモンスター共によってその道は閉ざされ、コンデラルタからの流通や人の流れが妨げられてしまっている。

 ステラ・テオドーシスはふと、岩壁を見上げて思案した。その岩壁に亀裂が入るようにして出来た渓谷は、巨大な怪物の大口のようである。


「誰かが切り裂いたみたいだね、この渓谷」

「まさか、大袈裟すぎますわよ」

 敵前を前にして悠々と喋るステラ、ラズベリの二人と違い、ナギは注意深く辺りを見渡していた。先程まで街中を通り抜ける際、のが、どうにも気掛かりだったのだ。

「二人とも。もしかしたらアルルカンの連中が待ち伏せしているかもしれませんから。とにかく慎重に進みますよ……!」

「――うん? あの子って……」

 ナギの忠告をよそに、ステラは渓谷の入り口を指さした。その先にあったのは、きょろきょろと不審な振る舞いをしながら渓谷へ入って行こうとする一人の少年の姿。ステラとナギは、その姿に見覚えがあった。

 それはスーラント少年の捜索依頼にあった人相書きと瓜二つの少年。父親からも再三その特徴を聞かされていた――すなわち、スーラントその人だったのだ。

「あーーっ!」

「スーラント君!!」

「うげ! あの三人はっ……!」

「ちょ、ちょっと!」

 しかし、声を上げるや否や、三人の存在に気付いたスーラント少年は逃げるようにして渓谷の中へと消えてしまった。少年の逃げた先はアルルカンを始め武装した悪党やモンスターの跋扈する危険地帯。三人は勢いそのままに、少年が逃げ隠れた谷の中へと向かった。


「スーラントくーん……どこですかー……!」

「なーんで俺達を見て逃げちゃったんだろうねぇ」

 敵の気配を気にかけながら、急峻きゅうしゅんな大渓谷の中を慎重に進む一行。

「人気はありませんが、誰かが通った痕跡だけはありますわね」

「足跡だけでもかなりの人数が居そうだ。俺が街中で見つけた武装集団がこの渓谷の中に入っていったのかもね」

「犯罪集団アルルカンの一員なのか、もしくは雇われた傭兵の可能性があります。――そういえばラズベリさん、アルルカン主要メンバーの人相についてなんですけど……」

 この時ラズベリはようやくはっ、として依頼書を取り出した。

「敵が大勢いるのならば、主要メンバーを抑えれば無力化できます。もしそこに書いてある特徴の人物を見かけたら最短で制圧しましょう!」

「ですわね! ええっと、アルルカンリーダーとその幹部の特徴は……長身の男に、小さい子どもに、ゴツい武器を持った女? いまいち情報が少な――ひゃあ!」

「うわっぷ!」

 渓谷を一列になって慎重に進んでいた一行。その時、先頭を歩くステラが突如立ち止まったので、後続の二人はドミノ倒しのようにしてそれぞれの背に顔をぶつけてしまう。

「ステラ、急に立ち止まってどうしたんですか!」

「なぜ両手を上げているのです、ステラさん?」

「いやぁ、なんというかねぇ……」

 先頭に立つステラは確かに両手をあげて――しかもそれはホールドアップの姿勢で、何かしらの脅威に対して降参しているようだ。そしてその脅威の張本人は、岩陰のすぐ横に潜んでいた。

「……動くなよ、ちょっとでも変な動きしたら撃ってやるからな!」

「す、スーラント君!? なんでこんなことを……」

「俺の名前まで知ってるなんて、流石は世紀の大悪党だな!」

「あれ、この感じ……何か勘違いしてますわね!?」

 岩陰からゆっくりと動き出し、スーラント少年は拳銃を構えていた。それは恐らく付近の傭兵からかすめ取ったものなのだろう。ステラが街中で見かけた武装兵と同じ種類の銃だった。サビの目立つ銀色を光らせながら、ハンマーを力いっぱい降ろす少年。そのたどたどしさに冷や汗をかきつつ、ステラは慎重に口を開いた。

「スーラント君。俺達はギルドから依頼を受けてきた冒険者なんだ。君のことを助けに来た。今まで迷子だったんだろう、お父さんも心配しているよ」

「嘘つけ! お前たちが冒険者なもんか! だって、ギルドで見たんだぞ。長身の男、背の小さい子ども、ゴツい武器を持った女、それがだって!」

「えっ」

「……あっ!」


 一行は改めて自分達を見直した。長身のステラ、子どもと見紛う背丈のナギ、ゴツゴツとしたガントレットを腕に嵌めたラズベリ。人相書きの曖昧な情報だけを頼りにするならば、自分達こそがアルルカンだと思われても致し方ないほど、見事に要素が一致していたのだ。ナギは街中での視線の正体をようやく理解した。

「そういうことだったんですか……うわあ、誤解されてたらどうしよう」

「誤解ならもう目の前に起きてるよ、ナギ」

「とにかく銃を降ろしてください、わたくし達は味方ですわよ!」

 しかし、スーラントは一向に銃口を逸らす気配がなかった。その意志の強さから、並々ならぬ事情があるようにステラは察した。

「……要求は?」

「ちょっとステラ! その聞き方だと益々怪しまれますよ!」

「か、カルティアナを返してもらう! お前たちが攫ったのはここを出入りしている傭兵が話していたから既に知っている。だから白を切っても無駄だぞ!」

「カルティアナ!? これは一体どういうことですの……!?」

 困惑と膠着の状態が続く中、少年の背後、道の奥から荒々しい男の声が響いてきた。

「おい! こっちから声がしたぞ、侵入者だ!」

「……! お前ら、追っ手を呼んだのか!」

「もうとやかく言ってる場合じゃない、君を助ける! こっちに来るんだスーラント!」

「く、来るな!」

 少年の背後から続々と現れる傭兵達。皆その手に剣や銃を持っており、戦力差は圧倒的であった。そんな中、真っ先に少年を助けようと動き出したステラに対し、疑念の晴れないスーラントは『銃声』を以ってその行為に答えてしまった。

 パァン、と渇いた銃声と共に、放たれた鉛玉はステラの左肩に命中する。

「ステラ、弾が……!」

「っ……か、構わないさ。それよりも状況が悪くなったね……」

「くそ、離せ! 撃つぞこのやろお!」

「ヘツ! ガキの大声が聞こえるから何事かと思ったらこんなに鼠が迷い込んでいたとはな。にどやされる前に片付けておかねえと……お前ら、そのガキは連れていけ!」

 つかまった少年は悲鳴まじりのがなり声を上げながら、谷の奥へ連れ去られてしまった。後に残った兵たちは、ステラ達に銃を向けて尋ねる。

「お前らこんな所までなにしに来た? ここは俺達みたいな傭兵や、狂暴なモンスターしか居ねえ場所だぜ。クレルモンの住民じゃ気が違っても来やしねえよ。冒険者以外はな」

「おお。奇遇にも俺達がその冒険者でね。カルティアナって人を探しに来たんだ」

「へえ、カルティアナ……《迷子探し》にご苦労なことで。生憎、俺達は何も知らねえな。ちなみにここから先は討伐クエスト中だから、帰ってもらおうか」

「本当に何も知らないのかい」

「おう。カルティアナってのがどんな奴なのか、さっぱりだね。もし見かけたらさっきのガキみたいに保護してやるから、さっさと——」

「ん? 迷子、迷子……変だな、んだけど」

「……はっ!」

 ステラの切り込むような一言に、傭兵はぎくりと身体を固まらせてしまった。

「それじゃあさっきの子と、カルティアナって子のところまでの道案内、頼めるかな?」

「ふっふっふ……何を得意げになってやがる」

 がちゃり、と銃のハンマーが降ろされた金属音が幾つもなる。それは三人に相対する傭兵達が戦闘態勢に入った音だ。

「せっかくおうちに帰してやろうってのに欲張りな奴だぜ! 良いだろう、てめえらにゃ天国までの道案内をしてやらあ!」

「ナギ、ラズベリ。ここは任せたよ」

「ええっ!? ステラさん、一体どういう――」

 困惑するラズベリだったが、ナギの方はこくりと頷いて、ステラに向かって力を込めていた。

「……ラズベリさん、魔法防壁を展開します。銃弾は僕が防ぐので、殲滅は貴方に任せますね」

「はい!? でもステラさんは……」

「ステラは一人でスーラント君を救出するつもりです。——大丈夫ですよ。ステラと僕は最速と調速の魔術師ですから! トップスピードの彼に敵う人なんていません。でも少しでも負担を減らす為、僕たちがここで彼らを食い止めるんですよ」

 ステラは身を低くして構えた。その姿勢は武器を持つ傭兵たちにとって余りにも滑稽に見えたが、ナギの『これがトルーサーの流儀です!スピード・アジャストメント』、ステラの『祈る暇もないスピーディダン』が発動した次の瞬間。もはやそこに彼の滑稽な姿は存在しなかった。

 フッ、と砂が舞った痕跡だけを残して、直後に迫った突風に傭兵たちを驚かせて、ステラ・テオドーシスは最速で少年の行方を追った。

「き、消えた!? どこ行きやがった!」

「突風で前が見えなかった、ちくしょう!」

「よし……ラズベリさん、貴方にも少しばかり加速を付与しています。防御も魔術防壁で完璧です。ここは思い切り暴れてください!」

「お、おう! ラズベリ・ジャーニー、参りますわ!」

 両のガントレットを拳同士でガチンッと鳴らして覚悟を決めると、戦う受付嬢は勇ましく傭兵達に飛び掛かった。

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