家庭訪問逆パターン

 俺は二度見した。

 リリスを見て、改めて彼女の姿を確認する。

 似ていると思ったのは、今のリリスにではない。

 大人バージョンのリリスと、ルシファーと共にいる女性悪魔がそっくりなんだ。

 もう少し歳をとれば、大人リリスもあんな雰囲気になるだろうと。

 無意識にそう感じていた。


「ルシファー様、ここで何をしているのですか?」

「あー……散歩、ってことでごまかせないか?」

「随分と遠くまで来られましたね。しかも、ここがどこだかお忘れですか?」

「……言い逃れはできないか」


 ルシファーから戦意が消えた。

 彼女が現れてから、嘘みたいに魔力の圧も弱まる。

 まるで、悪戯がバレてしゅんとする子供みたいに……。

 意外過ぎてビックリだが、それ以上に。


「あれがお前の母親……なのか」

「……」


 無言、正解か。

 俺はてっきり、母親も死んでいるのだと思っていた。

 だから話したくないのだと。

 違った。

 母親は生きていた。

 その上で、魔王ルシファーの元にいたのか。


「どういうことだ? なんでお前の母親が、ルシファーと一緒にいる?」

「それは……」

「元気そうね、リリス」


 母親がリリスに語りかけた。

 ビクッと身体を震わせるリリス。

 怯え……というより、悲しそうだった。


「お母様……」

「少しは魔王として成長したのかしら?」

「つ、強くはなったのじゃ」

「そう? あまりそうは見えないけど」

「……」


 親子の微笑ましい再会……という雰囲気じゃないな。

 見ていられない。

 こんなにもシュンとしているリリスは初めてみた。


「なぁあんた、なんでリリスと一緒にいない?」

「アレン」


 無関係な俺だけど、聞かずにはいられなかった。

 リリスを一人で魔王城に残した理由を。

 母親なら、どうして一緒にいてあげなかったのかを。


「勇者アレン、ね」

「ああ、あんたがリリスの母親なんだな?」

「そうよ。私はキスキル……さっきの質問の答えは簡単よ。これが私の役目なの」

「役目? リリスの元を離れて、ルシファーと共にいることがか?」

「……」


 彼女は無言だった。

 否定しないのなら、事実だとでもいうのか?

 我が子をほったらかしにして、敵対する魔王に協力していると?


「お前それでも――」


 怒りがあふれ出そうになった。

 そんな俺を引き留める様に、リリスが袖をつかむ。


「リリス……」

「白けてしまったな」


 静かだったルシファーが口を開く。

 俺は彼に視線を戻す。


「いずれ仕切り直そう。今回はここまでだ」


 キスキルが右手をかざす。

 空間に黒い穴が開き、ルシファーが穴に向かって進む。

 おそらくは空間をつなげる魔法だ。

 あれで移動してきたのか。


「また会おう勇者アレン。今度はこっちに遊びに来るといい。お前ならいつでも歓迎してやろう」

「……そうだな。近いうちに行く」

「ふっ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、ルシファーは黒い穴に消えて行く。

 キスキルもそれに続く。


「お母様」


 リリスが呼ぶ。

 一瞬、彼女は立ち止まった。

 しかし振り返ることはなく、そのまま黒い穴に消える。

 二人の気配が消え、黒い穴も消失した。

 後味の悪い疑問と、感覚を残して。


  ◇◇◇


 空間魔法は魔王城に直通である。

 黒い穴からルシファーが現れ、続けてキスキルが出てくる。

 穴が消える。


「よかったのか?」

「……何がでしょうか」

「リリスのことだ。もう少し、話していたかっただろ?」

「そんなことはありません」

「誤魔化さなくていい。本当のあなたは――」

「余計なことを言わないでください」


 ルシファーの言葉を遮り、きつめに抑止する。

 キスキルは現在、ルシファーの補佐をしている。

 形式上は彼の部下だが、その関係性は極めて特殊であった。


「私がここにいるのは私の意志……そして、あの方の意志です」

「……そうか。別に俺はどっちでもいいんだけどな」

「貴方は勝手にふらふらと出かけるのを辞めてください。この城の主である自覚をもってもらわないと困ります」

「はいはい。まったく、相変わらず大魔王様の妻は怖いな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る