第29話 モンストル共和国

 二日後の夕方、私は自宅に戻って着ていた。住み込みでアーダルベルト伯爵邸のメイドになる私は、自宅に二度と戻って来れない覚悟をしていたが、アーダルベルト伯爵邸の執事に任命され、自由に行動することが許されていた。特に自宅に戻る理由もなかったので、戻る必要はなかったのだが、明日【不滅の欲望】のアジトに行くにあたり自宅でゆっくりとソルシエールの事を考えたいと思っていた。そして、もしルティアが戻っていたのなら近況を報告すべきだとも思っていた。


 自宅に戻ると誰もいなかった。以前なら私が家に帰るとソルシエールが笑顔で出迎えてくれて、その後ろからルティアが顔を覗かせて私が無事に帰って来るか不安げな表情をして待ってくれていた。


 しかし、ソルシエールは殺されてルティアはモルカナと一緒に亜人連合の元へ行った。



 「なんでこうなったのかしら」



 私はデンメルンク王国を逃げ出しこの地に移り住んで10年経過した。平和な毎日とは言えないが、3人で協力して幸せな日々を送ることが出来ていた。しかし、ロワルド男爵の一件で全てがぶち壊されてしまった。



 私は真っ暗な部屋で明かりも付けずに自分の部屋に向かった。暗闇でも家の間取りは体に染みついているので、気が付くと自分の部屋に辿り付いていた。



 「ソルママ・・・絶対に仇はとるからね!」



 月明かりが照らされる部屋で私はベッドに俯せになって涙を流しながら呟いた。



 「会合にはソルママを殺した犯人がいるにちがいない。絶対に・・・」



 【不滅の欲望】の会合の出席者にソルママを殺した実行犯が居る可能性は低いと私は思っていた。しかし、居て欲しいという願いは大きくなるばかりである。


 私は10年間3人で過ごしてきたこの家の思い出を振り返りながら静かに眠りに着いた。




 『ピィ―――― ピィ―――― ピィ――――』



 アーダルベルト伯爵邸で笛の音が鳴り響く。



 「何があったのでしょうか?」



 笛の音が鳴り響く中、驚いた様子もなく淡々とアーダルベルト伯爵が呟く。



 「伯爵様、町に敵襲が現れたそうです」


 

  ロリポップの顔は青ざめていた。



 「敵襲とは?」


 「双頭の龍の旗を掲げていたのでモンストル共和国の軍隊です。兵は1000人規模の連隊だと思われます」


 「バトルクワイ公爵様が配備させている衛兵はどうしているのですか?」



 ゾンダークの町の領主はアーダルベルト伯爵であるが、バトルクワイ公爵から土地の管理を任されているだけなので、本来の所有者はバトルクワイ公爵である。町を守る義務は両者にあるのだが、ゾンダークの町ではバトルクワイ公爵が町を守るための衛兵を駐屯させている。しかし、ここにも複雑な仕組みがありバトルクワイ公爵が直接衛兵を送り込んでいるのではなく、傭兵を集める事を生業とする貴族が絡んでいる。


 町の全てを1人の領主に任せると、領地を乗っ取られる可能性もあるので、このように武力を分割させているのである。



 「大半は町を守らずに逃げ出したと聞いています」


 「なぜ?逃げ出したのでしょうか?」


 「モンストル共和国は【人工称号】に成功しました。なので、多くの兵士がなにかしらの【称号】を持っています。しかし、公爵様経由で町を守るイキリーゼ子爵の衛兵は500名、そのうち【称号】を持っている衛兵は200名と聞いています。なので、衛兵たちは勝機はないと判断して逃げ出したのでしょう」


 「そうですか・・・。ところで、私の配下の衛兵たちはどうしているのでしょうか」


 

 バトルクワイ公爵を送り込んだ衛兵だけでは有事には対処できないので、アーダルベルト伯爵自身も町を守るための衛兵を持つことは許されているが、人数に制限がある。もちろん、内乱を防ぐためであるが、他国が攻め入った時には仇になる策である。



 「逃げ出さずに戦っていますが、町を守りきることは出来ないでしょう」


 「そうですか。やっと私もまともな領主としてやっていけると思っていたのですが・・・」


 「伯爵様、逃げましょう。町民たちには申し訳ありませんが、今の戦力では勝てる可能性はないでしょう」


 「わかりました。でも、クローヴィス達がいれば結果も変わっていたでしょうか?」


 「それはありえないでしょう。モンストル共和国は飛ぶ鳥も落とすほど勢いのある国です。エールデアース帝国も一致団結しなければ取って食われる事になるでしょう」


 「私は詳しい事情は知りませんがそれほど強国なのですね」


 「はい。総人口はエールデアース帝国に比べて30分の1程度ですが【称号】の保有者は4倍といわれていますです。【称号】の数=戦力なのです」


 「いずれはモンストル共和国の時代が来るのでしょうね」


 「その可能性は高いと思いますが、モンストル共和国が発明した【人工称号】の弱点があれば局面は変わると思います」


 「そうですか・・・。しかし、せっかくアルカナさんが屋敷の建て直し計画を立案してくれたのに逃げ出すのは残念です」


 「はい。私も後ろ髪を引かれる気持ちですが、死んでしまったら意味がありません」


 「ロリポップさん、どこへ逃げるのでしょうか?」


 「伯爵様の領地内にあるモンタークの村に避難します。彼らの目的は主要都市を制圧することですので、森の奥にあるモンタークの村なら安全です」


 「わかりました」



 ロリポップはアーダルベルト伯爵と数名のメイド、兵士を連れて屋敷から逃げだした。




 

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