第7話「フェイク・オア」



(コイツは……真衣だ、海恋じゃない)


 これで3回目だ、その上で海恋より抱いた時間も回数も多い女だ。

 もう遠目からでも判別出来る、今のように近くなら間違いようがない。


(どんなに似せても……コイツは真衣だ)


 奇妙な感覚だった。

 執念すら感じさせる勢いで真衣は海恋になりきろうとしている。

 顔貌が違う筈なのに本人と瓜二つで、それなのに違うと断言できる。

 ――秋仁は、無言で海恋/真衣に近づいて。


(先輩……至近距離なら見抜けるって、本当にそう思うっすかぁ?)


(今までは、献身が行き過ぎて海恋のフリしてくれているのかって思ってた)


(知ってるっすよ、――秋仁先輩はもう間違えられない。そして触って確認する事も出来ない、……まぁ、今回は揉まれても大丈夫なようブラにシリコンパットを入れてますけどね)


(でも……俺を好きだと言ってもさ、ストーカーなら話が違ってくるんだよ真衣ちゃん)


 ストーカーが秋仁に望むモノ、関係とは何であろうか。

 普通の関係を望むなら、海恋に変装なんてしな筈だ。

 それを確かめる為にも、手段なんて選んでいられない。


「――ったくよぉ、有城はちゃんと来てくれるんだろうな。お前にも協力して貰うが、真衣ちゃんへのサプライズプレゼント計画には有城の協力が大切なんだぞ?」


「ええ、先に欲しい者を聞き出してから後から来るって言ってたわ。連絡来てないの?」


 隣に座った秋仁の言葉に、真衣は動揺を必死に押し殺して答えた。


(ど、どういう事っすーーーー!? サプライズプレゼントって何!? 盗聴ではそんなコト言ってなかったのに!? というか気付いてない? え、そんなバカな……??)


(動揺してる素振りは見せない……適当に嘘言ったのに、よくもまぁ即興で合わせられるなコイツ)


(ヤバいっ、このままだとバレるっす!! 折角の先輩からのサプライズプラスなのに台無しにな――…………本当に? 本当に気づいてないの? 嘘、嘘をついた? サプライズプレゼントも、嘘?)


(なら好都合だ――このまま押し切る)


 秋仁は海恋/真衣の腰に手を回し、グイと引き寄せる。

 すると彼女は彼の胸に抱き寄せられて、とくんと心臓が高鳴って。

 次の瞬間、偽りの海恋の耳に彼の息がかかった。


「なぁ……考えてくれたか海恋、俺とやり直そうぜ」


「っ!? な、なんの話よ……」


「お前が葵を選んだのは分かってる、でも自分の子供は欲しいんだろう? せフレでいいからさ、もう一度付き合わないか? ほら、有城には悪いが俺の方には都合のいい女が入ったし」


「――――――ぇ」


「ははッ、ちょろいモンだよな。目の前で泣いてみせればすぐ股を開きやがった。天性のビッチだぜアイツ」


 嘘、と真衣は叫びたくなった。

 胸が強く締め付けられて泣きそうになる、愛する秋仁がそんな事を言うなんて。

 でも泣けない、今の真衣は海恋なのだ。


(――――サプライズプレゼントも、私のご機嫌を取るためっすか? ああ、そんな、そんな事って……)


 喉が詰まったように言葉が出てこない、体が震える、灼熱の感情が体を火照らせる。

 俯いて、顔を見られてはいけない。


「信じられない……」


「お前だけを愛してる、海恋――」


「あはっ、あはははははははっ、信じられないっ、信じられないっすよ先輩―!!」


「――へぇ、海恋のフリはもういいのか真衣ちゃん?」


 殴られる事を覚悟で、秋仁は悪ぶってみせた。

 嘘だ、全部嘘なのだ。

 全ては、真衣から海恋という外側を引き剥がす為の罠。

 ――だが、顔を上げた彼女の表情は。


「最っ高!! 最高っすよ先輩!! あはっ、あはははは!! 嗚呼、嗚呼、これで先輩に全てを貢げるんですね!! 心も体も!! えへっ、でへへへへへっ!! わ、私は先輩に使い潰されて、それっ、それで――いつか本当に海恋先輩の身変わり以下の道具としか~~!!」


「ッ!?」


 被虐の期待に恍惚とする姿も、その言葉も、秋仁は信じたくなかった。

 ただのストーカーならまだよかった、だがこれは……、どうしようもない変態ではないのか。

 これが彼女の真実なら、海恋のフリをしているのも。


「狂ってる……ッ、海恋のフリをしてるのはテメェの尊厳を貢ぐ為かよ!!」


「ぴんぽんぴんぽん大正解っす~~!! 付け加えるとですね、秋仁先輩と海恋先輩の想い出の上書きと……罪悪感を持ってもらいたいんです」


「罪悪感?」


「優しい先輩は、元カノの姿で抱かれる私に感謝と引け目と、何より罪悪感を持ったっすよね? ふふっ、私には分かります。だり――ただ貢ぐだけじゃダメなんです、罪悪感で顔を歪ませ心に傷跡を残しながら貢がせてくれないとっ……!!」


「どこまで変態なんだよテメェ!! 返せ!! 俺の癒やしだった真衣ちゃんを返せ!!」


 すると真衣は、ニマァと嗤いウイッグを外すと。


「それも私っすよ秋仁先輩っ、――好きです、愛してます、私は先輩に笑顔で居てほしいし幸せになって欲しいんです……でも、それと、心も体も貢いで使い潰される様に愛されたいって、先輩の心の傷跡になりたいって」


「矛盾してるぜ真衣ちゃん……」


「矛盾してます、けど――両立してるんです!! あはっ、ああ、そっかぁ……そうですよね、嘘、つきましたよね先輩」


 底なし沼の様な真衣の瞳に、秋仁は家に帰りたくなったが。

 生憎と、ここが実家で自室である。


「酷いっす先輩――、サプライズプレゼントも、都合のいい女扱いも、全部全部全部全部全部全部全部全部っ、嘘!! 嘘なんですね!! 嗚呼――、その事実ですら天国に行ってしまいそうっ!!」


「あ、お疲れ様です。もう帰っていいぜ、俺ちょっとマジで海恋を口説きに行ってついでに警察にストーカー被害出しに行ってくるわ」


「ぬおおおおおおおおお、逃しませんよ全てを知った以上は私のご主人様として愛して搾取して貰うっすからね!!」


「誰がするかアホ!! 離れろ抱きつくなズボンを下ろそうとすんなああああああああああああああ!!」


 縋りつく真衣を必死に引き剥がしながら、秋仁はふと気づいた。

 おかしい、どうにも変だ。

 普通の人間が、こうもヘンテコに歪むのだろうか。


「――――――そう、か……くッ、俺とした事がこんな簡単な事に気付かなかったなんて!!」


「え? 先輩その顔何っすか? 憐れむような顔しないでくださいよ何で泣きそうになってるんですっ!?」


「すまん!! すまない真衣ちゃん!! 俺は自分の事ばっかりでお前の事に気づいてやれなかった……、くうううううういううッ、ごめん、ごめんよ真衣ちゃん……!!」


「まさかのガチ泣き!?」


「――病院へ、行こう。真衣ちゃんに必要なのは医者による診断と治療だ、ううッ、精神病院に入院する事になったら月一回ぐらいはお見舞いに行くからな!!」


「うわ力強っ!? 先輩マジで病院連れて行こうとしてませんっ??」


 このままだと本当に病院送りにされてしまうのではないか、真衣の表情は焦りで染められて。

 秋仁は男泣きをしながら、責任を取って入院代を負担しようと決意した。


(なんか入院費用を調べてるっすよ!? あわわわわわわっ、今すぐ誤解を解かないと大惨事どころじゃないっす社会的に死んじゃう!!)


(俺は……有城にどう謝ればいいんだ……くッ、俺のせいだ俺が真衣ちゃんを化物にしちまったんだ!!)


(けどどうやって……今の秋仁先輩には言葉だけじゃ……――奥の手を使うしかないっすね)


(まさか真衣ちゃんがヤンデレストーカー貢ぎマゾだなんて、………………うーむ、病院で治るのかこれ??)


 果たして精神病院というのは、複雑骨折した性癖までフォローしているのだろうか。

 考え込む秋仁の姿に、真衣は唇を噛んで睨むと。

 苛立ちながら、着ている服を全部脱いだ。


「抱いてくださいっす先輩、さもないと――」


「ダメだ真衣ちゃん、セックス依存症まで追加する気か?」


「――コンドームに穴が空いていたかどうか教えてあげないっす」


「今なんて??」


 思いもよらぬ言葉に、さっと秋仁の顔から血の気が失せた。

 酒に酔っての性行為、そもそもちゃんと避妊していたかすらアヤフヤ。

 使用済みコンドームのゴミがあった事は、辛うじて覚えてはいるが。


(お、落ち着けブラフだッ! 真衣ちゃんは俺で欲望を満たそうと必死になってるだけなんだ!!)


(負けたりしませんよ先輩っ!! どんな手を使ってでも――恋人/ご主人様になってもらいますっす!!)


(……ここは俺の分が悪い、だがコイツを野放しの出来ないし、流石に精神病院はやり過ぎかもしれん。だから――――)


(かくなる上は、ナマに持ち込んで既成事実を作るっすよ先輩!!)


 じり、じりと微妙な距離感で睨み合う二人。

 真衣は両手をワキワキさせ、秋仁は両手を大きく横に広げる。


「先輩は私のモノっす――――」


「同棲すっぞ、正確には同居だが」


「えっ??」


「親が帰って来るまで俺の部屋で暮らせ拒否権なんてねぇぞ、――真人間に更生してやらぁ!! お前は世に出しちゃいけない人間だ……、俺の側から絶対離さねぇぞアホ女ァ!! 覚悟しとけ!!」


「なんですかそれぇっ!? 嬉しいのに嬉しくなああああああああああああああいっ!!」


 ガバっと真衣を抱きしめる秋仁、真衣が実に複雑な顔をして。

 ともあれ、二人は一緒に暮らす事になった。

 その直後である、ノックが2回し葵が入ってきて。


「突然入ってきてすまないな兄さん、少し聞き捨てならない言葉が聞こえて来たのだが? ――説明、してくれるな?」


 二人を、ジトっと睨みつけたのだった。


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