ディスカッションにメンテナンスに

――Kai――

「――以上で、報告は終わりです」


 オークラーは状況説明をその言葉で締めくくった。そうして大佐が頷く。


「ご苦労。各自この基地から出ないように! では解散ッ!」


 大佐は全く詳細を言わず、ひとりで外へ行ってしまった。ファイマンの正体を明かそうとしないわりに、カイたちの中でリィラ以外に、ファイマンだという瞬間を目撃した人がいないか知りたがっているようだった。


 その背が扉を抜けて、張りつめた空気が一気にほどけた。


「ふぅ……。いつもこんななんですか?」


「お前たちのお陰で、いつも以上だった。大佐にブレードを押し付けるとはな」


 オークラーが気疲れしたように、肩を揉みながら首を曲げて伸ばした。


「あまり余計な口は挟むな。私にも止められる限界というものがあるんだぞ」


「す、すみません……」


 カイは謝ったが、リィラは不機嫌そうだった。


「リィラ。あんまり噛み付いちゃダメだよ」


「何にも言い返さないからじゃん。代わりに噛み付いてあげたの。カイだって殺そうとしたじゃん。あいつ」


「いや……まあ……うん」


 カイは苦々しさ極まる顔をした。それを見てリィラは、少しもじもじとして口を開いた。


「そ、そんな顔すんなよ。アタシは、その……。ちょっと、嬉しかったし……」


「え? ……まあぶっちゃけお兄ちゃんも、庇ってくれて嬉しかったよ」


「「……うへへ」」


 揃って照れ笑いをした。


「ところでさ博士。あんた、知ってるの?」


 リィラの問いに、博士はにこりとした。カイにはそれが少し、無理に作った笑顔に見えた。


「グレートライフルの件かね?」


「それもだし、アーマリング計画? ってやつとか、ファイマンとか」


「ふむ。順に説明しよう。そこのソファに座りたまえよ。興味ない者は解散!」


 二度目の解散の号令をし、待ち合いで大きな四角を描く長ソファについた。誰も解散せず、みんな座った。


「まず、このテロ事件の黒幕。その内の一人はファイマンと見て間違いないだろうね。大佐もそれが分かって、正規軍に乗り込みに行ったようだし」


「正規軍?」


「我々のような民営軍じゃなくて、国営軍のことだよ。ここは国からの委託で国内の特殊任務を請け負ってるけれど、正規軍の方は主に外国での任務を担当している」


「へぇ、それは……なんでっすかね?」


「まあまあ、そこは順を追って説明する。まずはグレートライフル。これはアーマリング計画の産物だ。人が乗る巨人型ロボットを作るという、正規軍の昔の計画だよ」


 ロボットの話になった途端、リィラが身を乗り出した。


「それって、どうして中止になったの?」


「カンタンに言えば、『カスタム可能な兵器』を目指したせいだ。強い兵器が作られればその対策の兵器が作られるという、戦争の常識に乗っ取って、先んじて様々な機能を搭載できるようにした。だが――」


 ニコは八本の指を立てた。


「――設計後に概算したら、生産費、燃料費とメンテナンス費込みでなんと国家予算八年分の費用が必要だと分かった。そんな金は当然なく、設計段階で中止となった」


「設計段階……。あ、だから噂になったんだ! 設計図が流出したんでしょ」


「その通り」


 ガジェットの話になると、こんなに楽しそうになるんだもんなぁ。やっぱり癒しだわぁ……。カイはそんなことを思っていた。


「つまりあのグレートライフルってのは、その設計図を元に作成したもの、ってことなんすか?」


「というよりは、設計の改良かなぁ。だって大きさは、おおよそヒトの二倍程度なのだろう? ずいぶんと小型化したというのに威力が落ちていないんだものなぁ」


 作った人と是非話がしたいよねぇ。そう言ってアハハと笑った。カイにはそれが、いやに皮肉っぽく聞こえる。


 さっきからなにか様子がおかしい気がする。少し心配になった。


「それで、ファイマンっていうのは誰なんですか?」


「うん? まぁ……φ計画があってね。そのときの被験者だよ。主導は正規軍のものでな」


「ずいぶん歯切れ悪いっすね。やっぱり、元気ないのに関係あるんすか」


 そう言うと、オークラーを除く他の人たちが一斉にカイを見た。


「さっき、話の中でファイマンの名前が出たときから、ずっとじゃないっすか。もしかして、親しい人だったりするんですか?」


 ニコは、初めて苦い顔をしてみせた。


「……うーん、参った。よく見ているねキミは。他の人は誤魔化せていたようだったのに」


「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ全部知ってて放っておいてたの!?」


 リィラが食いつくのを、カイが止める。


「たぶん、ニコさんもさっき知ったばかりなんだと思うよ。そうっすよね?」


「そうだよ。ファイマンとは……他の連中に比べれば仲は良かった方さ。だけどまあ、ひどい事件があってね」


「博士。誤魔化さないでください。我々は彼と対峙しているんです。少しでも情報はあった方がいい」


 オークラーがそう言うと、ニコはむなしげに笑った。


「ひどいじゃないか隊長。もっと優しく言ってくれないかな」


 オークラーはなにも答えず、ただ見つめた。


 ニコはひとつだけ大きなため息をついて、脚を組み、長い話を始めた。


「そもそも、φ計画はχ計画、すなわちジェイクに無尽蔵のPp供給機を埋め込みマージした計画の、ひとつ前の計画となる」


「え? でも、そのφ計画は正規軍のっすよね。で、χ計画はアーミーの……?」


「形式上は正規軍とアーミーもといT.A.S.との合同研究だからね。もっとも、お互いに敵国同士みたいな情報戦をしちゃっているけれど」


 なにがしたいんだかね。そう言ってニコは肩をすくめた。


「で、χ計画が最強の兵器を作り出す目的であるなら、φ計画は最強の兵士を作り出す目的で動いていて、そのお試しという位置付けでファイマンが育成されていたのだ。そしてわたしは、正規軍のお爺さんたちに泣き付かれてφ計画に途中から参加した。もっとも、途中で降りたから長い期間ではないがね」


「え。参加してたんですか」


「まあね。断る手もあったが、面白そうだと思ってねぇ。事実、彼に施された大量の研究成果はユニークなものばかりだった。生まれてから管理され続けている公式には存在しない人間だから、やりたい放題さ。わたしはそこで、ちょっとした発見をした。膂力りょりょくや認識速度やと色々改造されていたが……そうだな。例えて言えば、ファイマンの服のサイズが合っていなかった。だから最適化してやったのだよ。ちゃんと合わせてやったのだ。改めてその能力を確認すると――」


 ニコは両手を出し、指折り数える構えをした。


「力や骨格の強化。認識速度他感覚の増大。Ppおよび怪我の急速回復。訓練された格闘術に、あらゆる状況からでも着地できるほどの身のこなし。等々」


 これだけでヤバいのに、まだ色々とあるのか。カイは生唾を飲んだ。


「きっちりカスタムし直した……が、人格はどうしようもなかった」


「人格……やっぱり、残虐な性格とか」


「いいや? 残虐性は全くなかったよ。戦士が殺すのは作業の一環としてだから、楽しんでも悲しんでもいけない。だからそこは良かった。なんというか彼は……自由人だった」


「じ、自由人っすか? そのままの意味で?」


 カイが目を丸くする。


「そのままの意味だ。上からの命令には従うものの、それ以外はとにかく好き勝手にやる主義でね。で、ある研究者と出会い、少々……羽目を外しすぎたようでね。街に抜け出ては楽しく遊んでいたらしくて、お偉いさんは大慌てさ」


「……んん? それの何がいけないんすか」


「最高の仕事を成し遂げる会社員が、趣味に没頭して仕事をおろそかにすることを恐れた。だから処罰を与えることにした。と言えば分かるかね」


「そ……そんなつまんねえことで? そんなのおかしいっすよ」


「まぁね。近くで見ていたから分かるが、仕事の時には兵士として徹し、遊ぶときには人として徹していた。うわべしか見ていない上層にはそれが分からなんだねぇ」


 ニコはわざとらしく肩をすくめて呆れたポーズを取り、話を続けた。


「それとさっき言った研究員はわたしの友人でもあったのだがね、処刑されたよ。アハハハハ」


 あまりにもあっさりと、ついでのように言った。だけど目を伏せていて、誰も視界に入れないようにしている。


「はぁ? なんで友だち殺されてんのに笑ってんだよ」


「リィラ」


 呼ぶと、リィラは睨み付けてきて、つまらなそうに頬杖をついた。だけどカイには、ニコの痛みが分かった。


 きっとそこが、一番痛む場所なんだろう。誤魔化さないと口にすら出せない。異常だとしても、彼女なりに罪悪感があるんだ。


「そこを辞めたのって、そのときですよね」


「…………そうだよ」


 それだけ言ってニコは、話を戻すがとやけに明るい声を出した。


「ま、そういうことで罰せられたファイマンは、なんというか、今度は逆に仕事に没頭しすぎるようになった。戦闘訓練ではあんまり素早く効率よく相手を殺すもんだから、格闘の先生は匙を投げたよ。教えられる側になっちゃったってね」


「メチャクチャ溜まっちゃったんでしょうね、ストレス。それで裏切ったんですかね。そんな酷いことされて忠誠なんか、誓えねえでしょうし」


「いいや。わたしは逆だと睨んでいるよ」


 カイは目を丸くする。


「……逆って、忠誠を誓っているからテロリストと手を組んだ。ってことっすか」


「その通り。そもそも、どうしてファイマンが君を殺そうとするのかだ」


 ニコは立ち上がった。


「実は、χ計画によってφ計画はほぼ無価値になったのだ。当然だろう。ペンで3人殺せる兵士が300人いるより、最強の兵器が1つプラス、何千何万丁の無限マシンガンの方が強いに決まっている。片や育成で片や生産なら、コストも比べるまでもないほど差が出る。だからファイマンとしても正規軍としても、χ計画をどうにかして中止に追い込みたいはずだ」


「え。でも、どっちもあった方が強いじゃないっすか」


「その通りだが、そんなことは関係ない。ファイマンはテロリストを引き連れて君を殺し、自らの価値を証明したく、正規軍はそれに目をつむっている。もっと簡単に言うなれば――」


「――面子めんつのため、か」


 言葉を継いだのはオークラーだった。呆れてものも言えないという様子だ。


「め、メンツぅ!?」


「そんなもののために俺たちの仲間が死んだってのか!」


 クレイが驚愕で、ロックが怒りでそれぞれ立ち上がった。しかしニコは、あくまでも冷静な態度だった。


「金が無限に使えると言っても、それが世界にバレたら面倒なことになるのは目に見えている。公的な資金は公的な予算から出さねばならない。どちらの計画も成功した一方で、不正隠蔽のため採用されるのはどちらかの計画のみ。国の直下にあたる正規の軍が、戦争に備えて最強の戦士を育てる計画。これならまだ世間に言い訳できるだろう。しかし軍をリタイアした者たちが企業で作った、人命も経済も徹底的に破壊できる兵器を作った計画。まさに最強だが……国民どころか世界中からバッシングされるだろうね。正規軍がどちらを採用したいかなど、目に見えているだろう?」


「ああ。リィラの言葉を借りるなら、本当にバカな大人どもだ」


 オークラーが立ち上がって、出口へ向かう。慌ててカイが追いかけてその手を掴んだ。


「ちょちょちょっ、どこ行くんすか」


「正規軍のところまで、少しな。すぐ戻る」


「なにをしに?」


「…………」


 彼女は黙った。やはり殴り込みのようだ。


「あの、めっちゃ失礼っすけど、オークラーさんまでバカになっちゃ嫌っすよぉ」


「私は冷静だ」


「冷静なら、今じゃなくてもいいじゃないっすか。まずは、深呼吸……してくれませんか。ね?」


「……分かった」


 意外と素直に受け入れ、大きく吸って、大きく吐いた。


「そうだな。お前の力も必要だ」


「へ? いや待っ……」


 腕を思い切り引かれる。それを引き返してどうにかその場にとどまらせる。隊員たちも加勢して、どうにかオークラーを引き留めたのだった。



――Lila――

 やっとオークラーが落ち着き、解散することになった。まずは大佐が情報を持ち帰るのを待とうということだった。


 カイはニコ博士に呼び出され、隊員たちは各々で好きに行動し、暇を潰している。


 いよいよリィラは手持ち無沙汰になった。暇だから、周囲の設備でも見ようかな。


 周りをきょろきょろと見回す。まず目に付いたのは、巨大なテレビ――の裏の動力つき固定アームだ。リィラはそれを、しげしげと見つめる。


 これでテレビの高さと角度をいじれるんだよなぁ。でも、使われた痕跡がなさそうだ。ホコリが溜まってる。どうせ同じ角度でしか見ないんだし、耐久年数だけで考えれば普通のアームでよくね? 病院とか、色んなところに人が座るような状況でもないと見たい人の角度に合わせる意味がねーじゃん。


 そんなことを考えている。


「なに見てるの?」


 クレイが興味深そうに見てきた。


「アーム。でも、動力なくてもよくない? これ」


「そ、そこなんだ……。本体じゃなくて」


「まーね。テレビって嘘ばっかだし」


 父のマーカスと出かけ、街のとあるダイナーで食事を取ろうとしたとき、ちょうどやっていたガジェットの番組がデタラメばかりで、ベースボールで自分の応援チームが負けているときの中年並みのヤジを飛ばしたことがあった。そのとき頭を叩かれたことまで覚えている。


「あんなつまんねーのやるくらいなら、授業でも放送すりゃいいのに。やっぱガジェットは基礎からやんなきゃね」


「そりゃ……ははは……」


 それこそつまらないじゃんと言いかけた口をどうにか閉じたクレイだった。


「んー。どっか他の場所にも面白いガジェットないかなー」


「じゃあ、オレも着いてくよ」


「なんで? やっぱ暇?」


「保護者……ということにしておけば、どこにいても言い訳ができる」


「いいね。行こ」


 リィラの探検――クレイ同伴――が始まった。


 まずはロビーから抜け、扉が立ち並ぶ廊下。


 ……の扉で立ち止まった。


「って、マジ? この扉使ってんの?」


「うん? この扉?」


 金属製で、見るからに重厚で頑丈なスライドドア。横のパネルで開閉し、セキュリティランクごとに通れるか否かを決められる。T.A.S.は襲撃を想定し、やや過剰に設備の防御力をあげていた。


 銃弾はおろか砲弾でさえ一発は耐えられる冷たい扉だが、リィラの目には開きかけの網戸ぐらいにしか見えていない。


「確かに強度は凄いと思う。でもこれ、ちょっと構造知ってたらすぐ開けられるよ」


「うっそ。やってみてよ」


「いいの? ぶっ壊れるけど」


「え? あーじゃあやっぱやめとこう。でもどうやって壊すんだ? 戦車で突っ込んでもこの扉だけは壊せないって聞いたことあるけど」


「Ppを下の溝んところに流し込む。溝から奥の方に流れてって、蒸発の熱が上ってくんだけど、構造的に奥の方に入ってる壁と扉との間のロックにそれが直撃すんだよね。で、ロックから熱が伝搬して、制御装置が麻痺して手で開けられるようになんの。これでよゆー」


「へぇ~。マジか。ってかそれ知ってるのやっぱすげえな。リィラちゃんしか知らないじゃないそれ?」


「た、確かに聞いたことないけど、これくらいなら基本中の基本だし? ほんと、なんで誰も気づかないのか不思議だわぁ」


 やたらとニヤニヤしながら答える。まんざらでもないようだった。


 廊下を進んでいき、売店に到着した。


「ここね。すっげぇこだわりだよね」


 リィラは同意を求める言い方をしたが、クレイにはなんのことだかさっぱり分からないようだった。彼には古くてガタのきている売店が見えている。


「えっと……どの辺が?」


「ほらレジとか分かりやすいじゃん。あれ、初期も初期型。さすがに吸引素子サクショナーだけはニードルレスだけどね。冷蔵棚とか、開き直ってんのかってくらい古い型なのにめちゃ綺麗に使われてる。うん十年前からこれを維持してんだよ」


「それは買い換えなかっただけじゃ……」


「いやだって、温度調節機能は新しい方が燃費がいいんだよ? ここじゃ売り上げもそんなにないだろうし、店を潰さないようにしてるだけで赤字になるかも。それでもあえてこの初期型っ! て感じ。渋いよね~」


 リィラのテンションの上昇についていけてないクレイは、すでにお父さんモードへと突入していた。夢でユニコーンを見た子どもの話を聞く父親の顔だ。


 それから階段を上がる途中で、リィラは上を見上げた。


「あれは……数世代前のハイグレードかなぁ」


「ハイグレードならいいんじゃない?」


「んー。いやでもやっぱさ、あのカメラは買い換えな。分解能……だっけな、が足りなくて、こう、画面がさ、ぼやっとしちゃう。今のカメラならローグレードでもあれ以上に綺麗だよ。えっとね……」


 そうしてリィラはいくつかの型と特徴を言う。しかし、やはりというべきかクレイにはさっぱり分からないようだった。


「……って感じ。まー、よーするにあれは、こういう広いところを見るのに使える画質じゃないよ。ズームしたらすぐ潰れる。侵入者の顔はちゃんと見れる方がいいでしょ」


「ああ。それは言っとくよ」


「意外と金ないんだね、アーミーって。悪いことしまくってるから儲かってるって思ってたけど」


「ここに来て、そんな悪いやつらじゃないって分かったろ?」


「まーね」


 リィラは振り返り様ににひひと笑った。


 階段を上って廊下に出た。扉がいくつか並んでいるが、初めて来るリィラには当然、どれがどの扉だか分からない。


「んー。なんか面白いとこない?」


「面白いところねぇ……」


 クレイは考えを巡らす。メインフロアには見学者のためのT.A.S.歴史資料室がある。成り立ちや、使用している兵器の紹介なんかがあるところだ。装備の実物をディスプレイしているコーナーもある。


 だけどこのリィラの感じからして――。


「わぁ~~~……っ! すっげぇ……!」


 リィラは目を輝かせる。クレイは装備の整備室に来たのだが、大正解だった。


「絶対に撃つなよ? 使うのもダメだからな? 絶対だからな?」


「分かってる分かってる! ねね、あのさ、その……」


 リィラはマシンガンの棚を見て、クレイに物欲しそうな、おねだりの視線を向けた。一瞬、苦い顔が返ってきたが、少し考えて頷いた。


「……ま、いっか。リィラちゃんならちゃんと直せるよな?」


「もちろん。やーりぃっ!」


 クレイからマシンガンを受け取り、作業台の上に置いた。戦場でメンテナンスをされることを想定し、スライドレールやピンでの取り付けが基本になっている。覚えるべきなのは、分解・組み立て手順と、フレームに挟まないようにする配線の流れ――。


 クレイは、入り口が見えなくなる位置に立って、小声になった。


「あ、あんまり大きい声は出すなよ?」


「はいはい……」


 リィラは台の引き出しからハンマーとドライバーだけを取り、作業を始めた。


 多くの火薬銃は機関部と銃身部とに分けられるが、マシンガンガジェット――PG社製R12A1はフレームが大半と、Ppを弾丸足らしめるガジェット部と、外部入力を受け付ける僅かな機関部とに大別される。


 まずは銃身後方のスイッチを押しながら、スライドレールで固定されたストックを外す。これはストックでありながら、マガジンとしての機能もある。ただ満タン状態なら撃てる弾薬はかなりの量になるため、とんでもない消耗戦にでもならなければ戦闘中にマガジンの交換をすることはない。


 リィラは次にストック側のレール内側にあるスイッチを下げた。これが遮断器ブレーカーだった。ストックからのPp供給を絶ち、事故を防止する。


「よく知ってるね、そこにスイッチあるの」


「よ~~~く勉強してるからさ、ガジェットのことは」


「お見それしました。オレなんてよく、スイッチ切っとくの忘れるんだよな」


「あっぶね~」


 次にリィラは、持ち手グリップの前方後方と、銃身回りの数ヵ所に点在するピンにドライバーの先を当て、ハンマーで軽く叩き押した。すると反対側からピンが抜けていくので、それを引っ張って取る。そして銃身を、銃口後ろのでっぱりを引っ張って引き出した。


 銃身は上部にひと筋の傷が付いたレバー用レール以外はスカスカだった。火薬銃は火薬の燃焼で生じたガスで弾を押し出すのだが、このガジェットはPpを押し出してから弾丸として形成していく。弾の行く先と通った場所に気圧差があれば損失になるため、弾を誘導するのに最低限な誘導レールだけでいい。他にも、形成のために与える情報伝達の損失を考え、レール外部と進むPpとの間に実物を挟みたくないという意図もある。


 しかし疑似物質と化したPpは『不気味なほど』硬いものだ。すると――。


「うわ。ちょっとちょっと」


「え? どうしたの?」


「銃身の交換サボってるでしょ」


 彼はぎょっとして、目を泳がせた。


「…………ひ、ひと目で分かる?」


螺旋レールライフリングが指で曲げれそうじゃんか。疑似物質は硬えから、磨耗しちゃうの。なんで交換しないの?」


「いや~……注文表を書くの面倒で……」


 そういうのは整備士の仕事じゃないだろうか。そんなことを思った。


 しかしT.A.S.では、兵器の構造理解促進と予算の都合で、隊員が各自できっちりとメンテナンスをするように呼び掛けられていた。そもそも隊員は、外国での任務や戦争を主とする正規軍崩れであるため、ノウハウもある。


 が、クレイのようにサボる者はサボる。彼はトホホとでも言いそうな顔で、予備の誘導レールと注文票を取り出した。


 彼がカリカリと書く間に、次の行程。銃身が無くなったことで中が空き、銃身上部レールで留められていた内部レバーが解放、少しのスライドで簡単に、上下のピカティニー・レール付きメインフレームが外れた。くっ付いたオプションがズレないよう丁重に置いて、内部のガジェットを見た。


 銃身の穴の部分に配置されたキリ穴に、適切な角度でフィールド照射口が配置されているのを眺め、リィラは「ふーん」と声を漏らした。


「実物ってこんな感じなんだ。思ったよりちっちゃい、照射器」


「そうなんだ。大きいと思ってた?」


「うん。弾を固める凝固場と、えー、重さを与える慣性化……と、えー…………っと」


 フレームを外した本体の方を見る。あるのは3種類のフィールド生成器。凝固場のためと、質量付加のため。そして、反発のため。


「あ、そうそう。反発化で押し出すやつ。弾を押し出すためのね。Ppを反発化させるのは根っこなんだけど、それを押し出すやつが途中にもあんの」


「ああ。そういう感じね?」


 よく分かっていない返事。だがリィラは、村でもこんな感じだったので大して気にしていない。


「でも、その3種類ともが、どうしてそう一緒くたになってるんだ? しかも銃身の途中で。ぜんぶ根っこでいい気もするけど」


「マシンガンだから、撃つのに弾の生成が間に合わないといけないんだよ。だから、完成しないままで撃っちゃって、銃口ここから出るまでに作りきっちゃう。小分けにしてるのは、場がPpに起こした変化が中まで届くようになんだって」


 一気に、かつ一瞬でやろうとすると、Ppの中まで効果が及ばないことがあり、想定していた数値にマイナス誤差が出ることがある。表皮効果ともいう。


「へぇ~。あ、もういっこ思ってたんだよ。そういえば」


 クレイは面白そうに、腕まで組んで質問をした。


「その照射装置、並んでるだろ? 最後のひとつを切ると、むしろ殺傷能力が上がる、なんて聞いたことがあるんだけど、本当か?」


「うん。そうらしいよ。えぇっと、凝固しきんないで撃つと、弾が柔らかいから貫くことはできないんだけど、なんだっけ、エネルギーが全部こう……掛かってくる、だっけな。身体の中で爆発みたいな感じで広がるとかなんとか」


 現世ではダムダム弾として有名な、柔らかい弾頭と同じ原理だった。着弾と同時に身体の内部へ、砕けた欠片が炸裂し、肉をボロボロにしてしまう。Ppプロト軟弾はこの世界でも禁止されていた。だが、こっそりやる者はいる。


「マジか。32の奴ら……」


「え? やってんの?」


「やってるって、自慢げに言いふらしてるんだよ。いくらなんだってやりすぎだ」


「ヤバすぎ」


 ロクでもない部隊がいたものだ。そう思った瞬間、ひとつのことに気付いた。


「T.A.S.の悪い噂ってさ、もしかしてさ、32のせい?」


 そう言うとクレイは、苦い顔をした。


「そうかもな。あんまり明るい話じゃないけど、T.A.S.は町のみんなから嫌われてる。なんというか、それに応えちゃう奴らもいてさ、32はそういう奴らが集まっちゃったんだ」


 憎悪の連鎖。憎んでいるから憎まれるのか、憎まれるから憎むのか。互いが互いに成り立つループ。リィラにそんな難しいことは分からないが、少なくともT.A.S.が悪の組織じゃないという確信は得た。


 どこでも、悪い奴はいる。そういうもんかな。リィラは首を振り、目の前の楽しみに戻った。


 ふと照射器のレンズを拭くと、指にカスが残る。


「なんでもいいけど、磨いときな。同じになりたくないでしょ」


「う……。ちゃ、ちゃんとメンテナンスするよ」


「ふふ~ん」


 リィラはいたずらっぽく、半目で微笑んでみせた。


 残りも解体し、観察し、満足したらまた組み立てた。切ったスイッチ、抜いたピン、レバーの位置。きっちりと戻す。


 慣れていないだけゆっくりだが、その正確さにはクレイも目を見張った。ひとつも手順が抜けていない。そのうちに、誘導レール交換含むメンテナンスが終わった。


「うん。満足した」


「すごいね、やっぱり。マシンガンの解体と組み立ては新人の壁なんだぜ?」


「ふふん。――あ、これ、レーザーサイトじゃん。なんで使わないの?」


 舌の根も乾かぬ内に、別のガジェットに食いついた。ピカティニー・レールに取り付けられるオプションだった。


「最近仕入れてくれたらしいんだけど、今まで使ってなかったし、オレたちは無くても十分に当てられるからなぁ。わざわざカスタムの数を増やすのもメンテが……」


「でもそれ、訓練された構え方ができるときだけじゃん。怪我とかで慣れてない撃ち方をするのに役に立つよ」


「ん? それは……確かにそうだな」


 リィラのエンジニア観の基本には、常に『使われること』がある。それは経験則ではなく、事故の事例紹介や、安全性に関するデザインの本で教科書的に学んだことばかりが根幹にあった。


 基本をしっかりと押さえ、しっかりと考えて読んでいたからこそ、いつしかガジェットが使われるあらゆるパターンを予測できるようになっていた。


「ま、付けとくだけなら損しないって。――あっ!」


 リィラは次に、箱の中のグレネードを発見する。詰めるというよりは、空き箱に放り込んだだけのようなものだった。


「バッカ。ダメじゃんこんな詰め方して。これ買った箱から出して入れたんでしょ」


「そ、そうだけど。そんなにダメかな? そうした方が場所とらないし……」


「あのね。グレネードの中のPpが漏れて蒸発したら爆発しなくなるし、こういう詰め方したら蒸発の熱がこもって暴発するよ」


「ま、マジぃ?」


「グレネードって、輸送中とかに爆発したらヤバいからかなり安全性を高めてんの。その代わりPpが抜けやすくて初期不良率が高くなってるって、聞いたことない?」


「あ~、訓練の時に聞いた気が……」


「だからケースに個別に入れられてんの。説明書見てないの? ちゃんと熱が逃がせるようになってるし、Pp漏れしちゃったグレネードの周囲のスポンジが変色するようにできてるって書いてたでしょ」


「いやぁ……」


「こーいうの買ったら、まずテキスト全部読む癖つけなよ。ざっとでいいからさ。説明書って、使い方が分からない人のためにわざわざ書いてんの。これ危険物中の危険物だからね?」


「……すんません……」


 怒濤の説教に、クレイはついに萎縮し始めた。


「ケースは?」


「えぇと……まぁ、その、かさばるんで……捨てました……」


「んもー。じゃあ精密計り持ってきて。ちゃんと重さ計ってチェックするよ」


「え、今?」


「どうせ暇なんだから整備するッ! ほら持ってきて! ついでに全部の装備やるから覚悟決めて!」


「ひぇえ……」


 後に、プロレベルの整備をしたとして、リィラに記念メダルが、クレイに特別給与が出たのだった。

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