♰Chapter 26:夜を駆ける幻想
†SIDE:八神零
オレは水瀬と別れてから夜空を駆けていた。
直径およそ二キロ範囲内の一般人は〔幻影〕から〔ISO〕への取り計らいによって存在しない。
そのことが分かっているとはいえ、気持ちは落ち着かなかった。
何しろその範囲を出てしまえば再び人の住まう街だ。
何としても無人地帯であるここで倒さねばならない。
短刀を強く握り、こちらを無視して駆ける『心喰の夜魔』に斬撃を入れる。
「っ……硬いな」
甲高い音と共に弾かれ、手元に残ったものといえば痺れるほどの反動だけだ。
だがその一撃だけで全ての『心喰の夜魔』のターゲットがこちらに切り替わった。
“AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!”
金属を引っ掻き回すような不快な声を上げ、斬りかかってくる敵の一撃を正面から受ける。
激しい火花を散らしつつ防御には成功するが、あまりの重さに短刀を取りこぼしてしまう。
通常の人間では有り得ないほどの膂力と体幹を備えている。
一騎だけでも厄介だがそれが三十騎。
「笑えない冗談だ」
鉄針型アーティファクトは二ダース携帯しているうちの一ダースを先程の輸送車両の足止めに使ってしまった。
オレは残りの一ダースを周囲に突き立てていく。
その間、幾度となく剣を躱しつつ、円周上に並ぶ頃にはかなりの精神力を消耗していた。
唯一の救いは人間とは違い、単純なアルゴリズムのみで動いていることくらいだろう。
オレは全十二本の中心に全ての敵を誘導すると、即座に風魔法による離脱を行い、円の外側に立つ。
そしてイメージするものは――五大元素が一つ、風系統の雷撃だ。
すると避雷針の役割を果たした鉄針に流れ互いに共振し合い、威力を何倍何十倍にも膨れ上がらせていく。
魔法使いとして未熟で単発ではさほどの威力は出せないとしても、アーティファクトによって限界まで増幅された雷撃が解き放たれ命なき騎士は膝を折る。
その全身には蛇のようなスパークが纏わりついている。
付与された雷撃を余さず吐き終えると鉄針型アーティファクトは跡形もなく消えた。
だが『心喰らいの夜魔』の動きに鈍さはあるものの、ややもすれば攻撃を再開するだろう。
水瀬の大鎌の一撃で切断されなかったことは愚か、目に見える傷さえないことから予想はしていたが魔法・物理耐性が並外れて高い。
「水瀬の支援に行くためにも長丁場は好ましくないのだが」
結論から言えば『心喰の夜魔』を破壊することは可能だ。
アーティファクトにはそれぞれ中核――人間で言うところの心臓部にあたるアーティファクトコアなる存在があるという。
堅牢な外装骨格に覆われたそこを突くことで機能停止に追い込めるだろう。
つまりはその防御を貫徹する、あるいは防御の概念を超越する絶技を繰り出せばいいのだ。
だが必然的に求められる戦闘能力が並々ではない。
あの水瀬の攻撃を喰らってモノともしないのだから。
加えてオレの固有魔法はいまだに不完全ときている。
オレはふと修練の合間に読んでいた本のことを思い出す。
水瀬の洋館の書斎にあった過去の任務記録の複製とアーティファクト名鑑を。
たしかあれには『心喰の夜魔』に類似する機構兵がいたはずだ。
そう――
「――来い」
時間にしてわずか数秒の思考に活路を見たことで、自然と動きにも切れが増す。
一騎が長剣を振り下ろしたタイミングでオレは背後に回り込む。
そして次の瞬間には過剰なまでの魔力を注ぎ込む。
“AAAAAAAG、GGGGGGG……G……”
その結果、魔力の通り道――『魔力回路』が負荷に耐え切れずに焼き切れる。
絶叫にも似たノイズをまき散らしつつ、五体が分解した。
だが他の敵も佇んでいるばかりではない。
自身と同色の長剣を上段から中段、下段へと変幻自在な型で斬撃を放ってくる。
オレは猛攻を掻い潜り、あるいは短刀で受け流す。
隙を見て一体ずつ魔力回路を焼き切って対処していくという単純な作業を繰り返した。
「辛いな」
魔法使いとしての業を背負ったことで人間としての基礎能力は上がっている。
だが相手は無限の体力。
対して人間のオレは着実に体力を減耗していく。
それを機構兵も理解しているがごとく攻め立てる。
――……戦闘を始めてどれほど経っただろうか。
オレの息が少し上がってきた頃にあることに気付いた。
――剣が軽くなっている?
明らかに動きが変化し、個々の統率力のない攻撃から集団での連携攻撃を始めた。
四方を囲み、重さよりも速度を重視した連撃に切り替えたのだ。
こうなれば“単純なアルゴリズム”ということはもうできない。
「ちっ」
一度後退し、路面脇に設置された防護柵を背にする。
最悪の状況は包囲されたのち殲滅されることだ。
「火よ」
近寄ってくる気配のある敵に業火を浴びせつつ、包囲の薄い一点を中心に網を崩し、駆ける。
十分に敵のヘイトを貰っているオレを一斉に追いかけて来ることは予想済みだ。
そしてこれ以上逃げ場がなくなったオレは防護柵を飛び越え、斜め下の分岐道路へと跳び移る。
半数ほどに数を減らした『心喰の夜魔』は防護柵を破壊したきり追ってこず、こちらを向いたままその場に留まっている。
恐らく質量の観点から飛行、または跳躍ができないのだ。
オレが行動を起こそうとしたその時だった。
“urhpiaejreagnvfeuaghuidvdsnjofhrefuioregaho……”
無数の奇音を響かせる。
腹底に直接響くようないくつもの重低音の折り重なりだ。
それが高層ビル群に反響し、幾重にも連なる鈍い音の波が押し寄せてくる。
――ジュッ。
擬音で表せばただそれだけ。
視線は一度も逸らしていないというのに右肩に穴が開いていた。
「っ……⁉ くっ!」
じわじわと制服が朱に染まり、鮮血が染み出してくる。
――見えなかった。
――聞こえなかった。
これほどの傷を負ったのはいつ以来か。
いまだ不吉な大合唱が轟いているなか、オレは躊躇なく小型デバイスの表面に触れた。
「――落ちろ」
――……
鼓膜を震撼させる大気の鳴動と煌々と荒れ狂う爆炎。
それらが収まる頃には首都高の基部が徹底的に崩壊していた。
オレが情報屋であるℐに依頼したこと。
その一つは伊波の調査、もう一つがごろつきたちへの約束の取り付け。
そして最後の一つが都心部――それも主要な交通網の構造上、もっとも破壊に適した箇所をデータとして送ってもらったことにある。
〔幻影〕の話を聞いたとき、そして魔法使いの存在を事実として認識したとき。
オレはあまりのスケールの大きさに驚いたからこそ、保険として交通の穴を探すように依頼した。
そもそも魔法使いが通るとも分からない場所に爆薬を設置するなど砂浜から一枚の貝殻を探し当てるような確率だったが、その用心深さが今回に役立つのだから備えておくべきだと感じる。
この件における最大の立役者はアバウトな指示だけでここまで調べあげたℐだろう。
塵芥が大気に舞うなか、オレは傷口に手を当て炎で焼いた。
ベルトポーチに備えていた回復系の水晶はいつの間にか落としてしまったようだ。
それからゆっくりと瓦礫の上に着地したオレは大量の瓦礫に挟まれ、鈍い音を立てつつ脱出を試みる『心喰の夜魔』に大量の魔力を流すことで始末をつける。
残りはこの瓦礫で完全に埋まってしまっているようだった。
他の対処は〔幻影〕の事後処理部隊がどうにかするだろう。
そう思い数百メートル先にいる水瀬のもとへ向かおうと思った時だった。
心の底から冷え込むような濃密な“死”の気配を感じた。
「水瀬!」
不吉な予感を抱いたオレは、肩の重傷のことも気にせず夜空を駆けた。
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