自分で確かめろ

 ルシファーとキスキルが王城から去った。

 元々静かな場所だが、今はいつも以上に静寂で満たされる。

 同じ部屋に俺たちはいる。

 会話は、ここ数分ない。

 俺とサラは待っていた。

 彼女が、自分から話してくれるのを。

 そしてようやく、口を開く。


「黙っていて、ごめんなのじゃ」


 最初の一言は謝罪だった。

 俺とサラは顔を見合わせ、驚きを共有する。


「別にいい。俺たちは気にしてない」

「はい」

「……」

「理由があったんだろ? 話せなかった理由が……」


 リリスは小さく頷いた。

 視線を下方向でウロウロさせ、どう話すべきかを考えている。

 俺たちは変わらず待つ。


「お父様が生きていた頃は……お母様も一緒に暮らしていたんじゃ」


 彼女はゆっくり語り出す。


「あの頃はルシファーも、他の奴も一緒じゃった。お母様はお父様の補佐をしておんたんじゃ」

「真面目そうだったな」

「うむ。しっかりしておった。それに厳しかったのじゃ。お父様も、ルシファーたちも頭が上がらないくらいのう」

「大魔王にルシファーも? イメージが湧かないな」


 と言いつつ、納得した。

 彼女が現れてからのルシファーを思い出して。

 突然覇気がなくなり、大人しくなった彼は印象的だった。

 時代が変わり、立場が変わっても、当時の関係性は残っているのかもしれない。


「リリスには?」

「ワシにも厳しかったのじゃ。お父様にもよく、甘やかしすぎだって注意しておった。けど、厳しいだけじゃなかった。ちゃんとワシのことを見ていてくれた……大好きじゃったよ」


 リリスの言葉の節々から、母親への好意が伝わってくる。

 今でも、変わらず好きなのだろう。


「……でも、お父様が死んで、みんなバラバラになってしまった。お母様も……何も言わずにワシの元を去ったのじゃ。ルシファーのところにいると知ったのは最近じゃ」

「連絡もなかったのか?」

「……うむ。一度もなかったのじゃ」

「会いに行ったり……は厳しいか。遠いし、ルシファーの領地だからな」


 幼いリリスが一人でたどり着ける場所じゃない。

 彼女自身も理解しているから、この城から出なかったという。

 つまりさっきの邂逅は、百年ぶりの再会だったわけか。

 それにしては淡白だった。

 リリスはうつむいたまま落ち込んでいる。

 なぜ、キスキルがリリスの元を去ったのかはわかっていない。

 彼女は理由を話さなかったらしい。


「……きっとワシのことが面倒になったのじゃ」

「リリス……」

「みんないなくなった。お父様がいなくなって、ワシが未熟じゃから……お母様も……ルシファーのところにいるのが証拠じゃな」


 リリスは笑いながらそう語った。

 今まで見たことがないほど、泣きそうな笑顔だった。

 無理をしているのが丸わかりだ。

 子供がしていい表情じゃない。

 いたたまれない……そう思ったのは俺だけじゃない。


「確かめたのですか?」

「え?」


 サラが尋ねる。

 

「母親に、どうしていなくなったのか」

「それは……聞いたことはない。聞けるはずないじゃろ。急にいなくなって、さっきだってまともに話もできなかったんじゃ」

「そうですね。タイミングがなかっただけです。なら、聞けば応えてくれるかもしれませんね」

「な、何が言いたいんじゃ」


 リリスは苛立ちを見せる。

 聞く機会なんてどこにある、と言いたげな表情で。

 サラが俺に視線を向ける。

 彼女の意図はちゃんと伝わった。

 たぶん俺たちは同じことを考えていたから。


「じゃあ聞きに行こうか」

「……え?」

「ルシファーの城に行くぞ。今から」

「な、正気か?」

「もちろん。今からルシファーの城へ行って確かめる。お前の母親の本心を、お前が聞くんだ」

「――よいのか?」


 俺たちは特訓の途中だ。

 いつ、他の魔王の襲撃を受けるかわからない。

 強くなるための時間が惜しい。

 そんな状況で、我がままを言ってもいいのかと。

 彼女は視線で訴えかける。


「気になるだろ? このままじゃ集中できないだろうし、これも必要なことだ」

「アレン……」

「それとも、お前は知りたくないのか?」

「……知りたいのじゃ。お母様がどうしていなくなったのか!」


 彼女は本心を口にした。

 ならば迷う必要はない。

 俺たちは同じ方向に視線を向ける。

 この間、お邪魔したばかりだが……また遠出だ。


  ◇◇◇


 辺境の魔王城から移動に五日間。

 俺たちは再び、現代最強の魔王が住まう城に足を運んだ。

 前回は招待状があったからすんなり入れたが、今回はアポなしの訪問だ。

 戦闘になることも予想したが、そうはならなかった。


「遅かったな。近いうちと言っていたから、翌日にでも来ると思っていたぞ」

「一緒にするな。こっちは空間移動なんてできないんだ」


 ルシファーは俺たちが来るのを待っていたらしい。

 俺たちの存在を感知すると、彼自らが出迎えてくれた。

 おかげで部下の悪魔たちと戦いになることもなく、俺たちは玉座の間に足を踏み入れた。

 ルシファーの傍らには、彼を補佐するキスキルの姿がある。


「ともかく歓迎しよう。よくきたな、勇者。この間の続きをしようか?」

「……いや、それはまた今度だ」


 一瞬だけ空気がピリついたが、俺が否定したことで収まる。

 ルシファーは少しがっかりした顔をした。 


「悪いな。用があるのはお前じゃないんだ」

「そうだろうな。お前たちの意識は、俺の隣に向いている」


 ルシファーが視線を向ける。

 彼には見抜かれていたらしい。

 俺たちは全員、キスキルに注目した。

 彼女は俺と目を合わせる。


「私に何か御用ですか?」

「俺じゃない。話したいのはこいつだ」

「お母様!」

「リリス……」


 リリスが一歩前に出る。

 俺は一歩下がる。

 二人の会話を邪魔しないように。


「お、お母様……」

「なに?」

「っ……その……どうして……」

「聞こえないわ。もっと大きな声で話しなさい」

「は、はい!」


 注意され、しゃきっとするリリス。

 どうやらキスキルのほうに聞くつもりはあるらしい。

 俺はホッとした。

 厳しいのは聞いていた通りみたいだけど。


「どうして、いなくなってしまったのじゃ? ルシファーのところにいるのはどうしてなんじゃ? お母様はワシのこと……」


 大きな声で話しながらも、最後のほうは尻つぼみになる。

 聞きたいけど聞きたくない。

 そんな矛盾した感情がリリスの中に渦巻いているのだろう。

 数秒の静寂が流れる。

 キスキルは小さく息を吐いた。


「言ったでしょう? それが、私のするべきことだからよ」

「だから、どういう意味なんじゃ。ワシにはわからんのじゃ」

「わからないなら、そのままでいなさい。今のリリスには知っても仕方がないわ」

「――っ、そんなこと……」


 今にも泣きだしそうなほど悲しい表情を見た。

 だから、俺の口は勝手に動く。


「もっとわかりやすく話せないのか?」

「アレン」

「勇者……アレン」


 キスキルと視線が合う。

 親子の会話に水を差すような真似はしたくなかったけど、見ていられない。

 このままじゃ憂いが残るだけだ。

 

「子供相手なんだ。抽象的な表現ばかり使わず、もっとハッキリ話してくれ。こいつのことを嫌いになったのなら、そう言えよ」


 リリスの心を傷つける言葉だ。

 それをわかった上で俺は口にした。


「その時は、俺があんたを許さない」

「アレン……」

「あなたには関係のないことよ」

「いいやある。今は、俺がリリスの保護者みたいなものだからな。何よりリリスはあんたの娘だろう? 家族なら、知る権利があるはずだ」


 俺は訴えかける。

 言葉だけではなく視線で。

 答えを待つが、彼女は黙ったままだ。


「答える気はないか?」

「……」

「だったら方法を変えよう。俺と勝負しろ」

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