♰Chapter 27:観測者の憂鬱

「ねえ、ほんとに助けなくていいの?」


東雲朱音は都心で激しい戦闘を繰り広げる魔法使いらの光景を遠視していた。

その原因を作った張本人は結城だった。


“彼が来る前から任せていたことだろう、朱音君。確かに朱音君にとっては不快な気持ちを抱くこともあるだろうが、そんなに腹を立てないでほしい”

「別に腹を立ててなんてないわよ! 短気な人間みたいに言わないでよね!」


声量は抑え気味だが、『EA』越しでもはっきりと怒気が通じるように話す。


「それで? この任務が与えられた時からの疑問なんだけど、何でなわけ?」


言葉の裏には魔法使い同士の戦闘をただ遠くから傍観しているように指示した『盟主』への不満が込められている。


“私には見極めねばならない義務がある。水瀬君の精神的不安定性を解消できるのが彼かどうか。そして彼自身が人々を守るためにどう貢献してくれるのか。この任務で音を上げてしまうようであれば――”


その言葉の先を察した東雲はふん、と不快そうに鼻を鳴らす。


「あんたの言うように〔幻影〕にメリットがあるかを確かめるのも大切なのは分かるわよ? あたしだってそのために立合いなんてしたわけだし。でもその結果あいつは不慣れな魔法であたしと引き分けて見せたわ。それだけでも十分すぎることでしょ?」

“君が本気やっていたとしたらどうだい?”


平然とした声音で本気を主張する『盟主』。

それに対して東雲は二本の刀に手を添える。


「……本気で言ってるなら怒るわよ? いくら何でも最初から全力の魔法使いと戦って勝てる人間なんていない。あたしの刀は弱い者虐めをするための道具じゃない」

“前々から分かっていたことだが君は曲がったことが本当に大嫌いのようだ。だからこそ私も安心して裁定を任せることができたともいえる”


その言葉は東雲の心持ちを理解しているからこそ出た言葉だ。


「んっと、つくづく気に喰わないわね、あんたも。最後に一つだけ。普通なら魔法使いの身辺調査をして白なら帰属を認めていたじゃない。っていうか聞くとこによればこっちから誘ったみたいだし。なんで今回だけ――八神にだけ厳しいのよ?」


東雲は考える。

『盟主』である結城の目的は、目に見えて戦闘を躊躇している水瀬とそれを支えられる相手が八神であるかどうかの可否の判断だ。


――そしてその大局にあたしが割り込んだ時点で彼らは不合格なのだ。

どれだけ彼らが窮地に追いやられようと手助けをした時点で、本当に水瀬に重要な任務が割り振られることはなくなる。

一方で八神は魔法使いになった以上、〔幻影〕の守護者の誰かに付けられるだろう。

そうなれば水瀬は孤独に、八神は……まあどうでもいいか。


これは決定権を持っているという意味で一種の葛藤であり、水瀬と八神にとっては踏絵の試練なのだ。


“それだけ彼らへの期待が大きいのかもしれない”

「……つまるところ正直に答えないってわけね。はあ……もういいわ」

“君の言いたいことはよく分かるが私にも〔幻影〕の統括として守護者にも秘匿すべきことがある。だからこそ分かってくれると嬉しい限りだ――すまない。君が抜けた穴を埋めている魔法使いたちから相次いでの連絡だ”


そういうと『EA』の通信が切断される。


「あたしがあいつらを観測しなきゃいけないなんて……まったくとんでもなく最悪な一夜になりそうね」


結城の発言を思い返した東雲は一人ごち、立ち込める冷気と砂煙に視線を向け続ける。

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