一瞬でフラグ回収

 リーベから魔剣を取り戻した俺たちは、城に戻って一夜を明かす。

 翌日、いつになく乗り気なリリスと共に特訓を始めた。

 父親の遺産を取り戻せたことが嬉しかったようだ。

 早く使いたいという欲もあったのだろう。

 リリスの要望で、今日は魔剣を使う訓練をすることにしたのだが……。


「ふぅん! ふぅーん!」

「……」

「……十回目、失敗ですね」

「だな」


 鞘に収まった魔剣がまったく抜けないという事態が発生した。

 リリスがいろんな方法で抜こうとして失敗している。

 壊れてしまったわけではないだろう。

 理由はわかりきっている。


「だ、ダメじゃ……ぴくりともせん」

「だったらペンダントを使ってみろ。抜けると思うぞ」

「そうか? じゃあさっそく」


 ペンダントの力を発動させる。

 大人バージョンになったリリスが再び魔剣を抜く。

 すると、あっけなく刃が露になった。


「おお! 本当じゃ!」

「単に力不足だな」


 強大な力を持つ武器ほど使用者を選ぶ。

 誰でも使えるというわけではない。

 幼い彼女のままでは、魔剣を使うには不足だったのだろう。

 

「魔剣の訓練も五分ずつだな」

「ま、仕方ないの。どうせ子供の姿では満足に振り回せんし」

「体格的にもうそうだな。うーん、けどなぁ……」

「なんじゃ?」


 魔剣が抜けて嬉しそうにするリリス。

 水を差すようで悪いが、この結果からわかる揺るがない事実が一つある。

 大人にならないと抜けなかった魔剣を、あの木っ端悪魔は使っていた。

 つまり……。


「子供のお前って……あの木っ端リーベより弱かったんだなぁ」

「んなっ!」


 ショックを受けたリリスが魔剣を落とした。

 カランと甲高い音を響かせる。

 そのまま膝から崩れ落ちて、地面に両手をついた。


「そ、そんなに弱かったのか……ワシって」

「言わないほうがよかったか?」

「かもしれませんね。ですが現実を知ることも大切です」

 

 サラの言う通りだ。

 自分がどれだけ弱いのかを自覚してこそ、強くなる意志が固まる。

 弱いなら強くならなきゃだめだ。

 大魔王を目指すなら。


「特訓を始めるぞ。時間は有限だ」

「そ、そうじゃのう! 少しでも早く魔剣を使いこなせるようになるんじゃ!」

「その意気だ」


 自分の弱さを自覚したことは、リリスのやる気に前向きな影響を与えてくれたようだ。

 いつまで続くかが疑問だが、やる気があるうちに詰め込むとしよう。

 この日から少しだけ、普段の特訓より厳しくしてみた。

 

 三日後……。


「……今日は休みたいのじゃ」

「予想通りすぎるだろ」


 案の定、彼女のやる気は長続きしなかった。

 三日もっただけでも多いほうか?

 昨日まで文句も言わず、俺との特訓に取り組んできたリリスだが、今日の朝からぐでーっとしている。

 俺の隣でサラが言う。


「飽き性なところも改善が必要ですね」

「子供の教育だな」

「ち、違うのじゃ。やる気がなくなったわけではない。むしろある!」

 

 大きな声をあげてリリスが否定してきた。

 そう言いながら身体は怠そうだ。

 説得力がまるでない。


「だったら行動で見せてくれ」

「そ、そうしたいんじゃが……身体が重いんじゃ。いつもより何倍も疲れた気がする……」

「何倍って、ちょっと厳しくしただけ……いや、もしかして……」

 

 俺は彼女が壁に立てかけている魔剣に注目した。

 圧倒的な力を秘めた魔剣。

 大魔王の遺産。

 無際限の魔力が与えられ、魔力消費は気にしない。

 その分、体力や気力の消耗が激しいのか。


「そういうリスクがあったのか」


 むしろ終焉の魔剣なんて代物のリスクが、その程度だったことのほうが驚きだ。

 俺が持つ原初の聖剣の対局……。

 本当にリスクはそれだけか?


「そういうわけじゃから特訓は休む」

「ダメだ」

「なぁんでじゃ!」

「身体が疲れてるなら頭を使う特訓をするぞ。戦いは力だけじゃ勝てない。戦略や知識によって左右されることもある」

「むぅ……勉強はもっと嫌じゃ」


 我儘ばっかりだなこいつ。

 今のリリスを大魔王が見たらどう思うだろうか。

 なんとなくリリスの味方をされそうでイラっと来る。


「いいからやるぞ」

「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ! 勉強するくらいなら戦う!」

「だったら俺と夕方までみっちり訓練しようか? 俺はそれでも構わないぞ」

「うぅ……地獄じゃ、ってうおい!」


 どちらにしろ地獄、という声が表情から漏れている。

 いつまでも駄々をこねるリリスの腕をつかみ、わきに抱えて持ち運ぶ。

 暴れても無視だ。


「変態! ヘンなとこ触るな!」

「だったら首根っこをつまんで運んでやろうか?」

「うぅ……なんじゃ。いつにもまして厳しいではないか。何に焦っておるのじゃ?」

「……」


 リリスに指摘され、ピクリと眉を動かす。

 焦りを感じているのは事実だった。


「よくない予感がするんだよ」

「予感? なんじゃ? あの木っ端悪魔が魔剣を取り返しに来るとかか? それとも同盟した奴らが裏切ることか?」

「そんな小さなことじゃない。もっと……いや、本当にただの予感だ。根拠はないんだがな……」


 俺の予感は魔界ではなく、王国に向いている。

 あれから特に静かだ。

 シクスズを退け、サラも仲間になった。

 王国にとってよくない結果が続いている。

 確実に次の一手を打ってくるだろう。

 さすがに勇者を全員集めて攻めてくるとか、そこまで無茶はないだろうけど。

 現実的に、俺を倒せる勇者を選ぶなら……。


「あの二人だな」

「誰のことじゃ?」

「……俺が知る限り、最強のコンビだよ」

「最強はぬしじゃろ?」

「……個人ならね。ただあの二人は――!?」


 直後、懐かしい気配を感じる。

 シクスズの時のように激しい音はない。

 何かが破壊されたわけでもない。

 俺たちは急いで魔王城の入口へと走った。

 彼らはそこにいた。

 優雅に、当たり前のように歩を進めていた。

 正面から堂々と、魔王城に入り込む。

 脳裏に過った二人が揃って。


「久しぶりだね。勇者アレン」

「嘆かわしいことです。本当に悪の手先になってしまったのですね」

「……最悪な二人だ」

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