殴り込みじゃ!

 一時間後――


「はぁ、はぁ……もう無理じゃ」

「情けないぁ~ まだ四セットしかやってないぞ」


 ペンダントの効果は五分間。

 一度使うとその後十分間は使用できなくなる。

 だから五分特訓、十分休憩を繰り返しているわけだが……。

 地面に情けなく大の字で倒れるリリス。


「サラを見習え。呼吸一つ乱していないんだぞ」

「いついかなる時もお見苦しいお姿は主人に見せられませんので」

「そ、そんな怪物と比べるでない」

「悪魔がよく言えたな」


 確かにサラを普通の人間というには、少々解釈の幅が広すぎるかもしれない。

 彼女を一般人とは呼べないな。

 ただ、化け物なんて物騒な呼び名は似合わないけど。


「ほら、休憩終わったぞ。次だ次」

「もう無理じゃ」

「情けない声を出すな。そんなんじゃいつまでたっても立派な魔王にはなれないぞ?」

「うぅ~」


 俺は大きくため息をこぼす。

 まったく何をしているのやら……。

 勇者が魔王を育てるなんて前代未聞だな。


「動きは少しずつよくなってる。それに気づいてないかもしれないが、ペンダントの効果時間も伸びてるんだぞ?」

「え、そうなのか?」

「やっぱり気づいてなかったか。大体十秒くらい伸びたな」

「いつの間に……」


 彼女自身気づいていなかったペンダントの発動条件。

 どういう原理か不明だが、彼女の成長に応じて効果時間が伸びるらしい。

 さらに特訓を積めば、長時間の変身も可能になるだろう。


「だから特訓を続けるぞ」

「むぅ……地道過ぎるのじゃ。なんかこう、もっと極端に強くなれる方法はないのか?」

「あったら苦労しない。というが俺が聞きたいくらいだ。何かないのか? 悪魔が強くなれる道具とか。武器でもいいぞ」


 正直この方法で特訓し続けても、彼女が強くなるまで何年かかるかわからない。

 何か飛躍的に能力を向上させる方法はないかと、密かに考えていた。


「道具……武器……」


 考えるリリス。

 そんな便利な道具があればいいが……まぁないだろう。

 あればとっくに出しているはずだ。


「……あ」

「ん?」


 リリスが何か思いついたような反応を見せる。

 だがすぐに、苦笑いに似た絶妙な表情になった。 

 俺は彼女に尋ねる。


「何かあるのか?」

「いや……うむ、あるには……あるんじゃが……」

「あるのか! だったら早く言ってくれ」

「いやーえっとぉ」


 なんだか歯切れが悪い。

 さっきからリリスは俺と目を合わせない。

 どう見ても怪しい。


「なんだ? 話してみろ」

「その……」

「いいから話せ。じゃないとわからない」

「……じ、実は……」


 彼女は恐る恐る語ってくれた。

 この城には、彼女の父である大魔王の遺産が残されていた。

 その大部分は戦いのあとに紛失したが、一つだけ隠されていたものがある。

 大魔王の武器、終焉の魔剣。

 魔界に存在する魔剣の頂点に位置する一振り。

 大魔王は娘であるリリスに、強者と戦うための力を残していた。


 が、その魔剣は……。


「盗まれた!?」

「うっ……そ、そうじゃ」

「お前……」


 五年ほど前。

 城に何者かが侵入して、地下に隠されていた魔剣を盗み出したらしい。

 リリスはビクビクしながら教えてくれた。

 侵入者に気付いたのは盗まれた後だったという。


「ちゃんと管理してなかったのか?」

「だ、だって! こんな辺境の城に盗人なんてくると思わなかったのじゃ!」

「……で、盗んだやつはわかってるのか?」

「う、うむ。その後すぐに魔王になったやつがおる。しかも魔剣の魔王なんて呼ばれておったから……たぶんそいつが犯人じゃ」


 聞けばこの城からそう遠くない場所に城を構えているとか。

 俺も王都での記憶をたどる。

 そういえば確か、魔剣の魔王と呼ばれる奴がいたな。

 危険度はDランク。

 積極的に行動を起こさないから、王国でもそこまで危険視はされていなかった。


「はぁ……犯人がわかってるなら話が早い。いくぞ」

「え、どこに行くのじゃ?」

「決まってるだろ。取り返しに行くんだよ。その魔剣を!」


 大魔王の遺産。

 それを持つべきは、彼の娘であるリリスだ。

 久々に魔王退治といこうじゃないか。


  ◇◇◇


 リーベの魔王城。

 リリスの城から空を飛び、四時間で到着する距離にある。

 城の周囲には街があり、悪魔や亜人種が暮らしている。

 活気はあまりない。

 誰もが貧困に嘆き、怯えているようだった。

 見ていて少々心苦しいが、悪魔たちの事情に干渉する余裕はない。

 俺たちは素通りして、気づかれる前にリーベの城にたどり着く。


「さて……準備はいいか?」

「はい」

「い、いけるのじゃ」

「よーし、それじゃ――」


 俺は聖剣を抜き、城門目掛けて振り下ろす。

 一瞬で粉々になった城門をくぐり、俺たちは堂々と前へ進む。


「な、なんだ!」

「――殴り込みだよ」


 騒ぎを聞きつけて悪魔たちが集まってくる。

 さすがに魔王城、数は多い。

 ただ、それほど強い悪魔はいないようだ。

 少なくとも俺がこれまで戦ってきた魔王の部下たちの中で、彼らは特に弱い。

 目指すは魔王城の最上階。

 大体いつも、魔王は一番上の部屋で待機している。


「行くぞ。邪魔する奴らだけ相手をしろ。他は無視して進むこと優先だ。俺が先頭を行く」

「かしこまりました」

「う、うむ!」

「侵入者だ! 魔王様に知らせろぉ!」


 いい具合に混乱させることができた。

 突然の襲撃で、統率もとれていない。

 襲い掛かってくる悪魔たちをなぎ倒し、俺たちは魔王城の内部へ侵入した。


「思ったより手薄だな」


 魔王にとって城は最後の砦だ。

 相当な戦力を集中させているものだが、さっきから下級悪魔しかいない。

 俺の記憶が正しければ、新米の勇者が討伐に向かって返り討ちにあっているはずだが……。

 この程度の相手に負けたのか?


 走る俺たちの前に一人の悪魔が立ちふさがる。


「って、そんなわけないか」

「ここは通さんぞ。侵入者どもが」


 雑魚な悪魔たちとは格が違う。

 上級悪魔……それも、魔王と呼んでも遜色ない魔力を秘めている。

 相当な手練れだ。


「安心したよ。この城にも優秀な部下はいるんだな」

「……たわけたことを抜かすな。ここは……儂の城じゃ!」


 男は怒る。

 魔力と気迫を放って、空気が振動するほどに。


「お前の城だと?」

「そうだ。ここは儂の城だ! これ以上荒らされて溜まるか!」

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