第8話「レディ・プレイヤー」



 説明を終えると、新米義妹は黙り込んで。

 秋仁としては、てっきり反対されるかと思ったのだが。


「――ふむ、いいだろう。アタシとしては歓迎する」


「やった! ありがとうございます葵先輩、いえ葵義姉さん!!」


「俺が言うのも何だけどさ、いいのか?」


「構わんぞ、兄さんには失礼な話だろうが……アタシはまだ兄さんを信じきれていない、そして海恋とのイチャイチャを見せてしまうという罪悪感もある!! ならば受け入れよう――未来の妹よ」


「義姉さん!!」「妹よ!!」


 三人掛けソファーで本当の姉妹のように抱き合う二人は、その直後しっかりと両手も繋ぎ。


「では頼むぞ、――海恋の姿で『お姉ちゃん、大好きっ』と呼んででくれたらアタシは二人の仲を応援する……!!」


「勿論ですとも義姉さん!!」


「買収されてんじゃねぇか葵テメェ!!」


 頭を抱えるも時は既に遅し、親友の有城からも長々とした謝罪と感謝のメッセージが送られてきて。

 そして、海恋といえば秋仁と彼女の部屋に呼び出すなり。


「アキ君さ、バッカじゃないの??」


「言うな……言うんじゃねぇ……!! 仕方ねぇだろうが!! 目を離したらもっと酷い事になるだろうが俺が!!」


「良い機会だから、新しい性癖開拓すれば?」


「開拓されかけてるから、必死に抗ってんだよコッチはよぉッ!! 助けろ海恋!!」


「ふふっ、アキ君は何だかんだ優しいんだから……。わたしに出来る事なら協力は惜しまないわ、ただし、あの子が包丁持ち出して来たら遠慮なくアキ君を売るからね」


「くッ、テメェだけは幼馴染のよしみで地獄まで付き合って貰うからな!!」


 そんな会話があったのだし、海恋と葵がいるなら真衣は変装しないと思っていたのだが。

 ――同棲、もとい同居二日目の寝る前である。

 風呂から自室に戻ると、秋仁は扉が少し開いているのに気づいた。


(そーいや真衣ちゃんと一緒に寝る事になったんだっけ、……また海恋のコスプレしてないだろうな)


 気付かれないように、そぉっと隙間から覗く、油断など出来ない。

 例え海恋のコスプレをしていなくても、いかがわしい姿で待ち受けていたり。

 はたまた、部屋を漁っていても不思議じゃない。

 ――だが。


(…………綺麗だ、でも)


 思わず口から出そうになった、彼女は部屋の明かりを付けずにベッドに座っていて。

 カーテンの隙間から、星明かりに照らされていた。


(……分からん、真衣ちゃんはいったい)


 普段は後ろでアップにし纏めている髪を下し、白の無機質なパジャマを着ている。

 静謐という表現がぴったりくるように、身動きひとつせず。


(こんな顔をする子だったか?)


 普段の喜怒哀楽は何処へ行ったのだろう、その表情は無機質なまでに抜け落ちて。

 まるで彫像のように冷たく、見ているだけで硬さすら感じた。


(何を企んでいる?)


「――――あっ、どうしたっすか先輩? 入って来ないんです?」


「ッ!? い、いやスマン、ちょっとお前に見とれてた」


「あー……見られちゃいましたか。もうダメっすよ先輩、乙女がボーッとしてる所を覗き見するなんて私以外は許してくれませんよ~~っ」


 無機質から一転、何時もの風に戻った真衣の姿に秋仁は見間違いかと思った。

 けれど、どうしても気になって部屋に入ると彼女の隣に腰を下ろし。


「すまんすまん、てっきり何か変な事をしでかすんじゃねぇかってな」


「んもー、そう思うのは仕方ないっすけどぉ、私にだって分別ってものがあるんですよ? ま、明日からそうするつもりっすけど」


「おい、おい……、何で明日から?」


「…………今日は少し、先輩と普通に話がしたくて」


 そういうと真衣は、秋仁にそっと寄りかかる。

 湯冷めしたのか少し低めの体温に、秋仁は温めるように彼女の腰へ腕を回した。

 無言、真衣は何かを確かめるように目を閉じて。


「実は私、小さな頃は病弱だったんです」


「……そういえば、有城がチラっと言ってたな」


「ふふっ、もう入院ばっかりしてて中学生まで生きられないだろうって」


「え……? でも真衣ちゃんと俺は……」


「ええ、私が高一の時に」


 彼女とは高校生の時に出逢った筈だ、有城と友達になって。

 それから高校生二年生になり、四月の放課後。

 妹の真衣だと、秋仁は紹介されたのを覚えている。


(そういえば……、あの時もさっきと同じように無表情だったっけ)


 五年も経ってないのに、今思えば懐かしい想い出な気がする。


「奇跡的に病気が完治したのは、中学一生の時でした。三年生の時には毎日通学出来るようになって」


「……」


「パパもママも、兄さんも喜んでました。――けど、私は違ったんです。ずっと死ぬんだと思って生きてたから、これからどうやって生きていけば分からなくて、……ずっと、ずっと迷子みたいだったんです」


 その時、秋仁は先程の表情も彼女の素のひとつなのだと気づいた。

 予告された死を前に、全てを諦めて置物になっていた顔。

 たぶんそれは、今も真衣の心のどこかに残っていて。


「ふふっ、実はですね。最初に先輩を紹介された時は何とも思ってなかったんです、でも不思議な事に学校の何処へ行っても、兄さんに連れられて外に遊びに行った時でさえも、――秋仁先輩を見かけたんです」


 きっと、その気づきが恋の始まりだったのだと真衣は呟いた。


「楽しそうな先輩を見ました、悲しそうな先輩を見ました、意地を張ってる時も、虚勢を張ってる時も、起っている時も、――海恋先輩に、恋してる時も。……気づいたら、偶然見かけるのを待つんじゃなくて、自分から行動してたんです、…………世界が、初めて美しいって思えたの」


 最初は観察するだけだった、でも恋に気づいたと同時に失恋した。

 だって秋仁と海恋は、誰がどう見ても相思相愛で。

 そこで自覚してしまった、真衣は気づきたくない事に気づいてしまった。


「私は……海恋先輩を愛してる秋仁先輩が好きなんです、愛してるんです」


「――――ぇ?」


「羨ましかった、先輩に愛される海恋先輩が、私も海恋先輩みたいに愛されたかった、だから……」


 あの日、真衣があんな行動を取ったのが、秋仁には痛いほど理解できた気がした。


「…………だから、真衣ちゃんは海恋の真似をしたのか?」


「あ、それは違います。単に先輩の心に爪痕を残すのに最大効率だったので、あとそういう性癖です」


「殴っても許されるよな俺?」


「海恋先輩のコスプレして先輩に抱かれるとですね、自分が超可哀想な女の子になった惨めさが堪んないんですよっ!! 嗚呼っ、愛する人に抱かれる為に自分すら投げ捨てる私ってなんて可哀想!!」


「このまま外に放り出すぞーー??」


 鼻息荒く興奮し始めた真衣に、秋仁は頭を抱えたくなったが。

 ぐっと我慢し、拳骨を落とす変わりに頭を撫でた。

 真衣はその行為を微笑んで受け入れると、彼の胸板でつつーと指で渦巻きを描き。


「とにかく、感謝してるんです秋仁先輩。大好きっす、愛してます。――こんな私とセックスしてくれて、しかも恋人みたいに一緒の部屋で……嬉しい、嗚呼、涙が溢れるぐらい嬉しいっ」


「真衣ちゃ――――ッ!?」


 その瞬間、秋仁の脳は戸惑いで満たされた。

 真衣が立ち上がったかと思えば、彼の目の前で土下座をし。


「秋仁先輩、いいえご主人様。――どうか私を飼ってください、私の全てを貢がせてください。どうか、どうかお願いします……!」


「ぁッ、ぃ、ぇ、~~あ、頭を上げてくれ真衣ちゃん!」


 彼女はゆっくりと立ち上がると、パジャマのボタンを外して。


「何でもします、何でもさしあげます、だから…………」


 パサッと、パジャマの上が床に落ちた。

 続いて下を脱いで、下着はつけていない。

 彼女は産まれたままの姿で、もう一度土下座をし。


「抱いてください秋仁先輩、失恋を癒やすための身代わりでも、性欲をぶつける道具でもいいんです。……少しでも私への情があるなら、どうか温もりをくださいませご主人様……そうでないのなら死にます」


(お、俺は~~~~ッ)


 思い上がっていた、どこか軽々しく彼女の想いを捉えていたのかもしれない。

 更生なんて夢のまた夢、今すぐ逃げ出さないので精一杯。

 くらくらと視界が揺れる、妙に惹きつけられる匂いがする。


(俺は……嗚呼、どうすればいいんだ)


 カラカラに渇く喉が不快すぎて、秋仁はどうにかなりそうだった。

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