第十二話 あなたが好きです

 アルバート様を助ける為に動くのは良いが、何をすればいいんだろう? とにかく冷静に動くのよ、私。焦っても事態は好転しないわ。焦らず、でも急ぐのよ。


 一、アルバート様に亀を逃がしてもらう。あれがいるから苦しんでいるのだから。でも、折角見つけたものを彼が手放すのは考えいにくいし、そもそも捨てられるほどの余裕が、今のアルバート様にあるのだろうか?


 二、私が助けに行く。これは正直論外だろう。泳げないし、私まで魔力を吸われて動けなくなったら、二人揃って魚のエサになってしまうもの。


 三、命綱を引っ張って、こっちに引き戻してから、私が亀を手放させる。もし魔力を吸われて倒れても、川の中じゃなければ、倒れて溺れたりしないから、まだ助かる可能性がある。遅くなれば、御者が様子を見にきてくれるはず。


 うん、これが一番現実的だ、これでアルバート様を助けよう!


「待っててください、今引き上げますから……ふぅぅぅぅぅぅん!!!!」


 流れの早い川と、アルバート様の体重。それに加えて、アルバート様に余裕がないせいで、紐を手繰り寄せるような事もできないせいで、中々引き寄せる事ができない。


 これでは、私が疲労でパフォーマンスが鈍るか、魔力が吸われ切ってアルバート様が倒れるかのどちらかになるのは明らかだ。


 どうすれば……このままじゃアルバート様が! 人生をかけて研究をしてきたというのに、完成目前でこんな仕打ちなんて、ありえないわ!


「……もうこれしかない! 上手くいく保証なんてゼロだけど……やらなかったら後悔するわ!」


 私は出来る限りアルバート様の近くに行くと、両手を突き出して、そこに漆黒の魔法陣を生み出した。


「ぼ、僕は大丈夫だから……逃げろ!」

「逃げません!」

「逃げてくれ!! 僕はもう、大切な人を失いたくないんだ!!」

「私だって、初めて出来た大切な人を、失いたくありません! あなたを助けます!!」

「フェリーチェ……」


 私は亀の入った袋を目掛けて、唯一使える魔法を放つ。


 私の魔法は、対象者に小石をぶつけられたような痛みを与えるだけ。でも、小石だって使いようだ。亀の小さな頭に何度も当て続ければ、いつか気絶させるくらいは出来るはずよ!


「それ以上、私の大切なアルバート様を虐めないで!」

「――――」


 私の声が届いたのか……アルバート様を包む光が消え去っていった。


「だ、大丈夫ですか!? 今引っ張り上げますから!」


 亀の魔力吸収から解放されて少し余裕が出来たからから、アルバート様も紐を手繰り寄せてくれたおかげで、なんとか岸まで引っ張る事ができた。


「助かったよ……まさかここまで吸収力が高いとは……完全に甘く見ていたと言わざるを得ないね」

「私もビックリしました。怪我とかは?」

「大丈夫だよ」


 アルバート様は、頼りない足元で立ち上がる。それが今にも倒れそうで心配で……思わず駆け寄ってしまった。おかげでビショビショになった私の前で、彼は片膝をつき、手の甲にキスをしてきた。


「あなたは命の恩人だ。この恩はいつか必ず」

「あ、あのその、大げさかと……」

「大げさなものか! 君がいなかったら僕は……! それにあの闇魔法! 確かに威力は低いかもしれないが、使い方でどうにでもなるというのを見せてもらった! うっ……」

「ああもう、無理はしないでください! とりあえず休みましょう。幸いにも、マッチは持ってきてるので、焚火をして暖まりましょう」


 一旦川から離れた私達は、落ちている木の枝を拾って火をつけると、それに当たって暖を取り始めた。


「暖かい……それにしても、どうしてうまくいったのだろう……?」

「何がだい?」

「あの亀って、魔力を吸収する性質じゃないですか。だから、魔法を使っても無効化されると思ってたんです」

「恐らくだが、君の魔力は闇属性という特別なものだ。だから、普段から得ている魔力と違った影響で、咄嗟に吸収が出来なかったんじゃないかな?」


 すぐ隣に座りながら仮説を立てるアルバート様に、私は頷いて見せる。


 なるほど、言われてみればその可能性もありそうだ。私のこの変な魔力にも、良い所があったという事ね。まさに不幸中の幸いだわ。


「さて、温まった事だし、早く戻ろうか!」

「何を言ってるんですか! まだ休まないと!」

「のんびりしていたら心配をかけてしまうだろう? それに、早く帰って研究を――」


 勢いよく立ち上がったアルバート様だったが、そのまますぐにフラフラとし始めてしまった。


 やっぱりまだ急に魔力をたくさん吸収された影響が出ているわ。ここで無理をしても……って、フラフラするどころか、倒れそうになってる!


「あ、危ない!!」


 アルバート様を助けようとして、体を支えようとしたけど、非力な私には支える事なんて出来るはずもなく……二人仲良く倒れてしまった。


「いたた……大丈夫ですか?」

「ああ、なんとか……」

「…………」

「…………」


 目を開けると、私の前にアルバート様の綺麗な顔が間近にあった。それこそ、目と鼻の先という表現がピッタリだ。


 こ、こんなに近くに……私が下になっているせいで逃げられないし……マズイ、ドキドキしすぎて体の震えが止まらないわ。


「フェリーチェ……」

「あ、アルバート様……」


 元から近かった顔が、段々と近くなっていく。このままいけば、私は二度の人生で初めての……とはならず、アルバート様は凄い勢いで私から離れた。


「えっと、アルバート様?」

「あ、危なかった……まだ正式に結婚をした訳じゃないのに、こんなのは早すぎる!」


 ……言われてみれば、私達はまだ正式には結婚したわけではない。両家で婚約自体は成立しているけど、結婚式を挙げてないし。


 アルバート様の家でお世話になるようになってから数カ月しか経っていないとはいえ、ずっと一緒にいるから、すっかり結婚した気になっていたわ……。


「アルバート様って、とても真面目なんですね」

「真面目? どうしてそう思うんだい?」

「だって、正式に結婚をしてからじゃなきゃ、キスをしてはいけないなんて決まりはないでしょう?」

「それはそうだけど……ほら、結婚をする予定とはいえ、まだ君からしっかりと好意を伝えてもらってないだろう! 好きでもない男からそんな事をされるのなんて――」

「好きですよ、とても」

「……は?」


 流れるように自分の気持ちを伝えると、アルバート様は間抜けな声を漏らしていた。


 きっと私が好きと言われた時も、こんな顔をしていたのだろうな。


「い、今なんて言った? もう一度言ってくれないか!」

「何の事ですか? 私にはさっぱりです」

「なんでそんな意地悪な事を言うんだ!?」


 いつもと違って焦っている姿が面白くて、私はついアルバート様をからかいながら、クスクスと小さな笑みを漏らすのだった――

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