俺のことは死んだと思ってくれ

 冬が近づく。俺は冷たくなり始めた秋の風に黒いコートの襟を立てて、物陰からそっと様子を窺った。


 あいつらは嗤っていた。


「とうとう奴も年貢を納めたな」

「ああ、これで安心して暮らせる」

「せいせいするよ」


 俺を嫌ってる奴らにどう思われようと構わない。むしろ死んだと思われている方が都合がいい。どうせ暗がりから暗がりを渡り歩く後ろ暗い稼業だ。

 今のうちに平和を享受しておくがいい。俺もほとぼりが冷めるまで暖かい所にでも行って、しばらくはゆっくりするさ。

 嫁と子供を作って家族を増やすのもいいな。来年の夏に俺が戻って来たら、奴らどんな顔するかな。今から楽しみだ。


「俺のことは死んだと思ってくれ」


 俺は独り呟いて、その場を後にした。






「まったくアイツにはビビるよな」

「ああ、暗いとこから急に出てくると心臓に悪い」

「マジでいなくなって良かった。もうずっと出てこないで欲しい」


 季節はもうすぐ冬。黒いアイツとはしばらくお別れだ。男達は笑いながら棚にゴキブリ殺虫剤をしまい込んだ。 



◇◇◇◇◇



戻ってこなくていいです。

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