第4話

 4


「ボクは日本人です」

 葵は言った。

「ジャングルに来たのは、御当地の秘密結社を訪ねての事です」

「……ゲ○ン」

 セタがつぶやく。

「あれ、ガ○ンダー帝国じゃないの?」

 レオが異を唱えた。

 どっちもオタクだった。

「何だ、それ?」

 アビゴールが訊ねた。

 既に悪魔形態に戻っている。

 ちなみに、会話がスムーズにいくよう、レオに人語を解することのできる魔法をかけていた。

「んーと、マスクドライダー・ア○ゾンの敵組織」

 レオが答える。

「ふむ、日本のオタク文化ってヤツか…」

 アビゴールが真顔でつぶやくと、


「「オタクじゃないやい!」」


 レオと葵が同時に叫んだ。

 ハモッた。

「……」

 変な空気が流れる。

 みんな居心地が悪そうにしている。

 セタだけは、マイペースにキッチンらしきところへ行って、例の深緑色の液体入った容器を持って戻ってきた。

「飲め」

「あ、ありがとう」

 葵は言ったが、液体を見た途端、


 うっ


 と、唸った。

 冷や汗がダラダラと額から落ちてきたようだった。

「えっと、とにかく、その秘密結社を訪ねようとジャングルに分け入ったところを、タケ…じゃなかったアビゴール様に呼ばれたってワケ」

 葵は説明を続けた。

 液体は手に持ったまま、スルーしたようだ。

「蓬莱党って?」

 セタが訊く。

「蓬莱党は、日本古来から受け継がれる神道系の神々を崇める結社のことだよ」

「……敵は外来の神々?」

 セタは一秒ほど考えてから言った。

「うん、そう」

 葵はうなずく。

「天狗どもだね」

「天狗って?」

 セタはアビゴールを見た。

「クライストたちが言うところの天使だ。エンジェルだな」

「何で、犬なの?」

 レオが首をかしげた。

「同じアジアの国の中国には“走狗”という言葉がある」

「どういう意味?」

「犬のようにつき従う輩を侮蔑して言う言葉だ。ようは手先だな」

「へー」

 レオは納得したようだった。

「じゃあ、天の神の犬ってことだね」

「ビンゴ」

 アビゴールは人差し指を立てて見せた。

「土着の神々は、私もその一人だが、ヤツらと戦い続けている」

「悪魔じゃないの?」

 レオは素直に訊いた。

「うむ、良い質問だ」

 アビゴールは、まるで幼稚園児に説明するかのように、バカ丁寧に答える。

「悪魔というのはクライスト側の視点でな。ヤツらは異教の神々を貶め、悪魔に堕したのだ。悪魔の姿をしているのは、召喚者が悪魔のイメージをもって呼び出すからなのだ」

「蓬莱党は、古来から日本を庇護する神々を崇める結社で、代々ヤツらと戦い続けてきました」

 葵は意気込みながら言った。

「いつの日か、ヤツらを日本から、いや世界から追い出すために!」

「……政治は面倒」

 セタは関心が薄い。

「でも、大変だね、君も。こんなか弱い娘さんが戦ってるなんて」

 レオは同情したようだったが、

「え……?」

 葵は約一秒間程固まってから、

「ボク、男だよ」

 さらりと言った。


 *


「えー!?」

 

 レオの叫びがジャングルにこだました。


 *


「男ですかい?」

「うん」

「やだい、“ボクッ娘”がいいやい!」

 レオは妄執を抱いているようだった。

 ○姫に屠ってもらえ。

「あのね…」

 葵の頭に大粒の汗が浮かんだ。

「まあ、この“なり”だから、よく間違われるけど…」

「どっちにしても、標本にして保存したい」

 セタは目を輝かせている。

 ネクロフィリア?

「標本にしたら、天の使いどもと戦えないぞ」

 アビゴールが諭した。

「…ちっ、またの機会にする」

「舌打ち!? しかもあきらめてないし!」

 葵はツッコミ担当のようである。

「じゃあ、掃除洗濯はまかせた」

 セタは脈絡のない事を言った。

 しかも命令口調。

「えー!? まさかのパ○ワ君的展開ですか!!?」

 葵はそっち方面のオタのようです。

「いや、シ○タローだろ、それ」

「……リ○ッド」

 レオとセタは言うまでもなく、オタです。

 どっから入手したのか、蔵書の中に“それ”が混じってるようだった。

「どっちにしても、やだなー」

 葵は迷惑そうな表情を浮かべていたものの、

「でも、掃除は確かに必要だよね、ここ」

 と、人差し指で壁をぬぐった。

 何か得体の知れないぬめった液が幾層にも重なり合ってこびりついている。


 数分後。

「おらーっ!! 壁のぬめりにはマ○ックリンなんだからぁッッッ!」

 葵は、なぜかケ○ロ軍曹状態で、掃除に奮闘し出したのであった。

 お掃除マニア?


 で、お掃除完了!

 完了と同時に、

「もうらめ、バタンキュウ~」

 葵は床にへばった。

 まるで炎上するかのように、急に掃除道スイッチ入って大自然のままのツリーハウスのお掃除に驀進したため、疲れ果てて倒れ込んだのだった。

 雑巾、モップなどが周囲に散乱している。

「おおっ、ピカピカだね」

 レオは、ほあーっと生まれ変わったハウスを眺めている。

「……次は洗濯」

 セタは容赦なく言い渡した。

「鬼ですか、あんた!?」

「オバケキノコだから、似たようなもんだろ」

 アビゴールは我関せずと読書に浸っている。

 そろそろ、魔道書は読みつくして、漫画の類に手をかけている。

 ある意味、魔道書かもしれない。

「そろそろポンチョが腐りそう」

 セタがカゴに入ったポンチョの山を指し示した。

 むっとする臭いが漂ってくる。

「洗濯ぐらいしろよー!? てゆーか、この山積みってどゆことォッ!?」

 葵の目が再び生き返った。


「おらーっ!!! 洗剤ないから灰汁で洗うわよぉっっ!!!!!!」

 ちなみに洗濯板もない。


「こ、こんどこそ、もうらめぇ。しむぅ…」

 葵は床に倒れ込んだ。

 木の蔓を洗濯ロープの代わりにポンチョを干していた。

 ぽたり、ぽたりと水滴が床に落ちる。

「脱水が不完全」

 セタがまた容赦なく言った。

「うひー!!!!!」

 葵は死に物狂いで洗濯物を搾ったのだった。

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ジャングルセタ @OGANAO

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