日出卜英斗は競いたい

 結論から言うと、惨敗だった。

 午前中だけでも、学年規定のない競技に俺は三回挑み、流輝るき先輩に負けてしまった。俺どころか、他のクラスの連中も完敗だった。

 400mメートルリレー、アンカーの流輝先輩が五人抜き。

 綱引き、びくともせずパワー負け。

 そしてさっきの玉入れ……こんなほのぼの系競技でも、流輝先輩の本気は圧巻だった。


「ハァ……へこむ。多人数同士で戦う綱引きや玉入れまで」


 昼休みになって、そこかしこでシートを敷いて生徒たちが昼食をとっている。

 俺は涼しい木陰こかげに腰掛け、膝を抱えていた。

 自分の不甲斐なさに、ちょっとだけイライラする。カッカと心も身体も火照ほてって、春風がその熱気を軽く撫でて吹き渡った。

 完敗だ。

 本当に世の中には、基礎スペックの違う人間がいるのだ。

 言ってみれば、Lv1の勇者がLv99の魔王と戦ってるようなものである。こっちのパーティにLv50の魔法使いがいようが、あっちのパーティにLv10の遊び人がいようが、全く関係ないくらいの差が感じられた。


「おーい、ハナ、こっち! 英斗ひでとクン、こんなとこでいじけてるよ。こっちこっち!」


 ふと顔をあげれば、沙恋されん先輩の涼やかな笑みがあった。

 そして、ハナ姉やまことがやってくる。

 俺は図星をつかれて、思わず卑屈な心が言葉になった。


「いじけもしますよ、なんすかあれ! チートですか!」

「だから、流輝は凄いんだってば。ボクと違って、完璧な人間とでもいうんだろうね」

「因みに、沙恋先輩、あの」

「駄目」

「まだなにも言ってないんですけど」

ゆえあって、今日はキミの助っ人にはなれない。ゴメンね」


 想定外で予想外だった。

 ヒーローみたいにスパッ! と助けてくれると思ったのに。

 この応援団長さんは本当に、応援しかしてくれないようである。

 でも、ワシワシと沙恋先輩は頭を撫でてきた。

 こういう子供扱いは好きではないのに、なんだか目の奥が熱くなる。


「キミはよく戦ってる。午後はそのことを実感すると思うよ。偉い偉い」

「でも、勝てなかった」

「いい勝負だったぜー? 流輝の圧勝に見えるかもしれないけど、アイツを本気にさせた奴なんて今までいなかったんだからさ」

「でも、いい勝負じゃ駄目だ。今回は、勝たないと」


 ゲーマー崩れだから、わかる。

 勝負の内容が充実してても、最後は勝者と敗者が生まれる。仮定は仮定、結果は結果でそれぞれとうといものだが、今は勝ちたい。

 流輝先輩に勝って、ハナ姉とラブラブ高校生活を満喫するんだ!

 そうこうしていると、そのハナ姉がまことと一緒にやってきた。


「ヒデちゃん、お疲れ様っ。頑張ったねえ……あ、わたしもよしよししていい?」

「ハッハッハ、ハナ。英斗クン、こういうの嫌だって顔してるぞ?」

「そっかあ、もう高校生だもんね」


 くそおおおおおっ! 今、さり気なく超凄いイベントのフラグを取り逃がした! 前言撤回ぜんげんてっかい、ハナ姉に撫で回されたい! はあ、今日はとことんついてない。

 多分、ハナ姉になでなでされたらヒデニウムが臨界突破で爆縮してしまうな。

 そうこうしていると、まことが手早く弁当を広げ始めた。

 ってかなに、その重箱五段重ねの……ちょっと凄くない?


「みんなの分も昼飯を作ってきたぞ。英斗も元気出せ、そして肉を食え。この世の九割の出来事は、肉を食えば解決する」

「へーい、ってか豪勢だな」

「あたしが腕を振るった、ハナ姉も食べてくれ。ついでに沙恋先輩も」


 五段重ねの重箱は、一段目が鶏肉、フライドチキンや胸肉のサラダだ。二段目が豚フィレのミニとんかつと酢豚、三段目は牛のしぐれ煮とローストビーフである。

 うん、見事に肉づくしだ。

 四段目は野菜系で、五段目にはおにぎりである。


「わぁ、まことちゃん上手! 凄い凄いっ! わたしも少しならお料理できるけど、こんなに上手くは作れないかなあ」

「い、いや! ハナ姉そんなことない! ハナ姉みたいにって、思って、いつも、その」


 大型犬を通り越しておおかみみたいなまことなのだが、ハナ姉の前では借りてきた猫みたいになってしまう。本当にかわいいとこがあるな、などと思っていると、


「ほら英斗! 食え! 味わえ! そして悶絶するのだ! はいこれ!」

「お、おう……って、こんなに食えねーよ」

「鶏肉だけじゃなく、バランスよく豚肉や牛肉も食べるのだ」

「野菜は? ねえ、炭水化物とかは?」

「やはり肉、肉は全てを解決する!」

「しねーよ!」


 でも、美味うまい。

 ありがたい。

 友達っていいな。

 そして、まことはハナ姉にも料理を紙皿によそい、最後に沙恋先輩にも同様に。っていうか、俺にもそうだけど沙恋先輩にも肉の大盛り、ミートフェステバルである。


「ね、ねえ、まことクン。なんかボクの、その、ボリュームが」

「あたしは見てたぞ、沙恋先輩。先輩はスタミナがなさ過ぎる。そういう時は肉だ!」

「はは、そっかあ。いや、見られてたか。うーん、まあ、なんというか」

「全部は食べなくていい。先輩は食が細いからな。でも、食べて元気出せ」

「ほほーい、了解、了解っと」


 俺は流輝との勝負で頭が一杯で、他の競技なんて見てなかった。

 ただ、ハナ姉が教えてくれた。

 沙恋先輩は自分のクラスの助っ人として、一年生にも三年生にも手を貸していたらしい。この御統学園みすまるがくえんの大運動会は、学年別に競う競技と、全学年混成で行う競技とがある。

 俺もそういう競技に参加して、流輝先輩と直接対決してる訳だ。


「ん、美味しいねえ。まことクン、ボクの彼女にならない? キミの味噌汁みそしるが毎日飲みたいよ」

「断る! けど、味噌汁くらいならいつでもあたしは作ってやるぞ」

「……えっと、意味、通じてる?」

「安心しろ、沙恋先輩。先輩は和食派ってことが今わかった。完全に理解したぞ。あたしは賢いからな」


 沙恋先輩の苦笑も、なんだかとっても柔らかい。

 ハナ姉も笑顔である。

 っていうか、まこと……今お前は、学園のプリンスの求婚をさらっとスルーしたんだが。本当にわかってないな、でもそれが逆にまことらしくていいや。

 そんなことを思ってると、まことはおにぎりを食べつつ小冊子しょうさっしを開く。

 生徒会が苦心して作った、運動会のしおりだ。


「まずいぞ、英斗。午後はもう、学年混合の競技がいくつもない。あの流輝とかいう奴を倒すなら、手段は限られてくる」


 そう、それなのだ。

 一応、まことには事前に話しておいたんだ。

 俺は流輝先輩を倒して、生徒会長になる。一年生での会長就任は前例がないらしいけど、いける筈だ。それでハナ姉を激務から解放し、一緒にラブラブでラブコメな学園生活を送るんだ。

 でも、ハナ姉は不思議そうに小首を傾げた。


「あれぇ、流輝君が学校に来てるのぉ? 知らなかった、そっかあ。でも、どして? 流輝君と勝負してるの、ヒデちゃん?」


 うっ、そ、それは……ちょっと、今はまだ言えない。

 言いたくない。

 ハナ姉をトロフィーのようにして、二人の男が戦ってるなんて話したくない。結果的にどうであれ、ハナ姉を優勝賞品のように扱ってることを知られたくなかった。

 幼稚な思い込みで、子供の独りよがりだったとしてもだ。

 そうこうしていると、沙恋先輩がチャチャを入れてくる。

 それがフォローだってわかるから、俺も胸を撫で下ろした。


「いいんだよ、ハナ? ここは悲劇のヒロインみたいに『やめて、わたしのためにあらそわないでー!』って言っても」

「やだもぉ、沙恋ちゃん。わたし、そんなんじゃないけど……でも、珍しいね。流輝君が学校行事に参加するなんて」

「まーね。英斗クンはアイツを本気にさせたんだ。それだけでも大したもんだよ」

「そっかあ。じゃ、頑張らないとねっ、ヒデちゃんっ! わたしも応援するよー!」


 嬉しい……心の底から力が湧いてくる。

 それで俺は、三種の肉盛りプレートをガッツリガツガツ食いまくった。

 まことが熱い茶を渡してくれるので、それもいただく。

 まだ、午後の競技がある。

 まだまだ俺には、希望が残されている。

 そう思っていると、話題をそらすべく沙恋先輩が軽口を叩き始めた。


「いやでも、本当に美味しいよ。ボク、結構薄口の方が好きだけど、まこと君の濃厚な味わいも悪くないね」

「それほどでもない! わはは、褒めるな褒めるな、狭宮沙恋はざみやされん! さあ、これも食え!」

「ありがとっ! やっぱ、味噌汁の件は前向きに検討してね? それともー、あれかにゃー? 英斗クンじゃないと嫌とか、そういうやつかにゃー?」


 俺は思わず、ローストビーフを喉に詰まらせた。

 オヤジかっての! まったく、この人の言動はに受けたらいけない。

 だが、きょとんとしてしまったまことは、真顔で即答した。


「嫌ではないが、英斗には朝飯をいつでも作るぞ。この間も」

「わーわー! わーっ! それより作戦会議だ、まこと! このあとちょっと付き合え!」

「うん? あ、ああ、それはいいが……流輝先輩は強いぞ、英斗」

「……わかってる。けど、勝ちたい」


 まことは大きく頷き、俺にサラダとおにぎりも盛ってくれた。

 決戦は午後、残された競技は少ないがベストを尽くす。

 思えば、こんなに一生懸命になったのって初めてかもしれない。ゲームだって、広く浅くだったように感じるし、熱中しててもその情熱を他人と共有したことは少なかった。

 俺は今、もしかしたらこれが青春かと思えるような熱狂の中に身を投じているのだった。

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