詐欺か!?

 過去最大級の動揺が俺を襲う。

 おそらく過去にも未来にも、俺がこれほど追い込まれることはないだろう。

 そう思えるほど心が揺れていた。

 提示された条件は、現在の労働環境とは比較にならないほどホワイトだ。

 魔王の部下であるという点だけ除けば、これほど素晴らしい環境は他にないだろう。

 俺が勇者でさえなければ何も考えず、喜んで契約書にサインしていたに違いない。


「くっ……だが俺は勇者……」

「なんじゃまだ足りんのか! だったら城で出る食事は全部タダじゃ!」

「タダ!?」

「専属の召使も付けてやろう! これでどうじゃ!」

「ぐっ……」


 なんて巧みなコンビネーションなんだ。

 俺を惑わす天才だなこの魔王は。

 正直かなり効いている。

 契約書にサインしてしまいたい欲求を、勇者の責任感が引き留める。


「まだ足りんのか? いい加減素直になれ。でないと時間が……」

「時間?」

「な、なんでも、う、うわ!」


 急に女魔王が慌てだす。

 身体から謎の煙が立ち上り、小さな爆発が起こる。

 自爆したように見えたがそうじゃない。

 煙の中から姿を見せたのは……。


「こ、子供?」

「もう五分経ってしまったのか!」

「ど、どういうことだ?」


 さっきまで玉座に座っていた女性はどこだ?

 代わりにちんちくりんな子供が座っている。

 雰囲気は近いし、髪の色は同じ紅蓮。

 まさか……。


「お前が魔王リリス?」

「他の誰に見えるのじゃ!」


 声まで可愛らしくなって。

 ものすごく弱くなっているけど、感じる魔力の質は先ほどの女性と同じだ。

 つまり二人は同一人物だということになる。


「お前が魔王?」


 どう見ても子供の悪魔だ。

 しかも感じる魔力の総量は、下級悪魔と変わらないほど低い。

 これで魔王だって?


「……騙してたのか」

「ち、違う! ワシは本当に魔王なのじゃ! ただちょっと未熟で……けど本当のなのじゃ!」


 彼女は叫ぶ。

 人間の子供のように。

 見た目も角としっぽを除けばただの女の子だ。

 彼女の言葉に嘘はない。

 俺の加護が、そのことを証明している。


「なら、どうして子供が魔王に……?」

「それは……」


 彼女は俯く。

 何やら込み入った事情がありそうな雰囲気だ。

 ただ、姿を偽っていたのも事実。

 となれば先ほど提示した条件も嘘……?


「勇者アレン!」

「――?」

「なんじゃ?」


 唐突に、俺の背後に三人の青年が現れた。

 全員が王家の紋章の入った服を着ている。

 それにこの雰囲気……同業者だ。

 ただ顔も名前もわからない。

 おそらく勇者ランキングは下のほう、もしくは駆け出しか。

 オレンジ髪の勇者が言う。


「陛下の命で助力に来ました!」

「助力?」

「勇者アレンを指名しての決闘、何かあるかもしれないと陛下は心配なされたのです」

 

 メガネをかけたインテリ勇者がそう説明した。

 陛下が俺の身を気遣ってくれたのか?

 

「オレたちが来たからにはもう安心だぜ! って、そっちのちっこいのが魔王か?」


 がたいのいい筋肉勇者がキョトンとした顔を見せる。

 そういう反応にもなるだろう。

 

「一応そうらしい」

「へぇ……まだガキじゃねーか」

「とはいえ魔王である以上」

「ああ、放置はできない。ここで討伐させてもらうぞ!」


 三人の敵意がリリスに向く。

 リリスは明らかに怯えていた。

 魔王らしくない。

 ただの子供みたいじゃないか。


「待て。彼女のことは俺に任せてくれ」

「勇者アレン?」

「ここは俺一人で大丈夫だ。せっかく助太刀に来てくれて悪いがもう戻ってくれていい」

「……そういうわけにはいかないんですよ」


 気持ちはわかる。

 勇者として魔王を見過ごせないんだろう。

 だが相手はまだ子供だ。

 今からしっかり教育すれば、いずれ俺たちの味方になってくれるかもしれない。

 勇者はただの破壊者じゃないんだ。


「心配ないから、俺にまかせ――え?」


 胸が痛い。

 何かが刺さっている?

 魔王の攻撃?

 視線を先に、いや……彼女は何もしていない。

 じゃあ……この胸に突き刺さる刃は?


「お前……」

「帰るわけにはいかないんですよ。俺たちの任務には、勇者アレンの抹殺があるんですから」

「なっ……ぐお……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る