第14話「ザ・ミスチョイス」
海恋の惚気なのかクレームなのか分からない話を、右から左に聞き流している時にそれは起こった。
バンッと勢いよく扉が開いたかと思えば、葵に続き葵が入ってきて。
「ああっ、やっぱり真衣ちゃん葵ちゃんの格好して………え? なにこれどっちがどっち??」
「お前らなぁ……」
「ふっ、ここで突然だが兄さんにクイズだ」
「“アタシ”とアタシ、どっちが本物で、どっちが真衣か見極める事が出来るかな!!」
秋仁が拒否の言葉を出そうと身を乗り出したしたその時、海恋が先に前に出る。
「ごめんね葵ちゃん、それは駄目よ」
「ほう? 失敗するのが怖いのか海恋? 君なら“アタシ”を見分ける事が出来るだろう?」
「わたしにしても、アキ君にしても、恋人を試すような行為は駄目だと思わない?」
「あ、スッゲー正論。流石は海恋だぜ!」
目を輝かせて同意する秋仁の姿に、海恋はにっこり笑うと調子に乗って。
「ふふふ、そうでしょうそうでしょうっ、愛は――試してはならないっ!!」
「くッ、格好いいぜ海恋ッ、でも俺が惚れ直したらどーすんだ??」
「ごめんなさいねアキ君、わたしはもう葵ちゃんのだから……、こっそり覗き見するぐらいなら?」
「そういう所だぞ海恋?? もうちょっと幼馴染みを大切にしろ?? 俺が失恋の痛みで死んだらどうするんだ??」
流石は幼馴染みというべきか、別れても恋人のように親しい会話に真衣と葵は顔を見合わせて。
「(くッ、どうにか出来ないのか真衣ッ、二人にそういう意図はないとは分かるが嫉妬がメラメラ燃えてしまうぞッ!!)」
「(葵義姉さんこそっ、私こそ嫉妬でおかしくなりそうなんですけど??)」
ちょっとした悪戯のつもりだった、真衣としても葵としても、それぞれの想い人に見抜いて欲しかっただけで。
こんな、元恋人同士が仲良い様など見にきた訳ではない。
どうにかしなければ、二人が協力して策を練ろうとした瞬間だった。
「なぁ海恋、こんな事をする奴らにはお仕置きが必要だと思わねぇか?」
「奇遇だわアキ君っ、わたしもそう思ってたの」
「お仕置きだとッ!? な、何をするつもりだ二人とも!?」
「“アタシ”達が何をしたっていうんだ、可愛い悪戯じゃないか!」
抗議する真衣と葵に、海恋と秋仁は顔を見合わせると。
「だってなぁ? なんでソッチの土俵で勝負しなきゃいけないんだよ」
「そうよ、アキ君の言うとおりよ葵ちゃん。真衣ちゃんも心しておきなさい、――主導権は我にありっ!! 愛するからこそ勝利するのよっ!!」
「へへッ、染みるぜその言葉……ああ、ここ数日の俺はちょっと凹みすぎてた。こんな大事なコトを忘れてたなんてよ……ッ」
「ふっ――、ようやく目が醒めたわねアキ君。わたしの幼馴染みして元恋人にして……永遠のライヴァル!!」
「海恋ッ!」「アキ君っ!」
がっしりと堅く握手を交わし、ニマニマと嗤う二人に。
真衣も葵も嫌な予感を隠せない、これはとても不味い気がする。
ならば、取るべき行動はひとつしかない。
「そうだ、大学に課題を忘れてきた。ちょっと取りに戻る。夕食までには――ぐえっ!?」
「すまない、ちょっと女を磨く修行に一時間ぐらい出てくる。探さないで――ぐぁッ!?」
回れ右する彼女達は、速攻で襟首を掴まれて。
背後からの下卑た声と共に、逃がすまいと腰に手が回り。
「ヘイヘーイ、逃がすと思うかよ。なぁ真衣? お望み通りに特殊なプレイでもすっか??」
「葵ちゃん……、きっとおセッセに満足してないのね。なら十二分に満足させてみせるわっ! ところで話は変わるんだけど軽いSMとか興味ない?」
「ふおおおおおおおおッ!? 真衣ッ、助けてくれ何か新たな扉が開いてしまうううううううううううううううう!!」
「葵義姉さんこそ助けてくださいっ、オフェンスの秋仁は手強いんですヤバいんですよぉっ!!」
滝汗を流し、顔を青ざめる二人に対し。
海恋と秋仁は実に良い顔で、キラリと目を光らせる。
「ふッ、……グッドラック海恋。また晩飯で会おう」
「そっちもねアキ君、台所でプレイするから一階にはしばらく来ないでね~~」
そうして葵と海恋は一階に消えていって、秋仁と共に残された真衣はある事に気づいた。
(――――ぁ、秋仁先輩も、海恋先輩も、間違えなかった)
自分たちが捕まったのは同時だった、そして捕まえた二人が躊躇い悩む瞬間などなく。
明らかに確信をもって、各々の相手を捉えていた。
「秋仁? いったいどこで私と葵義姉さんを見分けたんです? 私達の変装は完璧だったでしょう?」
「あん? 完璧って、葵をお前っぽく見せるメイクとか、ブーツ履いてお前の身長を誤魔化すことか? ああ、胸の大きさもお前に合わせてたよな、それから肩幅も――」
「なんで全部見抜いてるんですっ!?」
「なんでってお前……、目をみりゃ分かんだろ」
「目!? カラコンしてましたよね!?」
「バッカだなぁ、いくら色を変えて誤魔化してもお前の瞳の方が澄んでて綺麗だろうが」
「~~~~っ!?」
瞬間、ぼっと火を吹くように真衣の顔が首筋まで真っ赤に染まった。
(い、今なんてっ!? 綺麗って、瞳、綺麗って、カラコン付けてたのに、ううっ、ズルい、ズルいです秋仁)
(コイツ、攻められると弱いタイプか。うーん海恋と正反対だなぁ…………うん? なら今が反撃の時じゃね??)
嬉しくて顔が変になってしまう、こんな緩んだ顔なんて見せられない。
わなわなと震え、俯く真衣であったが。
すぐに、己の服を脱がそうとしている秋仁に気づいて。
「おらコッチ向け、脱がしにくい」
「ちょっ、ちょっと秋仁っ!? もうちょっとムードをっ、いえ拒む気なんてないっすけどもっ!!」
「ああ、勘違いすんな。今思ったんだけどよ……燃やしてやるよお前の服」
「………………はい?? え? なんて言いました? 燃やす? 服を燃やすって……ええっ!?」
唐突すぎる宣言に混乱する真衣、秋仁はとても冷静に彼女の服を脱がし。
そのまま彼女の着替えの入ったトランクに、躊躇無く手を伸ばす。
(ホント、持つべきものは幼馴染みだぜ。どうかしてた……真衣のペースに巻き込まれすぎだっての)
正直な話、真衣が一人で登場し海恋がいなければ。
秋仁は葵/真衣が本物かどうか混乱し、錯覚し、彼女の意図通りにドツボにはまっていただろうが。
今後、それを防ぐにはどうしたらいいか。
(服を燃やして処分しちまえばッ!!、身代わりって言い出した所で妙な錯覚なんて起きねぇってもんだぜ!! ひゃっはー!!)
(強引な秋仁も格好いい……――じゃ、ありませんよっ!? このままだと着るものすら、そうしたら常に全裸を強制され…………じゅるり。くっ、それでも良いとか思ってる場合じゃないんですってば!!)
(下着まで燃やして……いやそれは流石にどうだ? 服はとりま俺の着せて、一緒に買いに行けばいいけど……いやでも、こうなったら徹底的に下着も……)
(パンツとブラを手にっ!? これ今すぐ止めなきゃ駄目なやつっすよねっ!?)
今の真衣は顔から上は葵のままだが、全裸である。
そして当然のように秋仁のよう方が力が上で、武器すらない。
故に、この場の最適解は。
「全部燃やしてもいいっすけど、代わりに首輪を要求するっすよ秋仁先輩?」
「その心は」
「性奴隷として飼ってくれるとみなすし、なんなら義母さんと義父さんが帰ってきた時に、秋仁のエッチな奴隷だって全裸土下座するっすよ!!」
「テメェッ~~~~、なんて卑怯なやつなんだッ!!」
「先輩に言われたくないっすよ!?」
身も蓋もない物理的対処と、すべてを投げ捨てた社会的攻撃。
求めるは素の真衣、求めるは秋仁の心の全部。
お互いの要求は噛み合う箇所があるかもしれない、だが二人にとって譲れない所の方が多く。
「交渉だ真衣、――恋人にしてやるから素のお前でいろ」
「問答無用っ! 燃やすなら燃やすといいっす!! 私が先輩の全てを籠絡するんです!!」
「そっか、じゃあ今から役所に婚姻届け貰ってくるわ。愛のない結婚してやる」
「それすると殺しますよ?? 今すぐ包丁もってきて刺しますよ?」
「なら、――――明日、デートしようぜ。お前を俺の虜にしてやるよ」
「………………………………え?」
彼は今、何と言ったのか。
デート、虜にする。
しかも明日、前後の繋がりは何処へ、脈絡がなさすぎる。
「えええええええええええええええええっ!?」
「ふっ、俺に感謝するんだな。ああ、海恋でも葵でも好きに変装しろよ、その場で全裸に剥いて俺好みの服を買って着せてやるからよ」
「嬉しいけど素直に喜べないっすし、何かすっごく嫌な予感がするうううううううううう!! 絶対、秋仁それ脊髄反射で何も考えずに言ってるでしょそれええええええええええええ!!」
「ああ! 勿論だ!! でもデートすからな!!」
「うぐぐぐぐっ、な、ならっ、キスしてください!! あの時してくれなかったキスっ、海恋先輩の前で私と、キスっ、してくださいよっ!! そしたら行きますよデートでも何でもぉ!!」
「――――キス?」
きゅっと目を瞑り、真衣は返事を待ったのだった。
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