勇者に休みはない

 勇者アレンが去った玉座の間には、大臣たちが集結していた。

 本来彼らがこの部屋に集まることはない。

 それ故に、誰も気づけない。

 彼らがこうして集まり、何について話しているかも。


「陛下」

「わかっている。そろそろ潮時だろう」

「ええ。ちょうどいい具合に、我々への反感も溜まっているようです。勇者と言えど所詮は同じ人間ですな」

「随分と長くかかったがな。一時は飼いならせるかとも思ったが……やはり不可能だったと今は確信している」


 彼らはそろって頷く。

 そして顔を見合わせ、計画について語る。


「では予定通りに、勇者アレンの処分を決めましょう」

「なるべく世間に美談として認識される終わり方にしたいものですな」

「最後まで面倒を見ないといけない。勇者とは手のかかる子供と変わらん」

「まったくです。いっそ心などなくしてしまえば……我々の道具になるのですが」


 彼らは語り合う。

 最強の勇者アレンを抹殺するための計画を。


「あとは方法だが」

「陛下、ちょうどよいものがございます」

「ん? ほう……これは確かに使えるな」

 

  ◇◇◇


 陛下との謁見が終わった俺は、王城にある自室に戻った。

 大きすぎる木箱から報酬を手に握りしめて。

 片手で収まる程度の金額だ。

 このくらいなら、街で普通に働いただけで手に入る。

 命の危険もなく、過度な責任を押し付けられることもない。

 勇者なんてやらなくても稼げる。


「はぁ……」


 俺はベッドに倒れ込む。

 ここ最近は遠征ばかりで疲れがたまっていた。

 特にルキフグスとの戦闘は激しくて、俺も神経をすり減らせた。

 にも関わらず、得られた報酬はこれっぽっち。

 どっと疲れが押し寄せて、全身が重い。


「お疲れ様でした、アレン様」

「ああ」


 そっと隣に立つのは、俺の専属メイドのサラ。

 彼女は俺が勇者になってから、ずっと王都で俺の世話をしてくれていた。


「悪い。少し休みたい。また呼ぶよ」

「畏まりました」


 彼女は部屋から出て行く。


「次はいつまで休めるんだ……?」


 俺たち勇者に決まった休みなんて存在しない。

 複数の魔王が存在する現代において、勇者に平穏なひと時など訪れるはずもなかった。

 俺たちは戦い続ける。

 もしも終わりがあるとすれば、全ての魔王が討伐された時だろう。

 しかし遠い。

 あまりにも遠い未来だ。

 いくら倒しても新しい魔王が生まれる。

 現在確認されているだけでも、七十二の魔王がいるとされている。

 それに対抗するように、勇者の数も増えていった。

 俺はベッドから徐に起き上がり、国で起こった知らせを記した報告書に目を通す。

 

「……ああ、また一人増えたのか」

 

 二日ほど前、新たな勇者が誕生したらしい。

 これでちょうど百人目。

 切りのいい数字だから、特に注目されているみたいだ。

 

「勇者ランキングは……変動なしか」


 上位十人はいつものメンバーだ。

 その頂点にいるのが……勇者アレン。

 つまりは俺だ。

 俺はこの世界でもっとも強い人間で、もっとも世界平和に貢献した勇者と言われている。

 勇者ランキング第一位にして、『最強』の称号を与えられた唯一の勇者。

 なのに……。


「この手取りは少なすぎるだろ……」


 命をかけて戦って、手取りは一般男性の半月分。

 仕事に優劣なんてつけたくはないけど、こっちは常に死と隣り合わせな戦場にいるんだ。

 もう少しくれてもいいんじゃないか?

 もちろん俺だってお金のために戦っているわけじゃない。

 苦しむ人々を救いたい。

 悲しい思いをする人を一人でもなくしたい。

 だから戦う。

 諸悪の根源たる魔王を、一人もこの世に残してはいけないから。

 

 でも、俺だって一人の人間なんだ。

 飯も食うし、休みもいる。

 魔王討伐の遠征は、全て実費だ。

 俺にとって報酬は、生きていくために必要なものなんだ。

 

「この金で次の遠征も頑張れって? ははっ……冗談きついって」


 呆れて笑ってしまう。

 俺は誰より過酷な戦場にいる。

 言い方はよくないが、俺より楽な相手を倒してのし上がった勇者も多い。

 そういう奴のほうが手取りは多いんだよ。

 休みも多いし、裕福な生活をしている。

 対しては俺はどうだ?

 王城に部屋を用意してもらっても、またすぐに討伐の命令が下って出発しなければならない。

 一年で王都にいる時間なんて十分の一以下だ。

 それ以外は常に戦場……仕事場にいる。


「こんなんで生きていけるのかなぁ」


 情けない話、最近の心配は世界や人々のことじゃない。

 俺自身の将来だ。

 このまま勇者として働き続けて、果たして満足いく生活ができるのだろうか。

 天井を見上げながら思う。

 

 無理だよな……たぶん。


 使い潰されて終わりだ。

 勇者に安寧なんて存在しない。

 俺たちは戦い続ける。

 終わりなんてない。

 ならせめて、見合った報酬を貰いたいだけなのに。


「はぁ……」


 何度目かわからないため息をこぼす。

 いくら考えても仕方がない。

 今は休もう。

 そう思って目を閉じた。


 トントントン――


「――!」

「勇者アレン様、次の討伐命令が下りました。準備をお願いします」

「……もうか」


 サラが戻ってきたのかと思ったが違ったらしい。

 俺は外には聞こえない小さな声で呟く。

 休みなんてない。

 自分で言っていて悲しくなる。

 俺には一時ゆっくり目を瞑ることすら許されないのか。


 陛下の執事は部屋に入ってくる。

 彼から陛下の命令書を受け取り、その中身を確認する。


「……これ、間違ってませんか?」

「いいえ、間違いではありません」

「いやでも、これ……」


 命令書には討伐対象の情報が記載されている。

 危険度はわかりやすくランクで表記され、SからFまで存在する。

 俺が担当するランクは、大体Aランク以上だ。

 それ以下は他の勇者が担当する。

 だけど今回の命令書にはどでかく、Fランクと表記されていた。

 俺が間違いだと思ったのはそこだ。


「だったらランク表示を間違えていませんか?」

「いえ、それが正しい表記です」

「……」


 Fランクで間違っていない?

 魔王の中でも最下層……新米勇者が担当する最低ランクだぞ。

 そんな奴の相手を俺に?


「陛下はどういうおつもりなんですか?」

「それは私には応えられません」

「であれば直接伺います」

「それはできません。アレン様は直ちに準備し、魔王討伐に向かってください。これは陛下からの命令です」


 鋭い視線と口調が突き刺さるようだ。

 勇者といえど、陛下の命令には逆らえない。

 

「……わかりました」


 だから頷くしかない。 

 どれだけ理不尽な命令でも、理屈が通っていなくとも。

 俺が勇者である限り。

 陛下の執事が去ってから、サラが部屋に戻ってくる。


「アレン様、夕食の……アレン様?」

「次の依頼だ」

「……そうですか。お気をつけてください。アレン様のお帰りをずっとお待ちしております」

「ああ」


 行ってくるよ。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る