日出卜英斗はたまらない

 時は来た。

 今がその時なのだ。

 午後の一発目、クラス別対抗の二人三脚だ!

 学年混成競技なので、勿論もちろん俺の隣にはハナ姉がいる。

 っていうか、ハナ姉から俺を誘ってくれたのだ!

 もう、ハナ姉しか勝たん!


「最近、ヒデちゃんとあんましお話できてなかったし。エヘヘ、一緒に思い出作っちゃいたくて」


 これが彼女ですよ、恋人ですよ!

 たまらん……しかも、ハナ姉だってスポーツは得意だ。これはもう、勝ったも同然である。でも、一つだけ不安要素があった。

 まだ、ハナ姉に流輝るき先輩とのことを話してない。

 俺はどうしても、あの男に今日、勝ちたいんだ。


「あ、あのさ、ハナ姉」

「うんっ。あっ、足首キツくない? 強く結び過ぎたかなぁ」

「いや、大丈夫。っていうか、その」


 スタートラインに立って、競技の開始を待つ。

 二人三脚、どうやらまだ流輝先輩は来てないらしい。因みに、不参加は俺の不戦勝ということにしてもらってるので、流輝先輩は俺の出る競技には強制参加である。

 そして、俺が今まさに真実をハナ姉に告げようとした、そんな時だった。


「やあ、英斗ひでと君。待たせたね……やろうか」


 颯爽さっそうと流輝先輩が登場した。

 それで周囲の女子たちが、ざわざわと騒がしくなる。

 普段から学校にいないので、突然謎の美形が現れたって感じかな。

 でも、俺は流輝先輩の隣を見て絶句してしまう。

 そう、女子たちの心はイケメン流輝先輩によってさざなみが立っているだけではなかった。


「やあ、英斗クン! 実は忘れてたというか、忘れたかったんだけど……ボク、流輝と同じF組だったヨ」


 ぐあーっ、狭宮沙恋はざみやされん! ってか、沙恋先輩、なにやってんすかー!

 流輝先輩の相棒は、あの沙恋先輩だった。

 うせやろ……スーパーマンに最強のバディが爆誕って感じで、それもう反則じゃないですか。卑怯とかずるいとか、そういうレベルを超越したコンビじゃないですか。

 しかも沙恋先輩、全く悪びれる様子がない。

 こういうところは、ホント兄妹きょうだい? だなと思った。もしくは、兄弟だ。


「英斗クン、そしてハナ……悪いけど勝つのはボクたちだぜー?」

「いやちょっと待って、沙恋先輩ちょっと。ねえ、なんなの?」

「敵かな? 味方かなー? みたいなノリじゃないんだけどね。ほら、ボクは助っ人部だから。助っ人を頼まれると断れないんだよねえ」

「じゃあ、せめて手を抜いてくださいよ! 流輝先輩の脚を引っ張ってください!」

「だーめ。ボクは助けを求められたら断らないし、全力で助けることにしているんだ」


 駄目だ、終わった。

 と、思ったその時だった。

 俺よりずっと小柄で、脇腹に抱き着くようにしていたハナ姉が微笑ほほえんだ。


「わあ、流輝君、来てたんだぁ。お久しぶりです、生徒会長」

「や、やあ。この間以来だね」

「ところで、死ぬほど仕事が溜まってるんですが、このあと一緒にいかがですかぁ?」

「ん、いや、遠慮しとくよ」

「あらあら、まあまあ……」


 げっ、ハナ姉怒ってる?

 そうだ、この間の昼休みの一見以来、ずっと流輝先輩は学校に現れなかった。

 そして、春の大運動会のために生徒会は多大な犠牲を出したのだった。主に苛烈な残業、能力を超えた事務処理、書類の山との格闘である。

 本来それは、生徒会長がいれば少しは緩和できてた労働だった。


「流輝君、あとでゆーっくりお話しましょうねえ」

「……沙恋、勝つぞ。勝ってそのまま逃げよう」

「いやー、観念すれば? つーか、それは流輝が悪いと思うよん」


 そうこうしていると、先生が来てピストルを空へと向ける。

 かくして、銃声とともに二人三脚競争が始まった。

 そして、衝撃。

 俺は咄嗟とっさにハナ姉をかばって、抱き寄せながら派手に転んだ。


「ご、ごめんっ、ヒデちゃん! 大丈夫、怪我してなぁい?」

「平気だ! 俺こそごめん、ハナ姉に合わせようと思ったら」

「大丈夫、ヒデちゃんの方がおっきいんだから。わたしがそっちに会わせるよっ」


 ハナ姉は副会長として、運動会当日のそれなりに忙しいみたいだ。それで俺たちには、満足な練習時間もなかったという訳である。

 けど、勝負はまだ終わってはいない。

 何故なぜなら――


「沙恋、僕に合わせてくれと言っただろう。やれやれ、見ろ。もう一位は無理になった」

「いやいや、合わせたって。流輝がボクを無視して走ろうとしてるんだよ」

「……やっぱり、僕についてこれる人間なんていないのかもねえ」

「あ、そーゆーのいいから。ほら立とうぜ? 英斗クンとハナにだけは負けられないにゃー?」

「そういうことだ、では行くぞ! ――ッ、あ、ああっと!」


 立とうとして、もう一度流輝先輩はひっくり返った。

 同様に、沙恋先輩も引きずられるように尻もちをつく。

 勝機チャンス……あっちのコンビネーションは絶望的に悪い!

 俺たちは早速立ち上がると、すぐに走り始めた。

 もう既に、先頭集団はゴールが近い。けど、それはもう俺には意識の埒外らちがいだった。今はもう、背後でよたよたしてる流輝先輩に勝つこと、それだけを考えていた。


「そうそう、ヒデちゃん、その調子っ! 頑張れっ、頑張れっ、がんばえーっ」

「ハァ、ハァ、ハナ姉! 俺さ、勝ちたいんだ!」

「うんっ! わたしもね、流輝君に少し、ふふ……お灸をすえてあげたいなあって」

「それな!」


 だが、背後から超人コンビが猛追してくる。

 ようやく二人のペースを妥協したのか、どうにかこうにか流輝先輩と沙恋先輩が追いすがってきた。

 その二人の声が、規則正しい呼吸の中で行き来する。


「まったく、沙恋。いつもお前という奴は」

兄貴面あにきづらはよしてほしいなあ! ボクだって、流輝なんて助けたくもないよ。普段はその必要もないんだし」

「当然さ。僕から見れば、全員僕に劣る者たちだ。お前もだよ、沙恋。そんな身体でどうして、毎日無茶ばかりしてるんだい」

「無茶が好きで、それが無理じゃないからだよっ! ほら、抜くよっ!」


 すぐに横に流輝が並んできた。

 悔しい、こんな変則的なかけっこでもあっちの方が上か。

 でも、ここで焦ってペースを見出せば、また俺たちは転んでしまうだろう。

 それに、ハナ姉は小さな体で必死に俺に合わせてくれている。

 このままペースを維持して、1mmミリでも先にゴールしてやるんだ!


「ハハッ、しかしこれは滑稽こっけいだ。はは……ハァ、ハァ、沙恋! 見たか、僕たちと互角の勝負をしてるぞ、英斗君は。ついでに花華は」

「そりゃね! こっちは100+100が10になるタイプで、あっちは1+1が10になる手合てあいだもの!」

「負けたく、ないな、これは……沙恋、もっと走れるだろう?」

「当然っ! 悪いけど勝負は勝負、それに」

「それに、なんだっ!」

「流輝、キミはもうすぐ気付くと思うよ。もう、気付き始めてる」


 抜かれた。

 驚くほどあっさりと、抜かれてしまった。

 そして、実感している。

 これ以上、俺とハナ姉はスピードを上げられない。

 理由は簡単で、体格の話だ。

 流輝先輩と沙恋先輩は、体格にほとんど差がない。対して、俺とハナ姉じゃどうしても身長が20cm近く違う。歩幅だって全然違うし、肩を組むことが物理的に難しいんだ。

 だから、走る調子を合わせても、その一歩の長さが違う。

 しっかり肩を組み合うことができないから、安定感もない。

 けど、それがどうした!


「ハナ姉、ごめんっ! もっとひっついて!」

「えっ、ひっつく? こ、こう?」

「おっしゃあ、男をおおおおおっ! 見せる、ぜええええええっ!」

「ひゃあっ! ヒ、ヒデちゃん!?」


 抱きついてくるハナ姉を、俺は小脇に抱えるようにして持ち上げた。

 そう、すでに一人での爆走を開始していた。

 周囲の全校生徒から「おおっ!」と歓声が巻き起こる。

 けど、構わず俺は一人で走った。

 必殺の奥の手、! だっ!


「待ちやがれ、流輝先輩っ!」

「おおっと、そういうのもアリかあ。はは、凄いこと考えるね」

「お前に勝って、この学園を正す……生徒会を、もっと! いい場所にするんだ!」

「はは、そうきたか。でも君、大丈夫かい? そんなに花華はなかに密着して」

「ふぁっ? なにを……そ、それは……」


 流輝先輩を沙恋先輩ごと抜き去った、その瞬間だった。

 俺は言葉に惑わされて、思い出したように知覚する。

 その柔らかさ、張りのある弾力、ぬくもり……密着度最高潮のハナ姉は、俺の全神経を優しく触れて揺らした。

 今になって、遅れてきた羞恥心と共に思い知らされる。


「あっ……ハナ姉、その……ごめんした。さーせんしたあああああっ!」

「えっ? どど、どうしたの、ヒデちゃん! あっ――」


 失速。

 もうこれ以上、走れなかった。

 もっと抱き合ってたかったけど、意識してしまったら止まらなかった。

 前屈みにならざるを得ない自体だけは避けられたが、俺たちは流輝先輩たちに負けて、ビリケツになったのだった。

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