認めてやるよ

 俺たちは向かい合う。

 大罪の魔王が一人、『傲慢』の魔王ルシファー。

 大罪を束ねる男で、おそらくは現代最強の魔王……。

 やはり接近していたのは彼だったか。

 見たところ周囲に他の悪魔の気配はない。

 たった一人でここへ?

 攻め込みに来た……という雰囲気じゃないな。

 ただ油断はできない。

 この魔王は一人でも危険だ。

 

「そう警戒するな。俺は別に、戦うために来たわけじゃない」

「……だったら何をしに来たんだ? こんな辺境の魔王城に、しかも一人で」


 ルシファーは右腕を挙げる。

 攻撃、ではないとわかって警戒を緩める。

 人差し指をたて、彼は俺を指し示す。


「お前に会いに来たんだ」

「……俺に?」

「ああ。会議の場じゃあまり話ができなかっただろう? だからこうして、俺自らが足を運んでここに来たわけだ」

「俺と話をするために?」


 俺の問いかけに、ルシファーは不敵な笑みを浮かべる。

 未だに敵意は感じない。

 圧倒的な魔力こそ放っているが、攻撃する意志はなさそうだ。

 本当に話がしたくてわざわざ来たのか?

 どういうつもりなんだ……。


「――と、本当に話がしたくて来ただけなんだけど」


 突然だった。

 急激に、魔力の質が変わる。

 重たく冷たい感覚から一変して、鋭い刃のように鋭利で、燃え上がるほど熱くなる。

 ルシファーは笑っていた。

 おもちゃを見つけて興奮する子供のように。


「やっぱり無理だな。我慢できそうにない」

「お、おい……」

「アレン様」

「大丈夫だ。俺の後ろから出るんじゃないぞ」


 敵意は未だにない。

 だが、この視線に込められた感情はなんだ?

 戦いたい意志は感じられる。

 今すぐにでも、襲い掛かってきそうな……。

 

「我慢しなきゃいけないんだがな。どうにも興奮が治まらない。俺の身体は正直だ。今すぐにでも、お前と戦いたいとうずいている」

「……」

「お前もそうだろう? アレン」

「は? 何を言って……」


 ルシファーがにやつく。

 まるで俺の心情を見透かしたように。


「何が言いたい?」

「言わなくてもわかるはずだ。俺とお前は同類なんだからな」

「同類? 俺と、魔王のお前がか? 笑えない冗談だな」

「冗談じゃない、事実だ。惚けたフリはやめろ。お前は気づているはずだ。お前の身体も……闘争を求めていることに」

「――!」


 身体が震えた。

 もちろん恐怖なんかじゃない。

 武者震い……なのか。

 だが今回はハッキリとわかった。

 自分でも気づくくらい、俺の顔は笑っていた。


「最強の勇者……そんな称号を持つ男が、戦いを好まないはずがない。俺もお前も、内心では強さを追い求めている。自分が最強であることを自覚し、脅かす存在を許さない。故に、反発し合っているんだ。俺とお前の最強が!」


 俺の心を勝手に推察するんじゃない。

 そんなわけがないだろう。

 と、普段なら口に出して反論していただろう。

 それができなかったのは、俺自身が直感しているからだ。

 ルシファーの言葉が、俺の心に当てはまると。

 身体の奥底で、闘争本能が疼いている。

 俺はこの男と……。 


「……違うな」


 それを、勇者としての理性が否定する。

 俺が戦ったのは、か弱き人々を守るためだった。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 人々を守り、国を守ることこそが勇者の役目なのだから。

 俺は理性を武器に、彼の憶測を否定する。 


「一緒にするな」

「……ならば試してみようか?」

「試す?」

「そうだな……一撃だ。一撃だけ攻撃をする。受けるも躱すも好きにすればいい」

「何を勝手に言って――」

「構えたほうがいい。でなければ……死ぬぞ」


 過去最大級の殺気。

 ここでようやく、彼が敵意を俺に向けて放つ。

 俺は無意識に聖剣を解き放つ。

 直後、ルシファーの指先から漆黒の稲妻が放たれた。

 あまりにも早く、強烈な一撃。

 後ろにはリリスとサラがいる。

 故に回避の選択肢はなく、受けるか流すしかできなかった。

 俺は受けを選択し、すぐに流す方向に変えた。

 逸らされた雷撃が俺たちの背後の壁を破壊する。

 俺の頬をかすり、たらーっと血が流れる。


「さすが、上手く受け流したか」

「アレン!」

「アレン様!」

「心配するな。ただのかすり傷だ」


 俺は親指で頬の傷を拭う。

 この程度なら一瞬で治癒される。

 心配そうに見つめる二人だが、俺はルシファーから目を離せなかった。


「……」


 今の一撃、ただの魔法じゃなかった。

 傲慢の権能か?

 だったとしてもおかしい。

 魔王が、悪魔がどうして……聖なる力を扱えるんだ?


「お前……本当に悪魔か?」

「見たままだ。お前には、俺が何に見える?」

「……」

 

 悪魔にしか見えない。

 が、魔王ルシファーにはある噂があった。

 彼は元々、神に仕える天使だったという噂が。

 天使が魔王になるなんて聞いたことがない。

 眉唾な話だとばかり思っていたけど、今の一撃には魔力だけではなく、俺たち勇者が扱う聖なる力が宿っている。

 ただの悪魔が、聖なる力を宿しているはずがない。


 堕ちた天使……か。


「さて、俺はそろそろ帰る」

「……は?」

「一撃だけ、という約束だったからな。話をする目的も果たした」


 ルシファーは背を向ける。

 本気で立ち去ろうとしている後姿に、俺はふつふつと憤りを抱く。

 一方的に押しかけて、勝手に攻撃をして帰る?

 自分勝手すぎるだろう。

 魔王だからと言われたらそれまでだが、粛然としない気持ちはなんだ?


「待てよ」


 俺は自然と前のめりになる。

 身体も、心も。


「そっちの一撃も受けたんだ。今度は俺の番だろ?」


 このままでは終われないと叫んでいる。

 ルシファーは振り返り、満足そうに笑みを浮かべる。


「そうこなくてはな。面白い」


 俺たちは再び向かい合う。

 一触即発。

 ルシファーも俺も、互いに笑みを浮かべる。

 悔しいけど認めるよ。

 俺はこいつと、戦いたいと思っている。

 どちらが本当の最強なのか、確かめずにはいられない。


「あ、アレン……?」


 心配そうな声も、俺の耳には届かない。

 聞こえても、気づかないふりをする。

 俺もルシファーも、目の前の相手しか見えていない。

 あとはもう戦うだけ。

 そんな状況に口を挟める者など――


「何をしているのですか?」

「あ……」

「は?」


 ルシファーの背後に、一人の女性がすっと姿を見せる。

 何もない場所に突然現れた。

 空間を移動してきたのか?

 ルシファーの部下だろうか。

 いや、それより……誰かに似ているような。


「お、お母さま……」

「――なっ、母親?」

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