日出卜英斗は敢えて問わない

 沙恋先輩とのデートは、なし崩し的にハナ姉とまことが合流しての昼食を迎えることとなった。いなみに、地元では四六時中一緒だったまことによって、俺の行き先はモロバレだったようである。

 けど、ハナ姉とおでかけというのは、これは嬉しい。


「おいおい、英斗ひでとクン? 顔がにやけてるぜー?」

「わわっ、沙恋されん先輩っ! ちょっと、人の顔を覗き込まないでくださいよ」

「ま、お昼を食べたら僕はまことクンと適当に消えるからね」

「えっ!? そ、それって」

「まあ、ボクの教えを胸に頑張ってくれたまえ!」


 バン! と俺の背を叩いて、沙恋先輩はファーストフード店へと入ってゆく。

 さも当然のように、ハナ姉の手を握って。

 くーっ、なんであんなに自然なんだ!

 でも、ええと、確か……学生なんだし、食事で背伸びはオススメできない。そういう話だったな。ありきたりだけど、ハンバーガーで安く済ませよう。

 そう思っていると、ぬっと巨大な影が俺を包む。

 振り返ると、そこには完全に目がわったまことの姿があった。


「英斗……あたしに任せろ」

「おおっ!? なんだなんだ、お前……いつにもまして目がやばいぞ」


 まあ、目付きの悪い俺が言うのもなんだがな。

 でも、普段の眠そうなジト目が今は、一種異様なギラツキに輝いていた。

 そして、まことは声をひそめてこぶしを握り締める。


「安心しろ、英斗。お昼を食べたら沙恋先輩はあたしが適当に消しておく」

「おい待て、言い方! 不穏過ぎるだろう!」

「ここはあたしに任せて、英斗はハナ姉と先に行くんだ……決して振り返らずに」

「はあ、なに言ってんだか。……うん? お前、それ気に入ったのか?」


 まことは力ませプルプルいわしてる拳とは逆の手に、かわいいぬいぐるみを抱き締めている。先程、俺がUFOユーフォーキャッチャーでゲットしたやつだ。

 どうやらまことは、イヌだかクマだかよくわからん動物が気に入ったらしい。

 ブンブンと大きく何度もうなずくと、彼女は両手で胸にそれを抱き直した。


「英斗が取ってくれた。あたし、大事にする。コアラだから、名前はハードコアちゃんだ」

「ちょっとまことさん? 俺、どっから突っ込んだらいい?」


 コアラじゃないと思うぞ、やっぱりイヌかクマか……もっとこう、身近な動物だと思うんだけどな。つーか、なんでわざわざ斜め上にやばい名前を付けるんだ。

 俺はだんだんと、まこととの付き合いがハードモードに感じてきた。

 けど、これがまことの普通、平常運行なのだった。

 そんなまことの手首を掴んで、引っ張りつつ俺も店へと入る。

 お昼時だけあって混雑してたが、奥へ歩けば席を取ったハナ姉たちが見えた。


「英斗クン、実は……ハナはハンバーガーショップは十年ぶりだそうだよ」

「も、もぉ! 沙恋ちゃん、恥ずかしいから言わないでぇ」

「そんな訳で、英斗クンはハナを連れて買い物よろしく。ボクはまことクンと待たせてもらうよん?」


 ちょっと顔を赤くして、ハナ姉が上目遣いに俺を見詰めてくる。そして、恥ずかしそうに立ち上がると、ツツツと俺の背中に張り付いてきた。

 しっかし、今どきそんな女子高生いるかね?

 放課後の帰り道、友達と寄り道したりしない?

 ……しない、か、むしろできないか。

 ハナ姉の異常過ぎる忙しさ、そして家庭環境を俺は思い出していた。


「じゃ、じゃあ、ヒデちゃんと行ってくる、ね? えっと、カードって使えるのかなあ」

「や、待って。とりあえずそのクレジットカードをしまおうか、ハナ姉」

「うっ、うん。えっとじゃあ、小銭入れを」


 ハナ姉はなんだかキラキラしたカードが山ほど入ったお財布をしまった。そして、歩きながらポケットから小さなガマクチを取り出す。

 ちょっと、なんていうか、ギャップ萌え?

 ハナ姉、どこまでも昭和な女の子なのだった。


「俺、電子決済でサクッと払っちゃうからさ。あとからお金もらうよ、ハナ姉。クーポンも使いたいし」

「うんっ。じゃあ、いこっか。スマホってハイテクだねえ」

「いや、今はみんな持ってるんだけどね」


 休日のプライベートだからか、遠慮なくべったりくっついてくれるのが嬉しい。俺は何気なく腕にハナ姉をぶら下げるようにして、注文カウンターへと歩く。

 因みに背後では「ボクはベジタブルバーガーのセットをアイスコーヒーで」「あたしは、ダブルチーズバーガーのセットにフィッシュバーガーとテリヤキバーガーだ!」とまあ……意外と仲、いいの? なんか、この間のバスケ対決で友情とか芽生えちゃったのかな。

 ちょっと並ぶ感じだけど、ハナ姉は物珍しそうに周囲をキョロキョロ見渡す。


「ほえー、人が沢山いる……」

「ハナ姉、小さい頃に来たことない? うちの地元にも何件かあったけど」

「んー、どうだったかなあ。あっ、見て見てっ! ポテト全サイズ均一セールだって」

「ならば全員のポテトをLサイズにして、って、カロリー高そうだなあ」

「えっと、ポテトは野菜? に入るのかな?」

「ジャガイモが野菜なのは否定しないけどさ、どうなんだろ」


 これって、周囲からどう見えてるんだろう。

 改めて俺は、隣のハナ姉を見下ろす。フリルやレースが小うるさい感じではないけど、モノクロームのエプロンドレスがとっても似合う。意外と乙女チックな趣味なんだろうか……似合うのでもう、百点満点である。

 そんな俺の死線に気付いて、ニコリとハナ姉ははにかむ。


「なんだか、恋人同士みたいだねっ。みたい、じゃなくて、そうだもんねっ!」

「お、おうっ! そう、見えてるよな、ちゃんと……そうだといいなあ」


 ちらりと振り向けば、奥の席では沙恋先輩とまことがなにやら、ぬいぐるみバトル? で遊んでいる。二人共、妙に作った声でアフレコしながら、ぬいぐるみにパンチやキックを出させていた。

 そういうかわいいとこあるんだなあ、ちょっとなごむ。

 で、俺たちにオーダーする番が回ってきた。


「いらっしゃいませ! 店内でお召し上がりですか?」

「あ、はい」

「お決まりでしたらご注文をどうぞ!」

「えっと」

「ただいま、期間限定のオニオンサーモンバーガーセットがお得になっております」

「じゃ、俺はそれで。あと、ベジタブルバーガーのセットをアイスコーヒーで、ダブルチーズバーガーのセットを、えっと、まことはいつも烏龍茶ウーロンちゃか」


 無駄に意識高い系アスリート女子なので、まことは基本的に炭酸や糖類の高い飲み物は避ける傾向がある。長らく一緒にいると、言わなくてもツーカーの仲ってやつだ。


「あと、単品でフィッシュバーガーとテリヤキバーガーで。ハナ姉は?」

「え、あ、んと、じゃあ、ん……ヒデちゃんと、同じので」

「じゃあ、オニオンサーモンバーガーセットもう一つ、ポテト全部Lサイズで」

「お会計の方は現金でしょうか?」

「あ、電子決済で。あと、クーポン割引お願いします」

「かしこまりました」


 俺とハナ姉の飲み物はコーラにした。

 それにしても、まことよ……昼からがっつりいくな。改めて健啖家けんたんかっぷりには脱帽だ。っていうか、脱毛しそうだ。あいつなんなの、牛か馬なの?

 だが、沢山食べる健康的な女の子は嫌いじゃない。

 昔はなんか、身体も小さくて少食だったのになあ。

 そんなことを思っていると、店員さんが番号札をくれた。


「こちらの番号でお持ちしますので、お席でお待ち下さい」


 ハナ姉が大事そうに両手で受け取り、にっぽりと笑顔になる。

 うんうん、貴重な体験だね、初めてのハンバーガーショップだね。

 なんか、年上のはずのハナ姉が酷くあどけなく見えた。学園で辣腕らつわんを振るっている生徒会副会長の時とは、まるで別人である。

 意外な一面というか、こういうぽややんとした雰囲気の方が俺には馴染なじみがあった。


「戻ろっか、ハナ姉」

「うんっ。……ヒデちゃん、それは?」

「ふっふっふ、これはチキンナゲット用の各種ソース。この店では基本的に、コーヒー用のミルクや砂糖と同様、取り放題なのだ」


 そう、ケチャップとマスタードと、あとは季節のソース。この春はバーベキュー味か、いただこう。こういうのをね、ポテトにつけて食べるんだ。まさにB級グルメならではの楽しみってやつだ。

 本当に物珍しそうに、ハナ姉は目を丸くしている。

 やばい、守りたい……この笑顔。

 ずっと見てられると思ったが、蜜月みつげつの時間は長くは続かなかった。

 テーブルに戻ると、沙恋先輩とまことがグイと自分のぬいぐるみを押し出してきた。


「やあ、ゴクローだったね、英斗クン! 言い忘れてたけどボク、ピクルス抜きがいいんだけど」

「今更遅いですって、沙恋先輩。あと、なにそのキャラ……変な声やめてもらえます?」

「はっはっは、キモくてダサいと言われてるぞ沙恋、先輩。やはりかわいさではあたしのハードコアが一番」

「まこともやめなさいって。つーか、コアラじゃないから、そいつ。絶対違うから」


 そりゃ、女子が全員そうだとはいわない。女の子も千差万別だし、そもそも俺はよく知らないから。

 でも、ぬいぐるみ一つでこうも浮かれてくれる、喜んでくれる。

 これは嬉しい。

 今日はたまたま沙恋先輩と二人だったけど、いつかハナ姉にも直接取ってあげたい。俺の妙技に酔いしれてほしいし、UFOキャッチャーでドヤ顔したい。

 ささやかだがそんなことを思いつつ、午後の予定などを皆に尋ねる。

 すると、沙恋先輩から意外な言葉が返ってくるのだった。

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