日出卜英斗はおさまらない

 二人三脚ににんさんきゃくでの手痛い敗北。

 それも全て、俺のミスだった。あとからまことに聞かされたが、ハナ姉を抱えて走ってもスピードアップにはなってなかったようだ。逆効果だったとさえ言われて、正座で説教させられた。

 そのまことだが、今は頼もしい味方として俺の前にいる。

 っていうか、俺を背負って臨戦態勢である。


「いいか、英斗。お前の敗因は勝負を焦ったことだ」

「は、はい」

「次の騎馬戦では抜かるなよ? かならず奴の……狭宮流輝はざみやるきの首を取れ」

「いや、そこまではちょっと」


 

 各クラスから三騎まで出場可能で、大運動会を締めくくる一番の大乱戦になることは必須だ。先輩たちの話では、毎年この競技が最高に盛り上がるらしい。

 そうなのだ、最後なのだ。

 このあと閉会式があって、大運動会は終わりを告げる。

 流輝先輩との対決もラストチャンスなのだ。


日出卜ひでうら君、僭越せんえつながら僕たちも手伝わせてもらうよ」

「生徒会のために頑張ってくれる、そんな新入生を見殺しにできないからな!」


 実は、生徒会の中からD組の先輩たちが応援に駆けつけてくれた。それというのも、さりげなくハナ姉や松井まつい先輩が人手を回してくれたのである。

 皆、生徒会長に対する鬱憤うっぷんだけは溜まっていた。

 そして、さり気なく俺の意思を察してくれたのである。


「よ、よし、じゃあ……みんな、よろしくお願いします! 狙うは会長、ただ一人!」

「うむ、任せろ英斗! あたしと先輩方で、お前をフルサポートしてやる!」


 こうして俺たちは、最後の戦場へと脚を踏み入れた。

 わざわざほら貝が吹き鳴らされて、一気にグラウンドが群雄割拠ぐんゆうかっきょの戦国時代へと突入する。なんでこういうとこだけ凝るかな、この学園。

 そんなこんなで、大乱戦が始まる。


「おおおおっ! ホントだ、あそこに会長がいるぞおおおおお!」

「会長っ、部費を上げてくださいっ! あと、部室に遠心分離機えんしんぶんりきを、是非!」

「うちの同好会を、是非部活動へ昇格させてくださあああああいっ!」


 阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図だ。

 生徒会への陳情、そして会長自身への個人的な恨み、女子の憧憬どうけいと偏愛……多種多様な想いが入り乱れて、砂煙を舞い上げてゆく。

 その中からゆらりと影が歩み出てきて、俺は思わず身を固くした。


「やあ、英斗君。これで最後だね……やろうか」


 ニッコリ笑顔の流輝先輩、デター!

 その片手には、はちまきの束を握っている。恐らく、今まで流輝先輩に挑んでいった者たちの末路だ。っていうか、騎馬戦の上に乗る人って、そんなに身体能力の有無に左右されるもんか!?

 そう思ったけど、事情が違った。

 優れた名馬に乗れば、どんな武将も一騎当千となるのだ。

 そして、流輝先輩の背後を巨漢が襲った。


「ぬおおおっ! 空手部にいいいいい、もっと、もっと予算をおおおおおっ! 押忍!」


 もはや騎馬戦を超越していたバトルだった。

 っていうか、思いっきりグーパンチ握った男子が流輝先輩に襲いかかる。

 しかし、必殺の正拳突きは空を切った。

 それも当然のことで、流輝先輩を乗せる三人組の先頭は、


「どうよどうよー、この、ハァハァ……抜群のフットワーク! わはは!」


 沙恋されん先輩だった。

 っていうか、早くもバテバテだけど大丈夫かこの人。

 そんな俺の視線に、ニィィと笑って沙恋先輩は走る。だが、先輩の動きに後ろの二人が引きずられ気味だ。よく見たら、アニメ同好会の人たちじゃないか、あれ。

 そんな名馬の奮闘もあって、流輝先輩は軽々と空手部からはちまきを取り上げた。

 その身のこなしといい、優雅な所作といい、まるでプロか玄人かって感じだ。


「ふう、さて……次は君の番だね、英斗君。っととと、しっかりし給えよ、沙恋」


 ぐらりと沙恋先輩はよろけて、かろうじて堪えた。

 うん、実は俺は知っていた。

 午後はあのあと、二人三脚が終わったら他の競技にも助っ人に走っていたのだ、この人は。あと、応援もやってたし。まさに助っ人部部長は、フル稼働で運動会を満喫していたのである。

 そして、嫌というほどわかってる。

 この人、呆れるほどにスタミナがないんだ。


「ちょ、ちょっと、流輝先輩! もう沙恋先輩、限界みたいなんですけどっ!」

「ん? ああ、そうみたいだねえ」

「そうみたいだ、って」

「自分の欠落を自覚していながら、体力の無駄遣いをして回ったツケだね」

「無駄遣い……無駄って言ったか、この金髪野郎」


 ちょっと、いやかなりカチンときた。

 求められれば断らない、望まれるまま全力全開、それが助っ人部なのだ。なんだかよく知らないけど、沙恋先輩はその活動に強いこだわりと誇りを持っているっぽい。

 持って生まれた力を使いたいのか、それとも役立てたいのか。

 それはわからないが、兄の流輝とは真逆の生き方を選んでいるのだ。

 その沙恋先輩は、苦しそうだけど笑っていた。


「遠慮は無用だぜー、英斗クン。勿論、手加減もしない」

「沙恋先輩、大丈夫ですかっ!」

「ボクはねえ……ハァ、ハァ……メリットやリターンがなければなにもできない、そんな人間にはなりたくないのさ。有意義か無駄かを考えなきゃいけない人間にもね、なりたくない」


 すぐ真上の流輝先輩に向けられた言葉っぽかった。

 そして、そんなことを言われても流輝先輩は平然としている。

 人より優れているから、人に求められる。求められ続ける。そのことを忌避する気持ちもまあ、わからないでもない。

 じゃあ、問おう。

 俺の言葉で、俺の声で問い質そう。


「流輝先輩っ! あんた……自分から誰かを求めたり、手助けを望んだことがないのか!」

「……うん? なんだい、それは」

「都合のいいヒーローとして使われるのが嫌らしいけどなあ! そういうあんたは、誰の手も借りたことがないのかっ!」

「いや、そうだけど?」

「嘘っ、ぶっこいてんじゃねえええええっ!」


 現に今、沙恋先輩やアニメ同好会の力を借りてるじゃないか。

 それに、これは断言できる。

 この世に、生まれてからこのかた『完全に独力だけで生きてきました』なんて人間は存在しねえ。試験管ベイビーだかなんだか知らねえが、必ず他者の力を借りて世に出てくるのが人間ってもんだ。

 たとえ最初は、持って生まれたものしか頼れないとしても。

 大いに恵まれた環境であれ、苦しい状況であれ、そこでなにかを借りて育つ。

 それが人間ってもんじゃないのか。

 俺の声に呼応するように、まことが走り出す。


「英斗、あたしは難しい話はわからん! けど、殺るぞっ!」

「だから言い方、言い方っ! よし、寄せてくれ!」

「任せろっ」


 生徒会の助っ人さんたちが、悲鳴をあげつつついてきてくれる。

 揺れる牙の上で、俺は半立ちになって手を伸ばした。

 当然、それを避けつつ流輝先輩も腕をしならせる。

 お互いに背後を取ろうとする円の動きで、戦場に砂埃の渦が舞い上がった。

 そして、僅かに流輝先輩の声が上ずる。


「これは……沙恋、手は抜かないって約束だろう? 後ろに回られてしまうよ」

「ヒィ、ハア……手はともかく、脚が、ね……ちょい、限界、だけど、負けないっ!」

「……どうしてまた、お前はこんなことにそうムキになるんだい」

「ムキになってるのは、キミだろ! 英斗クンに負けたく、なくなって、る! 違うかいっ!」


 ハッとした表情の流輝先輩が近付いてくる。

 そこで俺は、打ち合わせ通りに秘策を発動させた。


「いくぞまことっ! 先輩方、ありがとした!」

「しっかり掴まってろ、英斗! 必殺、高機動ナントカだっ!」


 背後で、先輩が二人左右に分かれて離れる。

 そう、俺はまこと一人に背負われた上体で前へと身を乗り出した。

 なんか……あの小さかったまことがなあ。頼もしいっていうか、空恐ろしい。女子力を勘違いしてフィジカルを鍛え過ぎたこの娘は、猪突猛進で地を蹴る。

 身軽になった分、小回りがきくし加速力もハンパない。

 だが、俺の手は流輝先輩のはちまきに手が届かなかった。


「僕が、負けたくない? だって? いや、そもそも勝負にならないって――」

「どこがだっ、流輝先輩! どこの、誰がっ! 勝負に、ならないってんだよおおおお!」


 信じられないという顔をしたまま、それでも流輝先輩は俺のはちまきを瞬時に掴んだ。本当にもう、電光石火の早業だった。

 目に見えぬ手が、俺の頭部をグイと引っ張る。

 チャンス、今だねっ!


「これで終わっ……えっ? ちょ、ちょっと、英斗君!?」

「終わるか馬鹿野郎! まだ始まってすらいねえんだよ! 俺は!」


 俺の学園生活、ハナ姉とのラブラブな日々……まだまだこれから。

 ここから始めるんだ!

 俺はこの瞬間を待っていた。流輝先輩が自ら最接近する一瞬を。それは、俺のはちまきを奪う時だ。その時、両者の距離は限りなくゼロになり……俺の手でも、届く!

 俺ははちまきを掴まれながらも、確かに流輝先輩のはちまきを掴んだ気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る