第十四話 奇跡

「ううん……あれ、ここは……?」


 メアさんは、寝ぼけ眼を僅かに動かしながら、辺りの様子を伺う。その姿を、アルバート様達は身体を震わせながら見つめていた。もちろん……私も。


 確かに死んでいた人が、こうして目の前で動き、声を発している。アルバート様の魔法は……成功していたんだ!


「アタシ……あの時、お兄様を守って死んじゃったのに……」

「メア、僕だ! アルバートだ! わかるかい!?」

「メア……ああ、メア……!」

「お兄様……お母様……? それに、みんなも……」


 驚いて声が出なかったり、嬉しさのあまり感極まって泣いてしまったりと、色んな反応が包み込む中、メアさんは嬉しそうに口角を上げた。


 生きている時に面識がなかった私ですら、思わず涙ぐんでしまうほど嬉しいのだから、一緒に過ごしていた人達の喜びは計り知れないだろう。


「……そっか……お兄様……魔法がついに出来たんだね……だからアタシ……」

「どうしてそれを……?」

「アタシ、ずっと見守ってたんだ……皆の事……だから、全部知ってるよ。ごめんね、突然バイバイしちゃったせいで……みんなを悲しませちゃった……」


 弱々しい声と共に、メアさんは震える手を上げようとする。それを、アルバート様が力強く握った。


「メアが謝る事など無い! 僕は……ずっと後悔していた……謝りたかった! 僕のせいで、メアに痛い思いをさせてしまって、本当にごめん……!」

「……アタシ、全然怒ってないから、謝らないで。お兄様を守れた事、凄く嬉しかったんだもん」

「う、うぅ……あなたは本当に優しい子だわ……」

「お母様、泣かないで……お母様は泣いてるよりも、笑ってる顔の方が綺麗だよ」


 アルバート様にお義母様の元へと手を持っていってもらったメアさんは、お義母様の頬を伝る涙を拭った。


 ……ああ、本当に仲の良い家族なんだな。本当に……心の底から羨ましい。私にも、あんな家族がいれば……なんてね。もしもの事を言っても仕方ないか。


「ぐすっ……そうね。泣くのはもう終わりにしましょう。これからは、家族揃って楽しく――」

「お母様、それは……出来ないよ」

「メア、何を言っているんだい……?」

「アタシには……わかるんだ。またみんなとこうしてお話しできるのは……今だけ。もうすぐ、アタシはまた旅に出るよ」


 あまりの衝撃的な発言に、その場にいた全員が固まった。それと同時に、部屋の空気が一気に重たくなった。


「馬鹿な!? 僕の魔法は完璧だった! なのにどうして!?」

「アタシ、わかるんだ。死んじゃった人はね……みんなバイバイなんだよ。今回の事は……お兄様が頑張ったから、神様がくれたご褒美。そのご褒美も、ずっとじゃないんだよ」


 ……もしかして、蘇生させる事は出来たけど、ほんの数分しか持たないって事……? なんなのそれ、喜ばせるだけ喜ばせておいて、また絶望に叩き落とすなんて……酷すぎるわ!


「お兄様、いつもアタシと遊んでくれてありがとう。そして、アタシが生きてる時に言った事……明るい方が素敵だよって言葉、覚えていてくれたんだね」

「あ、当たり前じゃないか……メアやみんなを心配させないように、ずっと明るくしていたさ!」

「でもね、もう無理しなくていいんだよ。お兄様はたくさん頑張ったんだから、少しお休みしないと」

「メア……!」


 悔しさのあまり、唇をかみ過ぎて血を出すアルバート様。それとは対照的に、メアさんはとても穏やかな表情を浮かべていた。


 まだ幼いと思っていたけど、とても強い子だ……いや、見ていて痛々しいくらいに、強く見えるようにしているんだ。そうじゃないと、皆が悲しむと思って……。


「お母様、アタシを生んでくれてありがとう。お父様が家を出ていってから、寂しがってた私を、ずっと慰めてくれてありがとう。短い時間だったけど、アタシの人生は……とっても……とーっても幸せだったよ。お母様の子供で……本当に良かった」

「そんな事を言わないで……またみんなで一緒に……」


 すがるような声で懇願するが、メアさんはほんの僅かだけ首を横に振った。


「ねえ、お姉ちゃん……」

「え、私……?」


 まさか話を振られると思ってなかった私は、思わず姿勢を伸ばして返事をする。すると、それが面白かったのか、メアさんは少しだけ笑ってくれた。


「うん……お兄様の恋人さんだよね?」

「恋人というか、婚約者というか……」

「そうだよね。お兄様と一緒にいてくれて、ありがとう……ずっとお礼を言いたかったんだ。お兄様は本当は内気だし、好きな事を話しだすと止まらなくなるけど……これからも……一緒にいてくれると、嬉しいな……」

「……ええ、もちろん。この命が尽きるまで、私はあなたの大切な家族と共にあるわ」


 この一件が終わったら恩返し終了だなんて、これっぽっちも思っていない。


 私は、前世でも現世でも幸せになれなかった分、ここの人達に良くしてもらった。その恩をどれだけ時間をかけても返すつもりだ。


「……そろそろ時間みたい。またみんなと話せて……嬉しかった」

「嫌……嫌よ! メア、逝かないで……!!」

「大丈夫だよ、お母様……アタシはずっと見守ってるから。それに……これは少しの間バイバイするだけだから。また……いつか会えるから」

「うっ……うぅ……どうしてこの子が……こんな悲しい目に合わないといけないの……」

「これも……ウンメイ? だから仕方ないよ。でもね、突然お別れする人だってたくさんいるのに、アタシはこうしてまたお話できて、たくさん愛されてたって……またわかったから、幸せなんだ。だから……笑ってほしいな」


 純粋で、とても残酷なお願いだ。それでも……お義母様は涙をボロボロと零しながらも、無理やり笑顔を作って見せた。それが……きっと母親としてできる、最後の愛情なんだろう。


「……僕は……メアにまた笑ってほしかった……また元気に走り回ってほしかった……なのに、どうして……どうして……!!」

「その気持ちだけで、十分だよ。もうお兄様は、たくさん悲しい気持ちになったんだから……これからは、幸せになって。後ろを向かないで、前を向いてほしいな……」


 メアさんにお願いされたアルバート様は、目を閉じて深く息を吐いた。その時にどんな葛藤があったかはわからないが、次に目を開けた時には……もうあの死んだ目ではなくなっていた。


「……それが、メアの望みなら……僕はその望みを汲み取ろう! これからは前を向いて生きる!」

「うん、それでこそだよ。ありがとう、大好きなお兄様……」


 アルバート様に屈託のない笑顔でお礼を言ってから、メアさんはみんなの姿を順番に見始めた。


「みんな、愛してくれてありがとう。お兄様、愛してくれてありがとう。お母様、愛してくれてありがとう。アタシ、とっても……とーっても! 世界でいっちばん幸せだったよ!」


 その言葉を最後に、メアさんの体から先程の光が一気に放出されていく。そして、光がなくなると……そこには既に冷たくなったメアさんの姿があった。


「メア……メア……私のメア……!」

「フローレンス様、上に戻って少し休みましょう」

「ええ……情けない母親でごめんなさい。先に戻って休むわね……」

「わかりました。みんなも先に戻っていてくれ。僕は後始末をしないといけない。あ、フェリーチェは残っててほしいな」


 本当に別れになってしまった事に耐えきれなくなり、泣き崩れてしまったお義母様は、使用人の手を借りて部屋を出ていった。


 残されたのは、私とアルバート様だけ。何とも言えない、重苦しい雰囲気が漂っていた。


「アルバート様……」

「……フェリーチェ……僕のしたことは、間違っていたと思うかい?」

「え?」

「僕は完全に蘇生させるつもりだった……しかし失敗した。メアや母上……それにみんなに、また別れるという悲しみを与えてしまったんだ」

「いえ、間違ってません。確かに今は悲しいかもしれませんが……きっと今日の出来事は、未来に目を向ける為に必要だった事だと思うんです」


 私の言葉に反応して、顔を上げるアルバート様。その目は、なにかを期待しているような目だった。


「あなたは伝えたかった事を伝えられた。そして、みんなお別れを言えた。これはあなたのたゆまぬ努力と、神様からの奇跡です」

「奇跡……」

「はい。奇跡というには、全てが望む結果ではなかったかもしれません。でも……メアさんの為にも、未来に目を向けましょう。きっとそこには、とても幸せが広がっているはずです」


 ……自分で言ってて恥ずかしすぎて爆発しそうだし、言ってる事が滅茶苦茶すぎて死にたくなるくらいだけど、私の気持ちは全て伝えられたはずだ。


「ありがとう、フェリーチェ。僕はもう泣かない。もう振り返らない。メアが安心して眠れるように……そしてみんなと一緒に過ごす為に、前を向くよ。そして……いつかメアと再会した時に、笑って報告するんだ」

「はい、それがメアさんを安心させる方法です」

「でも……今だけいいかな」


 何をと聞く前に、アルバート様は私に抱きついた。そして、そのまま体を小刻みに震え始めました。


 ……いいんですよ。思う存分吐き出してください。そして、吐き出したら……また一緒に頑張りましょうね。

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