日出卜英斗は背を押したい

 楽しい昼食は、冷めたポテトだけが残ったあとも続いた。

 話が弾んで止まらないし、語れば語るほど言葉が飛び出てくる。

 ああ、俺は本当にハナ姉と一緒に今を生きてるんだ……もう、死んでもいい。いや、それは流石さすがに勘弁だけど、ここは天国か涅槃かって気持ちでいっぱいだった。

 俺は、今、幸せだ!

 そんなこんなで、全て綺麗に残さず食べて店を出る。


「そうそう、ちょっと寄りたいお店があるんだ。みんな、いいかな?」


 先を歩く沙恋されん先輩が、ちょっとびな仕草で振り向く。

 そんな、きゃるるん♪ ってされても動じないからな。

 でも、特に午後の予定もなかったし、俺たちはそぞろに沙恋先輩を追って歩く。春の日差しが温かくて、でも風はまだちょっと冷たいがいい天気だ。


「おい、沙恋先輩。こっちはなにもないぞ。商店街からも離れて……ハッ! ま、まさか!」

「フッフッフー、そのまさかだぜー?」

「やはり狭宮沙恋はざみやされん、お前は! あたしを亡き者にして英斗ひでととハナ姉の仲を引き裂く気だな!」

「ちっ、バレたかい? なんちゃって、嘘だよ、嘘。そんなことしないって」


 まことも本気じゃないと思うんだけど、ちょっと自信がない。

 そして、沙恋先輩は決して俺たちを妨害しようなんてしてこないだろう。そういう人じゃないってのは、だんだん俺にもわかってきたから。

 

 俺とハナ姉の仲に分け入ってくるのだ。

 そうこうしていると、周囲の店もまばらになって、閑静かんせいな住宅街が広がった。しかも、ちょっと路地に入ってどんどん下町ムードが急上昇してゆく。


「……ハナ姉、沙恋先輩がどこ行くか知ってる?」

「ううん、なんだろね。なんか、ワクワクするねっ!」

「そ、そう?」

「ふふ、沙恋ちゃんっていつも唐突だし、ビックリの連続だから」

「それはわかる。それだけは嫌というほどわかる気がする……」


 もう、存在自体がビックリ箱だよ。

 初日からずっと、謎が謎呼ぶミステリーだよ。

 でも、ちょっとだけわかってきた。

 お邪魔虫のトリックスター、掴みどころのない沙恋先輩は……とても綺麗な女の子だ。こうして歩く後ろ姿を見てても、なんだか映画のワンシーンみたいである。

 振り向き微笑まれたら、俺の一途な気持ちもグラリと揺らぐかもしれない。


「っと、こっちだった。ほら、見えてきたよ」


 不意に、俺の日常に童話のような瞬間が訪れた。

 古い木造家屋が並ぶ路地裏に、その小さな店はあった。年季が入った建物で、ガタピシと鳴る引き戸を開くと独特の香りが鼻孔をくすぐる。

 看板には、右から左に『守山骨董店もりやまこっとうてん』と書いてある。

 因みに豆知識だが、大昔の看板が右から左に読むのは、あれは実は縦書きなんだ。守山骨董店は、一行が一文字の縦書きで五行書いてあるって感じなんだよな。


「おや、珍しい。ボウズ、お前さん女の子だったのかい」


 奥には、小さなおじいさんが座ってた。

 恐らく、この店の店主だろう。

 眼光鋭く頑固親父がんこおやじな空気を発散してる強面こわもてだが、しゃがれた声は不思議と懐かしい優しさを感じる。広げた新聞を読みつつ、店主は僅かに口元を緩めて笑っていた。


「こんにちは、オヤジさん。頼んでたもの、できてる?」

「おうよ。ちょいと待ってな、ボウズ。お連れさんも、色々見て触って、適当に時間潰しておくんな」


 ヨイショ、と店主は立ち上がると、億劫おっくうそうに奥へと引っ込んだ。

 それで俺は、ぐるりと店内を見渡す。

 少しかび臭いような、古本屋の匂いに似てる。そこかしこに色々な品物が雑多に並んでいるが、不思議と清潔感が隅々まで行き渡っていた。


「凄いお店だね、ヒデちゃん」

「あ、ああ……ハナ姉、この店知ってる?」

「ううん、わたしも初めて来たよぉ」


 古い武士の甲冑。

 時代がかった地球儀。

 うず高く積まれた、分厚い本の山。

 無数の置き時計に、なんだかよくわからない動物の剥製はくせい

 とにかく、別世界に迷い込んだような雰囲気なのに、不思議と落ち着く。

 呆気にとられていると、不意に背後からコツンと頭を叩かれた。


「見ろ、英斗。こんなものもあるぞ!」


 振り向くと、まことがさやに入った剣を両手に握っていた。

 どうやらそれで、俺を小突いたらしい。


「あのなあ、まこと。売り物だぞ? 勝手に触るなって」

「おお、伝説の勇者よ。この聖剣を持っていくがよい」

「勇者じゃねーし、持ってかねーし」


 いつもの眠そうな無表情だが、ジト目をキラキラさせてまことは興奮気味だ。ハスハスと鼻息も荒く別の品物へも手を伸ばす。

 まったく、いつまでたっても子供なんだから困った奴だ。

 まあ、俺もこんな異世界感たっぷりの場所に少しテンション上がってるが。

 でも、ふと視線に気付いて振り返れば、腕組みニコニコと沙恋先輩が笑ってた。


「なんか、うちのまことがすみません」

「ん? ああ、いいよいいよ。オヤジさんも言ってたろう? 見て触って、って」

「で、でも」

「そういう人がやってる、そういう店なのさ」


 そう言って沙恋先輩は、店主がいた場所の棚を勝手に開ける。引き出しの奥から取り出したのは、ブローチだ。それを手に、そっとハナ姉に歩み寄って小さく屈む。

 一輪の花に、宝石が飾られた。

 そっと胸元にブローチをつけられて、ハナ姉は瞬きに目を丸くする。


「うん、似合うね。今日も綺麗だよ、ハナ」

「あ、ありがと……わあ、とても素敵。でも、お高いんじゃないかなあ」

「ハナに買えないものなんてないさ。ま、カードは使えないと思うけど」

「……わたしのお金じゃなくて、家のお金だから。カードも持たされてるだけだし」

「だね」


 ああ、こんな時さり気なく買ってあげたい! 今すぐ仕送り三ヶ月分を前借りしてでもプレゼントしたい!

 まあ、多分それでもお金が足りないとは思うけど。

 よーく見ると、深い色合いの大きな琥珀こはくがブローチに光ってる。

 その中に、時間を凍らせた小さな花が収まっていた。

 枯れることも忘れて、閉じ込められているんだ。

 本当によくハナ姉に似合ってて、俺は思わず見とれてしまう。そんな俺をフフフと笑って、沙恋先輩はいつもの人を喰ったような気障ったらしさに戻った。


「まことクンはあれがいいかな、中世のフルプレートメイル。サイズも大丈夫だよ、キミはでっかいから」

「ははははは、よし斬ろう。狭宮沙恋、そこに直れ」

「冗談だよ、冗談。グリーンベレーの野戦服の方がいいかい? 古代の蛮族の毛皮とかもあるよ」

「……英斗、やはりこの女は喧嘩けんか売ってるんじゃなかろうか。あたし、少しへこむぞ」


 ま、沙恋先輩ってそういう人だから。

 それに、悪気がないのはまことだってわかってるみたいだ。

 あと、剣を置こうな、元の場所に戻そうな。そのロングソードはお前には危な過ぎる。

 そうこうしてると、奥から店主が戻ってきた。


「おや、そっちのでっかいお嬢ちゃん。お目が高いねえ……それはハイランダーの剣だよ」

「ま、また、でっかい……ぐぬぬ。あ、いや、勝手に触ってごめんなさい。戻してきます」

「なに、面白いものばかり並んでるだろう? 好きに触って、気に入ったらあとは財布と相談……触られて困るもの、壊れて嫌なものは全部奥にしまってあるのさ」


 因みに、そのハイランダーとやらの剣は……0の数がもの凄く多い値段だった。

 その価格を聞いたら、まことはぶるりと震え上がってすぐに手放すのだった。

 ハナ姉も、お礼を言ってブローチを返却する。

 なんとまあ、おおらかなお店だなあ。そこまで言ってくれるなら、俺もさっきから気になってる鉄砲、あの海賊が持ってそうな拳銃とか触ってみたかった。

 そんなことを思ってると、沙恋先輩は店主からなにかを受け取った。

 それはまあ、骨董品といえば骨董品だけど、ちょっと懐かしくて珍しい。


「回線の契約は? ボクのと一緒にしてくれた?」

「ああ。すぐに使えるし、プランも安くて使いやすいものだ」

「通話とメール、ちょっとしたネット検索……くらいかな? ありがと、オヤジさん」

「なに、お安い御用ってもんさ」


 沙恋先輩が受け取ったのは、携帯電話だ。

 しかも、今どきちょっと見ない二つ折りのガラケーである。

 それを先輩は、そっとハナ姉に差し出した。


「ハナ、携帯ないと不便でしょ? これ、ボクからのプレゼント」

「えっ? で、でも」

「いい女ってのは、秘密を持つもんさ。時には嘘もね。親に隠して使うといい」

「……どうして? いつも沙恋ちゃん、わたしに親切、だけど」

「そりゃ、好きだからさ」


 そっとハナ姉は、両手でガラケーを受け取る。

 でも、心はまだちょっと躊躇ちゅうちょしてるみたいだ。

 ただ、俺はいいんじゃないかと思った。ガラケーは、昭和の文学少女って雰囲気のハナ姉を、一気に平成の時代に連れてきてくれるきがした。

 まあ、今は令和の世の中だけど。


「沙恋先輩、通話料金はどうするんです?」

「ああ、問題ないよ。ボクのスマホと一緒にして、家族割引にしてあるから。それにね……世の中には、人知れず回線を格安で売りたい人、買いたい人がゴマンといるのさ」


 店主も腕組みウンウンと頷く。

 ハナ姉は少し困ったような、困惑してるような……そして、とてもときめいているように見えた。そして、照れたようにはにかみ俺を見詰めてくる。

 背中を押してほしそうな彼女のほほえみに、俺は大きくうなずくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る