好条件すぎませんか?

「……やっと着いた」


 王都を出発して約十日。

 魔界入りしたのが一週間前だった。

 そこから地道に歩いて、走って、空を飛んで移動して。


「どんだけ辺境にあるんだ。ほとんど魔界の端っこじゃないか」


 何もない枯れた森の先に丘があった。

 その丘に魔王城がある。

 Fランクの最弱魔王にしては立派な城が建っていて少しだけ驚いた。

 俺は討伐依頼書を開いて覗く。


「魔王リリス……か」


 肩書に似合わない立派な城に住む魔王。

 果たしてどんな奴なんだ?

 俺は気を引き締めて魔王城の敷地内に踏み込んだ。

 すでに敵のテリトリー内だ。

 いつ強力な悪魔が襲ってきてもおかしくない。


「……どうなってるんだ?」


 誰もいない。

 何もいない。

 最初は罠かと疑ったが、本気で気配がない。

 広すぎる魔王城の中は静寂に包まれている。


「ありえないだろ。ここ魔王城だよな」


 普通は幹部が待ち構えていて、魔王の元へ向かう勇者と戦う。

 幹部を倒していくと最後の部屋に魔王がいて戦闘開始……みたいなのが普通だった。

 誰もいないってことあるか?

 いやよく考えたら、ここにたどり着くまでも不自然だった。

 敵と一切遭遇しなかったのは今回が初めてだぞ。


「まさかもう他の勇者……はないか。別の魔王に倒されたか?」


 その可能性はある。

 魔王たちは彼らで勢力争いをしている。

 自らが強くなるため、戦力を手に入れるために各上に挑んで敗れたのか。

 だとしたら尚更おかしい。

 これだけ立派な城があるんだ。

 倒したなら奪ってしまえばいいものを放置している。


「本当にどうなって――!?」


 俺は身構える。

 奥から気配がする。

 禍々しい魔力が漂っている。

 直接見なくてもわかる。

 間違いなく、この先に魔王が待っている。

 俺はゆっくりと歩みを進め、巨大な扉で閉ざされた部屋を見つける。

 罠はない。

 堂々と、まっすぐに部屋へと入った。


「よく来たのじゃ。勇者よ」


 待ち構えていた。

 スタイルのいい女の魔王が玉座に座っている。

 俺はホッとした。

 わざわざ遠くまで足を運んでスカったんじゃ洒落にならない。

 Fランクでも魔王は魔王だ。

 倒せば一応の報酬は貰えるだろう。


「ぬしが『最強』の勇者アレンじゃな?」

「――? そうだが?」

「そうかそうか。ならばワシの招待状はちゃんと届いたようじゃな」

「招待状?」


 俺はキョトンと首を傾げる。

 すると女魔王はむっと眉をひそめた。


「なんじゃ? ワシからの招待状を受け取ったから来たわけじゃないのか?」

「さっきから何の話だ?」

「招待状じゃよ。正確には果たし状じゃが……勇者アレンとの一騎打ちを望む。そう記した手紙をぬしらの城に送ったはずじゃよ」

「果たし状?」


 俺を魔王側から指名した?

 そんな話はまったく……いや、そういうことか。

 

「合点がいったよ」


 なぜFランク魔王の討伐に俺が指名されたのか。

 指名したのは陛下じゃなくて、魔王本人だったわけか。


「なるほどな……」


 要するにこいつのせいで、俺の貴重な休みがなくなったと?

 そう思うと急にムカついてきた。

 

「さっさと始めよう。俺はこう見えて忙しいんだ」

「あいにくじゃが、ワシに戦う気はない」

「……は?」

「争う気はないと言っておるのじゃ」


 戦う気満々だった俺の戦意がそがれる。

 この女魔王は何を言っているんだ?

 戦う気がない?

 果たし状まで送っておいて?


「だったら……何のために俺を呼んだんだ?」

「スカウトするためじゃよ」

「……スカウト?」


 女魔王は手を差し伸べる。

 俺に向けて。

 笑みを浮かべながら。


「そうじゃ。最強の勇者アレンよ、ワシの元で働く気はないか?」

「……」


 数秒、意味を考えた。

 スカウトと言った。

 勇者である俺を魔王の部下にしようって?

 そういう意味か?


「……は、はは……」 


 思わず笑ってしまう。

 当然、呆れた笑いだった。


「お前、何を考えているんだ? 俺は勇者だぞ」

「無論知っておるよ」

「だったら自分が言っていることの愚かさもわかるよな? 勇者が魔王に雇われるわけないだろう。俺たちは互いに敵同士。負ければ全員皆殺し、千年以上も前からずっとそうしてきたんだ」


 分かり合えるはずがない。

 勇者は人々の平和のため、魔王は己の欲のために戦う。

 両者が交わるとすれば刃のみ。

 戦い以外に道はなく、終着点はどちらかの滅亡だ。


「俺を利用したいなら無駄だぞ。誘惑するならまだ、新米の勇者にするべきだったな」


 俺にその気はない。

 だから、もう戦いを始めよう。

 俺は聖剣を取り出そうとした。

 だが、彼女は未だに敵意を見せない。


「ぬしだからこそじゃ」

「……なんだと?」

「知っておるぞ。ぬしは現状に不満を抱えておるな」

「ぅ……」


 なぜそれを知っている?


「過酷な労働環境に対して報酬の安さに、毎度泣かされておるじゃろう?」

「ど、どうしてそれを……」


 誰にも話してないのに。

 まさかこの魔王……人の心が読めるのか?


「残念じゃがワシに心を見透かす力などない。ただ、知っているだけじゃ」

「どういう……」

「大変じゃったのう。今回も大した報酬はもらえんかったようじゃな。あんな少額では生活するのもままならんじゃろう?」

「くっ……」


 こいつ全部知ってやがる。

 本当に心が読めるんじゃないのか?

 

「勇者とは酷な存在じゃな。その存在意義故に、報酬を要求することもできん。ぬしらとて人間、飯を食らい休まねば生きていけぬというのに」

「……」


 その通りだよまったく。

 魔王のほうが俺のことをわかっているじゃないか。

 なんだか悲しくなってきたぞ。


「このまま勇者を続けても、いずれ使い潰されるのが落ちじゃ。ぬしはそれでよいのか?」

「……よくは……」


 ない。

 それでも俺は――


「勇者だ。魔王の甘言には屈しない。お前たちは人々を苦しめる。私欲のために力をふるう暴君だ!」

「ワシは違う。ワシの目的は、全種族の共存じゃ」

「なっ……」


 共存だと?

 全種族の?


「無論人間や悪魔だけではない。他の亜人種も含めた共存じゃ」

「お前……」


 俺は目を疑った。

 正確には、自身が持っている加護を。

 【審判の加護】。

 この力によって俺は、相手の言っていることが嘘か本当か判断できる。

 だからわかってしまうんだ。

 この女魔王が、本心から共存を望んでいることが。


「共存のためには力がいる。ワシ一人では無理じゃ。じゃから、ぬしの力を貸してほしい」

「……」

「もちろん好待遇を約束しよう。固定給に加えてボーナスもありじゃ。休みも一週間に二日は必ずつけよう。有給休暇も最初から十日は付ける。年間の休日数はざっと百二十日。その他保証も充実しておるぞ」

「な、なんだその……」


 好条件は!

 固定給だって?

 勇者にそんな概念存在しなかったぞ。

 全部出来高制だからな。

 そこにボーナスが加わって、しかも年の三分の一が休みだって?

 天国にもほどがある。


「だ、騙されないぞ」

「嘘ではない。ワシら悪魔は契約に従う。条件を受け入れるならワシと契約を結んでもらおう。そうすればワシは契約を履行しなければならなくなる」


 契約違反には罰が発生する。

 それが悪魔と交わす契約の肝になる。

 たとえ相手が勇者であっても。

 口では嘘をつけても、契約に嘘はつけない。

 それが悪魔という存在だと、俺は誰よりも知っている。


「改めて言おう!」

「や、やめろ」


 その言葉は俺に効く!


「勇者よ! 我が城で雇われよ! この条件でじゃ!」

「……くっ……こんな……こんな好条件で俺が釣れると思うなよ!」

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