大魔王の妻

来客とか聞いてない

 大罪会議から一週間が過ぎた。

 俺たちは張り切って、今日も特訓に励む。

 大人から子供の姿に戻り、地面に座り込んで息を切らすリリスに、俺は聖剣をしまって言う。


「はぁ……はぁ……」

「十分休憩。それが終わったらもう一本だ」

「う、うむ。わかったのじゃ」


 会議以降、特訓はよりハードになった。

 基礎的なメニューを減らし、そのほとんどと俺との実践訓練に変更した。

 力の使い方は結局、実戦でこそ磨かれる。

 何より、リリスには圧倒的に戦闘経験が不足していた。

 少しでも経験不足を補うために、彼女にはひたすら戦ってもらう。


「はぁー、疲れたのじゃ」


 リリスは大の字になって寝転がる。

 無防備な体勢で、もし敵が責めてきたら一瞬で殺されてしまう。

 休憩中でも気を抜くな、と言いたいところだが……。


「文句が減りましたね」

「そうだな」


 ぼそっと俺の隣に来たサラが呟いた。

 そう、減っているんだ。

 厳しい訓練の時はいつも文句ばかり口にしていたのに。

 嫌々だった彼女が、積極的に取り組むようになっている。

 非常に大きな変化だ。

 大罪会議に参加して、相対する敵の圧倒的強さを体感したおかげだろう。

 やはり目標は明確にあったほうが努力にも身が入りやすい。

 今の自分では到底、大罪の魔王たちには敵わない。

 それが理解できたからこそ、彼女は前向きに特訓するようになった。


「嬉しそうですね、アレン様」

「ん? そう見えるか?」

「はい。とても満足気な顔をされていましたよ」

「ははっ、そうかもな」


 子供の成長を喜ぶ親の気分って、こんな感じなのかな?

 勉強嫌いで逃げてばかりだった我が子が、自分から将来のために勉強するようになった……的な?

 もし大魔王が生きていたら、この成長を見せてやりたかったよ。

 ふと思い出す。

 そういえば、リリスの母親は誰なんだ?

 大魔王サタンの妻……それに関する情報は、人間界には残っていなかった。

 意図的に消されたのか、あまり目立たなかったのか。

 悪魔も男女で交わり子を成す。

 それは人間や他の種族も変わらない。

 ならば彼女にも、母親と呼べる悪魔がいるはずだ。


「なぁリリス、お前の……」

「ん? なんじゃ?」

「いや、なんでもない。休憩もそろそろ終わりだぞ」

「うむ」


 リリスがむっくりと立ち上がる。

 気にはなったが、今聞くべきじゃないような気がした。

 彼女は父親の話はしても、一度も母親のことは語らない。

 何か言いにくいことがあるのだろう。

 せっかく特訓にやる気を見せている今、余計な一言で邪魔をしたくない。

 いつか、自分から話してくれるまで待とう。


「さて、次からは俺も本気で戦うからな」

「な、ほ、本気じゃと? 急になぜじゃ!」


 本気と聞いてさすがにリリスも動揺している様子だった。

 俺は訓練の意図を伝える。


「これまで実戦形式の訓練を続けてきたのは、戦いの感覚に慣れてもらうためだ。言うならばウォーミングアップだな」

「あ、あれが準備運動じゃったと……? 十分ヘロヘロなんじゃが」

「それだけ慣れていなかった。体力も、集中力も足りていなかったんだ。が、その段階はもう過ぎていい。ここからは……勝つための戦い方を覚えろ」


 俺は聖剣を抜く。

 これまでの訓練では、俺は聖剣を使わず彼女の相手をしていた。

 聖剣を使わなくても戦えるほど、今の彼女は未熟だ。

 だが、大魔王の遺産である魔剣を使えば、彼女の能力は飛躍的に向上する。


「魔剣も存分に使えばいい。全力で、俺を倒すつもりでかかってこい」

「よ、よいのか? ワシはまだ、魔剣の力をコントロールできておらんのじゃが」

「それも実戦で慣れろ。あまり時間はない。お前には、五分間で俺に勝てるようになってもらうぞ」

「アレンに……勝つ、か」


 俺はこくりと頷く。

 

「それはわかったんじゃが、なぜ五分なんじゃ? ペンダントの効果時間は伸びておる。もっと効果時間を伸ばせば……」

「それは成長と共に勝手に伸びる。ただ、数秒増えた程度じゃ意味ないんだ。戦える時間を増やすより、限られた時間で敵を圧倒しろ」


 どれだけ過酷な特訓をしても、いきなり最強にはなれない。

 それは俺がよく知っている。

 俺だって、最初から最強と呼ばれるほど強かったわけじゃない。

 数々の死闘を経験して、勝つための手段を身に着けた。

 重要なのは力の種類や強さじゃない。

 持っている力を、武器をどう扱って活路を見出すか。

 実力的に劣っているなら尚更、持ち得る手札を最大限生かし、勝利を掴む他ない。


「まずは五分間でいい。俺の本気に耐え抜いてみせろ。それができる様になれば、少なくとも五分で負けることはない。急に強くなんてなれない。今のお前が目指すのは、五分間だけの最強だ」

「五分間だけの……最強……」

「そうだ。五分でどんな敵をも倒せるようになれ。五分で俺に、勝てなくとも善戦できるようになれ。それができれば誰にも負けない。俺より強いやつなんて、この世界にはいないんだから」


 自分で言うのは少々恥ずかしいが、自信を持って事実だと言える。

 俺は『最強』の称号を手に入れた勇者だった。

 現在に至るまで、一度も敗北を知らない。

 最強の俺と並ぶ存在になれれば、大罪の魔王とも戦える。


「説明は以上だ。理解できたなら始めるぞ」

「う、うむ! 準備はできておるぞ」


 リリスはペンダントの効果を発動させ、右手に魔剣を握る。


「よし。本気で行くから……一瞬たりとも気をぬくな」

「わかったのじゃ!」


 リリスは魔剣を構える。

 かつてない集中。

 これまでの訓練で、戦いに必要な感覚は備わっただろう。

 だが足りない。

 もっと慣れろ。

 戦いにじゃない。

 自分より圧倒的に強い相手と、向かい合う恐怖に。

 多少の怪我はつきものだ。


「――行くぞ」

「う、うむ!」


 戦いが始まろうとした。

 その直前、背筋が凍るような寒気を感じる。

 互いに向いていた視線が、一瞬で切り替わる。


「こ、この魔力は」

「……あいつか」


 圧倒的で冷たい魔力が周囲の空気を震撼させる。

 リリスとサラは震えていた。

 無意識の恐怖から、全身の細胞が怖気づいてしまっているんだ。

 無理もないだろう。

 俺ですら、これほど重く強い魔力を体験する機会が少ない。

 だからこそ確信が持てる。

 こんなバカげた魔力を放てる存在は、俺が知る限り一人しかいない。


「二人とも、俺の後ろに隠れろ」

「はい」

「うむ。アレン……」

「心配するな。来るぞ」


 正面ではなく上空から、その男は舞い降りた。

 まるで天空からの使いのように。

 一瞬だけ、漆黒の翼を羽ばたかせているように見えた。

 コトンと優しい音をたて、彼は魔王城に侵入する。

 平然とした表情で、友人の家でも尋ねるように。


「魔王ルシファー」

「また会えたな。勇者アレン」

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