日出卜英斗は迷わない

 入学早々、やりたいことが決まった。

 やるべきこと、やらねばならぬことがある。

 俺は放課後、生徒会室へ向かっていた。外では運動部の掛け声が遠く響いて、学園全体が燃えるような活況かっきょうに包まれている。

 いい雰囲気だ。

 まこともバスケ部に行ったし、俺も俺の課外活動を始めよう。


「っと、ここか。……ここ、だよな? え、なにこれ」


 生徒会室の扉は、なんというかファンタジーな感じだった。白くて金縁きんぶちで、キラキラしてる。ご丁寧にユニコーンが彫り込まれている。

 ゲームで言うなら、絶対ラスボスに繋がってそうな扉だ。

 やや気後れしながらもノックをすれば、中から「どうぞ」と小さな声。


「失礼します! って、ありゃ? あの……生徒会室、ですよね? ここ」


 突然別世界へワープしてしまった気分だ。

 午後の日差しが柔らかい、とても清潔感にあふれた室内。そこはなんというか、まるで一流企業のオフィスみたいだった。机が整然と並び、沢山の生徒会役員が働いている。調度品はクラシカルなおもむきで、やっぱりどことなくファンタジーである。

 そして、とても忙しそうだった。


「学食の今期メニュー、あがってきてる? 季節感出してって言ったよね!」

「東棟三階のトイレ、個室の扉が外れかかってるそうです!」

「春の実力テスト、流出した試験問題の回収完了しました。職員室へも通達済みです」

「ちょっと、運動会の計画書遅いよ! なにやってんの!」


 ぐるりと見渡してみても、広い室内に数十人の役員が動き回っていた。

 皆、とても忙しそうだ。

 とても落ち着いた雰囲気の室内に反比例して、まるで修羅場のような空気だった。それもそのはず、先日のハナ姉の働きっぷりを見れば多忙は明らかである。

 その中へと今、俺は自ら進んで飛び込む。

 なんでもいい、生徒会でハナ姉のために働くんだ。

 そう思ってると、聞き覚えのある声が俺を呼び止める。


「ええと、確か……一年生の、あの日出卜英斗君ひでうらひでと、だよね?」


 振り向くと、背の高い男子が一人。タイの色は三年生だ。確か、そうそう、松井まつい君。以前、校門の前で会ったことがあった。

 向こうも俺を覚えててくれたみたいだが、『』とは?

 素朴な疑問に思わず、目元に力が入った。

 それで松井君は、ビクリ! と身を震わす。


「あ、いえ、今のはにらんだんじゃなくて……ええと、松井先輩。すんません」

「ああ、よかった。まあ、君は今や学園じゃ有名人だからね。それで?」

「俺も生徒会で働きたいなって思って」

「ふむ、なるほど。丁度いい、君にうってつけの仕事がある」

「へっ? あ、あの、いいんですか? こう、簡単に入っちゃって」

「学園側への書類は僕が用意しておこう。さ、こっちへ」


 なんともたやすく生徒会に入れてしまった。

 そして、周囲は忙しすぎてそんな俺に目もくれない。行き交う声の中で、あっちにこっちにと書類が回されている。

 正直『生徒の自主独立を目的に、学園の自治を生徒自身がやっている』という触れ込みは、半信半疑だった。けど、この御統学園みすまるがくえんは本当に学生たちの手で回っているらしい。

 そうこうしていると、松井君は俺を奥へと連れて歩く。

 そこには、二つの大きな執務机が並んでいた。


「こっちは会長の机だ。まあ……あとで余裕があったら掃除を頼めるかな」

「ウス。って……あの、会長さんって」

「今年度に入ってからは、数える程しか見てないね。そもそも机がこの有様だ、実質的には副会長が生徒会を仕切ってるよ」

「ですよねえ」


 会長さんの机は、なんていうか本の山だった。

 飲みかけの紙パックや半端に食べたスナック菓子なんかも積み上げられている。

 散らかってるというか、汚い。

 それにくらべて、隣の机は整理整頓が行き届いていた。

 俺にはすぐに、副生徒会長のハナ姉の机だとわかった。


「副会長が来るまでに、整理しておいてほしいものがあるんだ。日出卜君、これを」


 不意に松井君は、やや小ぶりの段ボール箱をたなから下ろす。

 丁度、プレステの新しい奴が売られてる時くらいの箱だ。

 よく見ると、中にはカラフルな封筒がギッシリ詰まっている。


「今日の分なんだけど、整理を頼むよ。もうすぐ副会長も来ると思うから、その時みんなに紹介するね」

「えと、これは……?」

「副会長へ向けてのラブレター、ファンレター、その他諸々もろもろだ。学年と組ごとに仕分けてもらえると助かる」

「は、はあ」


 なんなの、ハナ姉アイドルかなんかなの?

 いやまあ、俺にとってもそうで、それ以上の存在かもしれないけどな。

 この御統学園の生徒が全学年で3,000人前後。そして、その中の数パーセントが毎日せっせとハナ姉への想いを文字につづったりしているらしい。

 因みに下駄箱げたばこから回収する仕事も、明日以降は俺の担当になるとのことだった。

 忙しそうに自分の机に戻ってゆく松井君を見送り、俺はフム! と腕まくり。


「どれ、やりますか! ええと……なんだこりゃ? クッキー? チョコレート? うわ、手編みのマフラーまである。もう春だっての」


 郵便局員になった気分で、サクサクと仕分けてゆく。

 ピンクや水色の封筒には、ハナ姉への気持ちがお手紙となって凝縮されているんだ。けど、すまんな……フ、フフッ、フハハハハハハ! そのハナ姉の! 彼氏は! このぉ、俺だぁ! だからまあ、この手のアレコレを片付けるのも俺の役目だろう。

 因みに、開封して中身を見たりはしない。

 ラッピングされた手作りクッキーも美味おいしそうだけど、これはハナ姉のものだ。

 やっぱり、ハナ姉って凄い。

 なんだか、無意味かつ無駄に誇らしい。

 俺はサクサクとお手紙の数々をソートし、箱の中に並べてゆく。

 例の無駄に豪華で重々しい扉が開かれたのは、そんな時だった。


「みんな、ごめんねっ! ちょっと掃除当番で遅くなっちゃった。えっと、進捗しんちょくどぉ?」


 今日も今日とて、生徒会副会長様のご出勤だ。

 本当に、ハナ姉が現れただけでこの場に花が咲いたような空気が広がってゆく。甘やかに、ゆるやかに、そして温かい雰囲気だ。

 ハナ姉の笑顔に、即座に生徒会役員たちが一斉に立ち上がる。

 何人かの女子が駆け寄っていったし、皆が皆手にプリントやタブレットを持っていた。


「ああ、副会長! お疲れ様です! 早速ですが、会議の日程が決まりました」

「決済の必要な書類、まとめてあります!」

「こちらにも決済のサインを、ああそれと、あれ、どこいったっけ!?」

「こっち、先にお願いします! 最優先事項ですよこの案件!」


 ハナ姉は聖徳太子じゃないってのに、みんなが一斉に喋り始める。

 そんな役員たちの顔をぐるりと見渡し、ハナ姉はにっぽりと笑った。

 それはもう、つぼみほころぶような大輪の笑顔だった。


「はい、それじゃあまず……みんなでお茶の時間にしましょう。大丈夫、わたしがいるから平気だよ? まずは落ち着いて、ね?」


 突然のお茶会宣言に、誰もが一瞬黙った。

 けど、そんな全員から火のついたような焦りが薄れてゆくのが感じられた。

 ハナ姉は一人で奥から電気ポットを持ち出し、ちょっとよろけながらもそれを手に出てゆく。一度消えた可憐な姿は、扉から顔だけ出して眼鏡めがねをキラリと輝かせた。


「あ、そうそう、運動会の連絡会議だよね? わたしのアドレスに詳細送っておいてね。係の役員同士でLINEグループ作成よろしく。あと、決済の書類はまとめてわたしの机に、それと、今日のお茶請ちゃうけは……あら? あらあらあら?」


 顔だけ出したハナ姉が、片手で眼鏡めがねを上下させる。

 そう、俺を見詰めてフンス! と鼻息を荒くした。


「あれぇ、ヒデちゃん? どうして生徒会に?」

「ああ、俺もハナ姉を手伝おうと思って。生徒会、入ることにしたんだ」

「そうなんだあ、ありがとっ!」

「そんな訳で、お茶汲ちゃくみくらい俺がやるよ。ポット、貸して」


 例のラブレターボックスを置いて、ゆっくりとハナ姉に駆け寄る。

 一瞬、どよめきが生徒会室に広がった。

 けど、気にしないことにした。

 美女と野獣とか、ハナ姉の弱みを握ってるとか、そういううわさすでに聞き飽きた。これからの高校生活三年間で、もっと色々噂されることも承知済みである。

 なんと言われようと、俺はハナ姉の最高のスクールライフを満喫するのだ!


「えっと、じゃあ……一緒に、行く? みんな、ちょっと待っててね。エヘヘ、ヒデちゃんとお湯、用意してくるねっ」


 俺はすぐに部屋を出て、後ろ手に扉を締めた。

 荘厳なレリーフで飾られたドアの向こうで、ヒューヒュー! と口笛や歓声が巻き起こる。気恥ずかしそうにはにかみながらも、ハナ姉はそっとポッドを差し出してきた。


「あっ、俺が持つよ。重いしさ」

「ううん。違うの……手」

「手?」

「う、うんっ。校内じゃやっぱり、おおっぴらに手を繋げないから。だから」


 すぐに俺は察した。

 ポットの持ち手を、ハナ姉と一緒に握る。丁度ポットを挟む形で、俺たちは並んで歩き出した。指が触れるか触れないか、そんな距離にハナ姉の小さな手がある。

 そうそう、こういうのでいいんだよ。

 ささやかな幸せ、平和な学園生活ってやつだ。

 けど、俺は忘れていた……ハナ姉との架け橋になってくれてる電気ポットくんとは真逆に、小うるさくて厄介な『挟まりたがり屋』が存在しているということを。

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