悪魔はお前だろ

「ぅう……本当に特訓するのか?」

「当たり前だろ? いつまた勇者が攻めてくるかわからないんだ」

「アレンがおるじゃろ」

「魔王が勇者に頼ってどうするんだ」


 やれやれと呆れながらリリスに言う。


「俺だけ強くても意味がないんだ。お前も最強になって初めて、俺たちの目的は達成される。前にも話しただろ?」

「むぅ……アレンの相手をしていると死にそうになるんじゃよ」

「お前なぁ……ああ、だったら今日は相手を変えよう」

「ん? 誰にじゃ?」


 リリスはキョトンとした顔をする。

 この場にいるのは俺とリリス、サラの三人だけ。

 俺じゃないなら答えは一人だろう。

 

「サラ、お願いできるか?」

「はい。アレン様のお望みであれば」

「サラがワシの相手をするのか?」

「ああ。もちろん多少のハンデは貰うぞ? お前は武器と魔法の使用はなし。体術のみで戦え。ペンダントの力は使った状態で」


 サラはすでに大剣を準備していた。

 彼女は魔法が得意じゃない。

 大剣での近接戦闘が主となる。

 準備はできていると言いたげに、サラは目を瞑っている。


「だ、大丈夫なのか? それでもハンデにならん気がするのじゃが……」

「心配するな。たぶん、お前が思っているようにはならない」


 自信ではなく、俺には確信があった。

 この勝負、勝つのはサラだと。

 理解できないという表情のリリスは、戸惑いながらも納得する。


「まぁいいのじゃ。アレンが相手でないなら、ワシも楽ができそうじゃしのう。いい機会じゃ。日ごろの鬱憤をぬしのメイドで晴らしてもよいぞ?」

「ははっ、できたらいいな」

「むぅ、後悔しても遅いからのう! サラ! 始めるぞ」


 ちょっと煽ったらプンプン怒ってリリスが離れていく。

 相変わらずわかりやすい性格で助かるよ。

 俺はさらに視線を向ける。


「手加減はいらないからな」

「はい。行ってまいります」


 サラは軽くお辞儀をして、リリスのほうへと向かっていく。

 両者が一定の距離をとり向かい合った。


「制限時間は五分! 終わるまで待ったはなしだ。二人ともいいな?」

「はい」

「いつでもいけるのじゃ!」

「よし。じゃあ……始めろ!」


 俺の合図と共に戦闘訓練が開始される。

 リリスはペンダントの力を発動させ、大人の姿に変身する。

 大人バージョンのリリスを初めて見たサラは、少しだけ驚いた表情を見せる。

 

「それが成長した姿ですか」

「そうじゃよ。こうなったワシは手加減できん。恨むなら自分の主を恨むんじゃな」

「ご忠告ありがとうございます。ですが私がアレン様を恨むことはありません。主人の期待に応えることが、メイドの務めですから」


 サラは大剣を構える。

 大人バージョンリリスを前にしても、一切怖気づいていない。

 その様子が気に入らなかったのか、リリスはムスッとする。


「健気じゃな。あとで後悔しても遅――え?」


 リリスの眼前には大きく大剣を振りかぶったサラが迫る。

 軽く目を話した一瞬の隙をついて急接近していた。

 サラは躊躇なく大剣を振り下ろす。


「うおっ!」


 すんでのところでリリスは回避した。

 大剣は地面と衝突し、バキバキに地面が割れる。

 たぶんだけど、寝起きもあんな感じだったんだろうな……。


「よく躱しましたね」

「なんじゃなんじゃなんじゃ!」

 

 サラは続けて大剣を大きく振りまわし、逃げるリリスを追撃する。

 連撃に続く連撃。

 リリスは慌てながら回避していく。

 壁際に追い詰められ逃げ場をなくしてしまった。

 縦に振り降ろされる大剣。

 リリスは両手を合わせて受け止める。


「おっ、ギリギリ止めたな」


 今のは当たると思ったんだが、思ったよりやるじゃないか。

 俺との修行の成果が出ている証拠だな。

 二人の戦闘を見学しながら俺は頷く。

  

「なんじゃこいつ! なんでこんなに素早いんじゃ! しかもなんじゃこの力! 押しつぶされそうじゃぁ……」


 俺が感心している間に、リリスは受け止めた大剣の重さに負けて潰されそうになっていた。

 頑張って押し返そうとしている。

 対するサラは涼しい顔をして、ぐいぐいと大剣を押し込む。

 

「どうなっとるんじゃ! こいつ人間じゃないのか!」

「人間だよ。勇者でもない。けど、彼女がもし勇者だったら、確実にランキング上位入りはしていただろうね」

「アレン様にそう言っていただけるなんて、光栄です」

「な、なんじゃと……」


 相手は普通の人間、自分が負けるはずないと思ったか?

 ほどほどに手を抜いてやり過ごす気でいたんだろうが、残念ながらサラ相手にそんなことできるはずもない。

 彼女は生まれつき魔力を持たない。

 本来宿すはずだった魔力の全てを、その肉体の力に還元している。

 純粋な身体能力だけなら、俺よりも上だ。

 聖剣も魔法もなしで全人類が戦ったら、最後に立っているのは彼女かもしれない。


「人は見かけによらないってことだ。サラ、気を使わなくていいぞ。大人になったリリスの身体は頑丈だ。多少斬りつけても問題ない」

「畏まりました」

「うおおおー重い! やっぱり悪魔じゃぬしらぁああああああああああああああああああ」


 リリスの悲鳴が木霊する。

 懲りない奴だ。

 どれだけ叫んでも、助けなんてこないのに。

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