Act.04 現実と真実の狭間に

日出卜英斗は見守りたい

 結局、またしても謎だけが残った。

 沙恋されん先輩は、男なのか女なのか。

 はっきりしてるのは、俺がちょっとときめいてしまったあの膨らみは、偽乳……胸パットが入ってただけだったのだ。

 それはいい、別にいい。

 少しがっかりしたけど、どうでもいい。

 明けて月曜日、なにごともなく昼休みにのランチタイムだ。


「副会長さんっ、あ、あの、私たちも御一緒していいですかっ!」

「先輩、お休み中にすみません、よかったらこのあと少し勉強を」

狭宮はざみや先輩、俺たちも隣、いっすか? その、エヘヘ」

「で、次の決算書がこれです。あと、運動会の父兄参加競技ですが――」


 うちのクラスにハナ姉と沙恋先輩が来てる。

 俺とまこととの四人で、昼飯を食うためだ。

 でも、すぐに人だかりになってしまって、ちょっともう距離を感じ始めている。うーん、寂しい。ハナ姉はやっぱり、生徒会の仕事を連れてきてしまったし、自然と人の輪ができてしまった。

 そして、その隣にちゃっかり沙恋先輩もドヤ顔で座ってる。

 因みに今日は、女子の制服を着ていた。

 自分の机で頬杖ほおづえついて、溜息をこぼせばまことが慰めてくれる。


英斗ひでと、いいのか? あたしが呼んできてやろうか」

「いーよ、いーよ。ハナ姉は忙しいし、人気者だし。それに……フッフッフ」

「あ、普通にキモい。なに笑ってるんだ?」

「見ろ、まこと。これがっ、俺とっ! ハナ姉のっ! きずなだぁ!」


 正直そこまでへこんでない、むしろ大洋のごとく広い心で寛容かんようになっている。俺の彼女、人気者だろう? 仕事できるだろう? まあ、みんなにも貸してやんよ、みたいな。や、そんな驕った慢心にさえ気付かぬくらい、俺は浮かれていた。

 そう、机の上に今……弁当箱がある。


「まこと、これはハナ姉が作ってきてくれたお弁当だ! どうだ、参ったか!」

「おおう、なんと……英斗、お前。あまりの光景に、脳をやられて」

「ちげーよ! そう、いうなれば……愛妻弁当!」

「まだ結婚してないだろ」

「じゃ、じゃあ、愛人弁当?」

「いかがわしさがハンパないぞ、英斗」


 まことはもう、あきれ返ってポスポスと俺の頭を叩いてくる。

 でも、俺はハナ姉がくれた弁当が嬉しくてたまらない。

 そして、まことは当然のように空いてる机をくっつけ、俺の対面に座った。その巨体ごしに、ハナ姉たちを囲む賑わいがある。

 丁度、ハナ姉がこっちを見て、小さく手を振ってくれた。

 それで皆が俺を振り返り……何故なぜか、顔に縦線入ったような顔になる。

 どうやら、また俺の目付きの悪さが怖がられてるらしい。

 でも、今日の俺は心が無限に広がる大宇宙だった。


「さ、食うか……御開帳ごかいちょう! いやー、ハートとか書かれてたらどうしよー」

「安心しろ、英斗。お前、もうどうにかなってる、どうかしてるぞ」

「よせやい、照れるぜ」

「褒めてない」


 弁当箱の蓋を開ける。

 うん、予想はしてた。

 ハートマークとかキャラ弁とか、期待していた訳じゃない。

 そこには、多彩なおかずと日の丸ご飯が詰め込まれていた。ごく平凡で、でも気持ちの籠もった幕の内弁当的なやつだ。焼いた塩鮭しおじゃけに、ミニハンバーグ、野菜の煮物にポテトサラダ、漬物と佃煮。うーん、古き良きなんとかの香りがする。


「ほう、美味うまそうだな……流石さすがハナ姉だ。どれ」

「あっ、まこと! 待て待て、わけてやるから少し待て! ステイ! ステイッ!」

「あたしは犬か」

「や、つい」


 まことも持参のデカい弁当を開ける。うん、体育会系はカロリー消費が凄いからな。たらふくお食べ……っていうか、肉多いな!ミート・ザ・ミートな弁当である。

 当然のようにまことは、ゴロゴロ入ってる唐揚からあげを数個わけてくれた。


「よし、まことも好きなおかずを取れ」

「ちょっとでいいぞ、あたしは。でも、本当に綺麗にまとまってるな」

「お前の料理を力の流派とするなら、ハナ姉は技の流派なんだなあ、これがな」

「ふん、力こそがパワーだ。問題ない! そして、美味い!」


 よくわからんが、煮物を一口食べてまことがぐっと親指を立てた。

 俺もまた、まことの唐揚げをいただくことにする。


「うーん、この濃い味がごはんを進ませるなあ。美味いぞ、まこと」

「だろう。最初は体調とカロリーを管理するために自炊してたが……今では料理が得意になってしまったんだぞ」

「そして、このハナ姉のミニハンバーグ! そうそう、こういうのでいいんだよ」


 孤独じゃないしグルメでもない、このおだやかな昼休みといったらもうね! 平和な学園生活そのもので、例えハナ姉が側にいなくても癒やされてしまう。沙恋先輩はいなくてもまあ、構わないといえば構わないしな。

 でも、やっぱりはさまってきた、構ってきたみたいだ。


「や、英斗クン。まことクンも。待たせたね」

「待ってないです、ってかよく抜け出せましたね、あの人混みから」

「ボク、ハナの威をるなんとやらでね。全部ハナに任せてきちゃった」

「うわ、タゲを取れるだけ取ってハナ姉になすりつけた……ネトゲで一番迷惑な奴じゃないですか、それ」

「どれどれ、これはまことクンが? 一つもらうね」

「話、聞いてないし」


 神出鬼没の沙恋先輩、すぐにまことの唐揚げに手を伸ばした。

 ぱくりと一口で豪快にいっちゃうと、咀嚼そしゃくしながら大きくウンウンと頷く。


「ふぎゅ、ほぎひいねえ」

「食べながら話すな、沙恋先輩。豚しゃぶもあるから食うのだ」

「ん、んく、はあ……美味しいよ、まことクン。キミが?」

「そうだぞ、あたしはこう見えて料理は得意なのだ」


 主に肉料理が得意だ。糖と脂肪と炭水化物、ガンガン食ってガンガン運動するのがまことのスタイルだからな。あ、それでこんなに育ちまくったのか。

 というか、なんだかまことも以前より沙恋先輩に対して当たりが柔らかい。

 ちょこちょこいじってはくるものの、先輩もまこととは距離を縮めてくれてた。


「んー、これはご飯がほしくなるね。ごちそうさま、まことクン……チラッ」


 うわ、口で「チラッ」って言いながら俺を見てきたぞ?

 つーか、本当にそんなことする人いるんだ……現実で。しかも、ちょっとかわいいからまた嫌だな。変に様になるからやめてください。

 あと、あげません!

 ハナ姉のお弁当、米一粒とてあげませんから!


「沙恋先輩は昼、どうしてるんです?」

「んー、ボクはいつもパンを買ってるよ。ほら」

「足ります? それで」

「ボク、食が細いしねえ。ラーメンとかお蕎麦、うどんとか好きだぜ?」

「ああ、それで今日は焼きそばパンを……って、食が細いってそういう意味じゃないですから」


 俺なら、惣菜そうざいパンは三つくらい食べないと夕食まで持たないけどな。

 そんな訳で、沙恋先輩が昼の食卓に加わってくる。

 勿論だが、周囲の視線がちょっと痛い。

 何故? と、どうして? がないまぜになった雰囲気をひしひしと感じる。いいじゃん、俺だって青春満喫したいしさ。それに、今日の俺ならたいていのことは許せる。

 そんな訳でつい、惚気のろけちゃうのだ。


「昨日の夜、ハナ姉から早速メールが来ましてね……フフ、フフフフフフ!」

「ああ、よかったじゃないか。それで?」

「明日、お弁当作っていくから食べてもらえるかなあ? って……献立こんだてやらなにやら、色々書き込まれた、そういう件名のメールを受け取ったんですよ」

「あー、いるよね……初心者あるある、件名にメール内容全部書いちゃう子」


 そして、この完璧な弁当が目の前にある。

 量も味もベストマッチ! そしてなにより、俺だけの、俺のための弁当なのだ。

 ただ、作ってくれたハナ姉本人はというと、今日は食事を取りつつやっぱり忙しそう。まるでスターの扱いで、学園のマドンナというありふれたフレーズに説得力がある。

 クラスメイトたちの勉強も見て、ノート取るアドバイスもして、生徒会の仕事もしてる。


「はあ、ハナ姉が今日も忙しそう……ヒデニウム不足になっちゃうんじゃないか?」


 俺はつい、まだ見ぬ生徒会長とやらが恨めしくなった。

 何故、そもそも副会長のハナ姉がこんなことに忙殺されているのだろう。それって全部、全く仕事をしてない生徒会長のせいじゃない?

 そう思っていると、沙恋先輩が意外なことを言い出す。


「本当は、あの男がもう少し、いや、少しっていうかかなり? 仕事すればいいんだけどね」

「あ、沙恋先輩って生徒会長のこと知ってるんですか?」

「まあ、嫌になるほどね」


 少し憂鬱ゆううつそうに表情をかげらせ、沙恋先輩がそっと手を伸べる。そして、まことのほっぺについた米粒を取ると、それを自分の唇に運んだ。


「俗に言う、ろくでなしさ。困った奴だよ」

「なんでそんな人が生徒会長なんです?」

「能力はある、ってのが一つ。あともう一つは……ああほら、本人に聞いてみるといい」


 不意に沙恋先輩は顔を上げた。

 そして、あの時の遠い目になってしまう。

 まるで氷か硝子ガラスのような、ハナ姉んちの庭に忍び込んだ時のまなざしだった。

 その視線を目で追うと……そこには、一人の上級生が立っていた。

 背の高い男子で、妙に人懐ひとなつっこい笑みを浮かべている。

 でも、その人は目だけが暗い光に満ちて、全然笑っていなかった。

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