第11話「倒錯プレイ」



 身代わりコスプレが、更に磨きがかかるという異常事態であったが。

 二日酔いの秋仁にとっては、反応するのも面倒だ。

 

「悪いが頭痛ぇから、その話は明日にでもしてくれ」


「強くもないのに呑み過ぎるからっすよ秋仁先輩……、お水いるっすか? しじみの味噌汁とか作りましょうか?」


「水はくれ……。つーか真衣、なんで今日は優しめなんだ?」


「あー、ひっどいっすよ秋仁先輩。よく思い出してくださいよ、私が先輩に辛くあたった事ってあります? 常に先輩を甲斐甲斐しくお世話してましたよね?」


「…………そういえば」


 水の入ったコップを渡しながら、ぷくーとむくれる真衣。

 秋仁はゆっくりとソファーに座りながら、ぼんやりと思い出した。

 何となくで有城と一緒のサークルに入った彼ではあるが、海恋は別に葵と同じ手芸サークルに入っており。

 必然的に、彼の側には真衣が。


(ウチの連中の中には真衣と付き合ってるって、コイツが入って半年ぐらいは誤解してるヤツも多かったっけ)


 海恋とそういう仲だと周知されてからは、贅沢野郎めだと嫉妬する奴がそれなりに居たが。

 最終的には、秋仁のズボンにジャンプを捩じ込む輩が続出して。


(…………あれって、こういう事だったかのかぁ)


 今気づいた所で、もう手遅れだ。

 包丁が出てくる修羅場にならなかっただけマシ、と考えるしかない。


「辛いっすか? ぼーっとしてますけど寝ます? それとも膝枕しましょうか?」


 秋仁の隣に座り、太腿をぽんぽんと叩き手招きする真衣。

 とても心が揺れる誘いだった、そういえば海恋も彼が弱ってると膝枕をしてくれて。


(コイツ……知っててやってんのか?)


(ねぇ秋仁先輩、私は身代わりでいいんです。私じゃない“わたし”で、どうか癒やされてください……)


(ここで流れれば――ああダメだ二日酔いで頭が回らん)


(こっちからリードした方がいいっすかね、でも……出来るなら先輩から言って欲しいな)


 ふぅと秋仁は溜息をひとつ、目を閉じて頭を彼女の太腿の上へ。

 海恋より華奢で、肉付が薄い彼女の太腿は思ったより心地良くて。

 匂いがする、海恋と同じ香水の匂い。


「今日はこのまま、ゆっくりしましょうアキ君」


「…………それも、いいかもな」


「ふふっ、弱ってる時のアキ君は素直で可愛いわ。よしよし、よしよし、子守唄でも歌ってあげましょうかボクちゃん?」


「ウゼェ、ったく質悪いよなテメェ。目を閉じる分、本当にアイツと一緒にいる気がしてくるぜ……」


 何故こうも真衣は、海恋の真似をするのだろうか。

 彼女が語った通り、性癖だと考えると楽だろう。

 だが秋仁には、不思議と他の答えがあるような気がして。


「なんでさ、お前はそんなに海恋になりきろうとしてるんだ? 今までのも十分完成度高かったろ」


「……狡いと思いませんアキ君。“わたし”はお姫様みたいな顔して、天然巨乳の癖に腰はくびれて。嫌になるぐらい素材の差を痛感するのよ」


「そんなもんかねぇ、素のお前も負けず劣らず可愛いぞ?」


「ふふっ、アキ君は優しいわね。でもそんなのは慰めにならないの、それに……不安、なの。だって“わたし”だけじゃなくて葵ちゃんまで近くに居るんだもん」


「アイツは妹だし、海恋は元カノだ……って言ってもしょうがないか」


 呆れ混じりの言葉に、真衣/海恋は苦笑して。

 どうにもならないのだ、己の歪んだ感情というものは

 考えだしたら止まらない、秋仁に回りには同じ女として魅力的すぎる存在が二人もいるし。


「だって――――、まだ、好きでしょう“わたし”のコト。お見通しですよアキ君、いくら区切りをつけた所で、アキ君は女の子を見る度に“わたし”と比べる。……それって残酷だと思わない?」


「だから、海恋の姿をお前という存在で上書きしようって? いいや違うな、…………お前さ、その残酷さってやつを喜んでるだろ」


「っ!?」


「なぁ、偽物として愛されて、求められて――――…………いや、何でもない」


「うぇっ!? 最後まで言ってくださいよ先輩っ、気になるじゃないっすか!?」


「ぐぐッ、叫ぶな頭に響く……」


 覚悟が足りない、秋仁はその言葉を飲み込んだまま出さなかった。

 証拠なんて何一つない、むしろ真衣は捨て身で求めてきている様に思える。

 だが捨て身な割に、堕ちきる覚悟が足りないように思えるのだ。


(多分、まだ真衣には……)


 隠している事がある、或いは自分でも気づいていないのか、見ないフリをしているのか。

 身代わりというのは性癖もあるだろう、けれどそれは秋仁が知らない何かの発露でもあると思うのだ。


「まったく……飽きさせないヤツだな、頭の中は海恋よりお前でいっぱいだぜ?」


「ぅぁっ、~~~~い、いきなり、……口説かないでくださいっすよぉ」


「弱ってる俺は素直なんだろう? そんで優しくもある訳だ……、今なら素のお前を海恋の様に愛してやるぞ」


「うわサイテー、マジサイテーっすよ先輩っ、でもそんな所も好きっ! とても心惹かれる申し出だけど……まだ、“わたし”でいさせてくれないアキ君?」


「…………はぁ、今はそれで満足してやるよ“海恋”」


「ありがとう……、お礼に晩ごはんはA5ランク牛のステーキ買ってくるわ」


「お前それまた貢ごうとしてない?? ちょっと値段言ってみ? 万単位の買おうとしてるよなテメェよぉ」


 でも食べるんでしょ、と海恋/真衣は微笑んで。

 秋仁が目を閉じたままで良かったと、だってそうだ。


(ホント、狡いっすよ秋仁……)


 素の真衣を海恋にするように愛すると、そして海恋と読んでくれた事も。


(勘違いしてしまう、私の全てを受け入れて、一緒に堕ちて愛してくれるって、今そうなってるんじゃないかって)


 でも、まだ足りない。とけれど彼女は聞きとれないほどの小さな声で呟いた。

 まだ秋仁の心を堕とすには、足りない物があると。


「――明日、ね。とってもイイコトしないアキ君?」


「その姿だったら断るぞ」


「大丈夫、……きっとアキがはとぉーーっても気にいると思うから」


「嫌な予感しかしねぇ……ッ!!」


 真衣が同棲にあたり持ち込んだトランクの中には、海恋以外の身代わり衣装があり。

 そして次の日である、秋仁が大学から帰ると自室には。


「――話がある、いや違うな……償いをしにきたぞ兄さん」


「……………………いや確かにその熱意と技術はスゲーけどもッ、流石に身長足りねぇだろうが真衣!? つーかその声どうやって出してんだよ葵のフリするんじゃねぇよおおおおおおおお!!」


 身長以外は葵の外見をパーフェクトコピーした真衣の姿が、部屋の真ん中で仁王立ちしていた。


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