第十一話 私の人生

 思わず口を滑らせてしまった事を後悔しながら、私は何とか言い訳を考える。しかし、この場を切り抜けられる言い訳が何一つ思い浮かばなかった。


 ……いや、アルバート様は私を妻として、家族として辛い話をしてくれたんだ。私だって、隠し事をしてちゃいけないわよね。


「信じてもらえないと思いますが……私には、前世の記憶があるんです。それも、この世界じゃない記憶が」

「それは随分と興味深いな……! ぜひ聞かせてくれないか!」

「は、はい」


 想像の何倍も食いつきが良くてビックリしながらも、私は前世でどういう生活をしていたのか、どうして思い出したかの経緯を話した。


 こうして話していて改めて思ったけど、私の人生って、アルバート様と婚約をしていなかったら、全くと言っていいほど救いがないわね。自分の事なのに笑いたくなる。


「働きすぎて自殺……家族に見捨てられたキッカケで……」

「アルバート様? そんな震えてどうしたんですか? もしかして疲れで体調が?」


 アルバート様の体調を心配した矢先、私はアルバート様に強く抱きしめられた。


 え、えっと……何がどうしてこうなったの? 突然の事すぎて、頭が全く回らない。


「今まで本当によく頑張ったね……フェリーチェは本当に偉いよ。今まで辛かった分、僕と一緒に幸せになろう!」

「……アルバート様……ありがとうございます……」


 抱きしめられて驚いてしまったけど、アルバート様に慰められたのが嬉しくて、私は声に出さずに涙を流す。それをわかっていたのか、アルバート様は何も言わずに、私の事を抱きしめ続けてくれた。


「落ち着いたかな?」

「はい、なんとか……」


 どれだけ泣いていたのかはわからないけど、なんとか落ち着いた私は、腫れぼったくなった目を擦りながら、アルバート様にお礼を言った。


「こんな話を信じてくれたうえに、慰めてくれてありがとうございます」

「僕の方こそ、話してくれてありがとう」


 正直、前世とか信じられなくてもおかしくないのに、アルバート様は一切否定せずに聞いてくれた。それが嬉しくて……私もこの人の事が好きなんだと、初めて自覚をした。


「それにしても、前世の記憶……しかも異世界か。なんともそそられる話じゃないか! 詳しく聞きたいが……今は目的を達成する事を優先しようか!」

「はい、行きましょう!」


 十分に休んだ私達は、再び手を取り合って目的地へと進んでいく。本当はゆっくりと行った方が安全かもしれないけど、日が暮れるまでには戻らないと。暗くなった森は危ないからね。


「……おや、水の音が聞こえてきたね!」

「本当ですね。きっともうすぐですよ!」


 ようやく目的地が間近に迫ってきた興奮で、私達は駆け足で木々の間を抜けて進むと、そこには広大な川が流れていた。


 結構水は深そうな感じだけど、水底が見えるくらいには、水の透明度が高い。それに、太陽の光に照らされていて、とても綺麗だ。


「綺麗ですけど、結構流れがありますね……それにとても広い」

「この中から亀を探すとなると、時間と体力がいくらあっても足りないね」

「早くしないと、産卵を終えていなくなってしまうかもしれないですよ!」

「そうだね。ここは僕に任せてくれ!」


 そう言いながら、アルバート様はスッと右手を突き出す。すると、手の先に綺麗な青い魔法陣が生成されていた。青という事は、アルバート様の魔力は水属性なのね。


「魔法で解決できるのですか?」

「少し違うかな! 今からするのは魔法じゃない……ただ魔力を放出するだけさ!」


 アルバート様は魔法陣から零れた小さな水滴を、水面に垂らした。すると、水滴が落ちた所から、ぼんやりとした光が一面に広がっていった。


「わあ、綺麗……」

「目的の亀は、魔力を外部から貯めて糧としている。それなら、魔力をこうして供給すれば……」


 そこで言葉が途切れてしまったせいで、どういう事かわからなくなった私は、小さく首を傾げていると、ぼんやりと光る水面の一部だけ、なぜか不自然に光が途切れていた。


「見つけた! 亀はあそこにいる!」

「もしかして、魔力を吸収してるから、あそこだけ魔力が無くなって……」

「さすが、フェリーチェは賢いね! 亀がいる所だけ、僕が供給した魔力が無くなるから、ああやって悪目立ちをするって寸法さ!」


 なるほど、手当たり次第に探すよりも、その方が確実だし効率的だ。私には思いつかなかった方法を瞬時に思いつくなんて、さすがとしか言いようがないわ。


「流れはそこそこ早くて危ないから、フェリーチェはここで待っててもらえるかな」

「そんな……わ、私も一緒に……」

「顔が引きつってるよ。何か行きたくない理由があるんだろう?」

「うっ……じゃあ、何かお手伝いは出来ませんか?」

「うーん……わかった、それじゃこれを近くの気に巻きつけてくれないかな? 一応の保険さ!」


 アルバート様は再び魔法陣を作ると、そこからは青白い綱が生み出された。前世の世界にあった、綱引きに使いそうな太い綱だ。


 なるほど、これを命綱にするって事ね。流れがあるから足を滑らせたら危ないものね。


 本当は私が助けに行ければいいんだけど……私、とんでもないカナヅチなうえに、水に恐怖心を持ってるから、出来れば水に入る以外の事で手伝いたかったのが本音だったりする。アルバート様にはバレバレみたいだけどね。


「えっと、この大きな木に……ごめんね、ちょっと失礼するわ……えいっ!!」


 受け取った綱を持って木の所に行くと、ほどけないように強く結びつけた。これで何かあっても大丈夫だろう。


「準備出来ましたー!」

「ありがとう! よし、念の為にもう一度探知をして……あそこだな」


 ズンズンと進んでいくアルバート様にヒヤヒヤしながら見守っていると、川の真ん中で足を止めた。


 あの辺りが、光が不自然だったところだけど……まだいるのかしら?


「魔力を吸収するくらいだ……きっと強い魔力があれば、食いついてくるはず……」


 少し遠くだからよくわからないけど、多分なにか魔法をしようとしているのかしら? 魔法陣を出して……あら、魔法陣を水に突っ込んじゃったわ……。


「さあ、食いついて来い……ここに極上のエサがあるぞ……」


 しゃがみ込んだまま待つ事数分。アルバート様は突然立ち上がり、私の方を向いた。そして、その手の中には……真っ白で美しい亀の姿があった。


「やりましたね!」

「ああ! 魔力を餌にすれば食いつくと思ったんだけど、上手くいってよかったよ!」

「これで研究も……え?」


 喜んだのも束の間、アルバート様の持ってきた、肩掛けの鞄に入れられた亀が、突然光り始めた。その光は、アルバート様の体をどんどんと包み込んでいく。


 そう――まるで、絶対逃がさないと言わんばかりに。


「こ、これは……いやまさか、こんな急速に奪えるとは……!!」


 光に包まれたアルバート様は、その場で激しく苦しみ始めた。


 い、一体何が起こったの!? 早く助けに行かなくては! アルバート様、待っててください! 必ずお助けしますから!

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