第12話「シスターズ・フェイクプレイ」



(これが昨日言っていたイイコトとやらか……? 何考えてやがるコイツめッ!)


 長い髪をポニーテールにして、白いYシャツを着こなし、パンツスタイルがよく似合う。

 長い脚で、モデル体型のレズ女が葵だ。

 凛とした雰囲気で、鋭い視線を送る瞳は美しく。

 身長という一点を除いて、真衣の葵コスプレは声色までも完璧だった。


「ふっ……よく似ているだろう兄さん、これでブーツでも履けば“アタシ”は本物よりらしくなるだろう」


「今日は素直に認めるのな」


「不意打ちをする理由がないからな、――ふふふ~~、理由を聞きたいっすか秋仁先輩?」


「はいはい、気になるからはよ言え」


 義務感マックスの投げやりな返答をしながら、秋仁はベッドに着席。

 おざなりな態度でも真衣は嬉しそうに口元を綻ばせ、彼の膝の上に横抱きの形で乗った。

 彼女が彼の首に腕を回すと、本物と同じ爽やかな香水の匂いが秋仁の鼻腔をくすぐって。


(くッ、だめだこの状況は……)


 カーテンを締め切った部屋が、暗さが、秋仁に真衣が本物の葵なのではないかという錯覚を与える。


「なあ兄さん、……本物の家族にしちゃいけないコト。シてみたいと思わないか?」


「そう来ると思ったぜ、答えはノーだ」


「ええ~~、しましょうよ背徳感あふれるセックスぅ、とーっても、きもちーですよぉ」


「葵の顔で甘ったるい声して囁くんじゃねぇ!! お前は俺をどうしたいんだ!」


「何って――、救ってあげたいんだ兄さん」


「混乱すっから、急に葵に戻るなよ……。てか救いたいって、別に俺は不幸でも何でもねぇぞ」


「――“アタシ”に恋人を寝取られたではないか?」


「…………お前よぉ」


 秋仁の額に青筋が浮かぶ、葵とは家族の関係でありたいと考えている。

 だが、つい先日の事だ。

 海恋の事を思えば仕方ない事でもある、だが。


(俺は怒りを忘れた訳じゃねぇ)


 ただ、忘れようとしているだけだ。

 本当は今も、あの時の情景を鮮明に思い出せる。

 顔の形が変わるまで殴って、大声をあげて悲しみたい。


「無理をするな兄さん、……“アタシ”も、アタシも分かってる。兄さんに我慢を強いている事を。嗚呼、優しいな、海恋だってだから貴方に惚れたのだ」


「やめろ、やめてくれッ、葵の声で囁くな、葵のような手で触るなッ、言って欲しい事を言うんじゃねぇ――錯覚しちまうだろう?」


「でも、兄さんはアタシを無理に引き剥がさない。――海恋の事を忘れられないのに、奪った“アタシ”を恨んでいるのにも関わらず……家族でいようとしてくれる」


「頼みからさぁ、言わないでくれよ……」


「ありがとう兄さん、そういう所が好きだ。だから……、これは、そんな兄さんがこれからも“アタシ”と家族でいる為のガス抜き。気にする事なんて何もないんだ」


 狡い女、本当に悪い女だ、真衣にそうやって囁かれると抵抗できなくなる。

 押し込めた感情を暴かれてしまう、想いが爆発しそうになる。

 葵/真衣はくすくすと笑いながら、指先で秋仁の頬を撫でる。


(くッ、これだけなのに……どうして俺はッ)


 秋仁は唇を噛んだ、反応してしまう己が恨めしい。

 既に知ってしまっているのだ、真衣を誰かの身代わりとして抱く背徳感を、その暴力とも言える快楽を。


(ねぇ秋仁先輩、他の女の子はこんなコトしてくれますか? 誰かの身代わりとして抱かれますか? 秋仁が望むなら無理矢理に犯すような凌辱だって喜んで受け入れるんです)


 まるで毒の沼に肩まで浸かっているようだと、秋仁は脳髄が痺れている気がした。

 彼女の魂胆など理解している、暴力性を嗜虐性を刺激し、被虐という己の性を満たすセックスをしたいのだ。

 それは同時に、彼女を履け口の道具にしたという罪悪感があり。


(俺は……溺れていく、ダメになる、真衣に依存して……離れなれられなくなって)


 そんなの、そんなものは。

 とうてい許容できない、けれど心は裏腹に葵/真衣を押し倒したて。

 長いまつ毛で流し目をし誘う彼女の、胸を撫でる手付きに背筋がゾクゾクしてしまう。


「辛いだろう、苦しいだろう、今なら全ての鬱憤をアタシにぶつけていいんだ……」


「やめろ」


「想像してくれ、兄さんのその手でアタシの服を破り捨て、組み伏せ……愉しいと思わないか?」


「やめてくれ……」


「恋人を奪ったレズ女に、己の男を味合わせるのはさぞ甘美な蜜だろう? 荒ぶる情慾を解放してくれ、それで……明日には元の自分に戻る、今日限りの夢だ、――悪いのは私、秋仁じゃないんです」


「ッ、ぁ、――――お願いだやめてくれ、お、俺はぁ…………ッ」


 今すぐ彼女の唇を奪いたかった、そうすべきだと本能が叫んでいる。

 心臓がバクバク鳴ってうるさい、秋仁の獣慾が下半身から暴れ始めている。

 我慢、出来ない――――。


「ちょっとアキ君っ!? 昨日は葵ちゃんに何を言ったのよ! 今日ずっとわたしドキドキしっぱなし…………、え? 葵ちゃ――」


「へぁっ!?」「ほわぁッ!?」


 カーテンはばっと開かれたかと思えば、海恋が部屋に入ってきて。

 咄嗟に体が動いたのは奇跡だった、秋仁は布団を真衣に被せ背中に隠す。

 まだ海恋は確信を持ってない筈だ、昼間だが部屋は明かりを付けておらずカーテンを締め切って暗かったのだから。


「ど、どどどどどッ、どーした海恋!?」


「……ね、そこに居るのは葵ちゃん? 何で隠したの?」


「お前バカだなぁ、葵と真衣を見間違えたのか? 隠したのはほら、分かるだろ? 寸前でちょっと見せられないからだよッ」


「怪しい……、本当に葵ちゃんじゃないの? 事と次第によってはわたしにも考えがあるわよ??」


 怒気を孕んだ幼馴染の気配に、秋仁は急激に冷静さを取り戻し。

 真衣は焦りに焦った、今の格好を彼女にバレる訳にはいかない。

 あらぬ誤解を与えかねないし、そもそも誤解ではないからだ。


「(おいッ、お前も何か言えよッ!)」


「(何かってなんすかっ!?)」


「こそこそ何を喋ってるのアキ君? もしかして、まさか……」


「か、勘違いっす海恋先輩!! ちょっとこのままで失礼するっす!! いやー、秋仁と獣ックス寸前だったんで私もちょっと顔が恥ずかしくて見せられないっていうか恥ずか死ぬ寸前なので体の火照りを沈めてくるっすーーーー!!」


「あー……、それはごめんね真衣ちゃん。タイミング悪かったみたい、出直すわ」


「いえいえっ、どうぞどうぞ秋仁に話があるっすよね! 私にはお構いなくぅ!!」


 そう叫び、真衣は布団を被ったまま部屋から逃げ出した。

 すると当然、気まずい空気の中に秋仁と海恋が取り残されて。


「…………こほん、でだけれどアキ君」


「お前もたいがい心臓に毛が生えてるよなッ、いや助かったけどもよぉ!!」


「アキ君もお盛んねぇ……って、助かった? どんな過激なプレイというか真衣ちゃんの格好について説明が欲しいんだけど?」


「後生だ……、マジで聞かないでくれ俺が相談に乗って欲しいぐらいだけど今はマジで聞かないくれお前の話を聞くからさぁッ!!」


「はぁ……、貸し一つって言いたい所だけど、いきなり入ったわたしも悪いし見なかった事にしてあげる」


「助かるぜ……」


 気を取り直して、海恋は要件を切り出したが。

 一方、逃げ出した真衣といえば。


「…………まさかドッペルゲンガー!? あ、アタシがもう一人いるだとぉ!? 死ぬのか、死ぬのかアタシ!!」


「あっちゃぁ………」


 海恋が帰って来てるならば、当然のように葵も帰って来ている。

 将来の義姉と、義姉のコスプレのままリビングで鉢合わせするというハプニングに。

 滝のように冷や汗を流しながら、真衣は硬直したのだった。


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