第3話 住んでいた村の話

 トリートーニス湖のほとりから騎馬兵を見つめました。

 南の国へ向かっていきます。

 

 もう少しで南の城に着くことになりそうです。たくさんの荷物を積んだ馬車が走ってきました。ただ、昨日から頭痛がしていました。今日は湖の近くで休憩をとることにします。畔にある大木に寄りかかると、遠くから妻の声が聞こえてきました。彼女が手を振っていました。

 

  

 妻がうさぎ狩りから帰ってきました。

 体長は約3メートルほどあり、マウンテン・ラビットの亜種に違いありません。マウンテン・ラビットを狩るには大人3人が必要です。しかし、彼女は片手でそれを持ち上げ、私の方に向かって走ってきました。

 

 

「体調は良くなったみたいね」と、妻の声がします。

「昨日に比べると、ずっと気分が良くなっている。多分、馬に乗りすぎたからだろう……」

 私はストレッチしていました。


 ささいな会話をしてから、妻は素手でマウンテンラビットの亜種を解体していました。血の匂いに誘われ、小さな魔物がたくさん湖から出てくると、魔物たちは彼女とマウンテンラビットの姿を見つめています。コソコソと近くにある肉の塊を湖まで引きずっていき、湖の中に隠れると、顔だけ出してまた妻の姿を見つめているようでした。彼女は小さな魔物たちを気にすることはありませんでした。



 辺りが暗くなる前に、私たちは寝るための準備をすることにしました。

 大きな湖に太陽が落ちる光景を見ながら、いつか海を見たいと思いました。海の神ネレウスの神話に憧れていたからです。神ネレウスであれば私が偽の勇者であると予言をしてくれることでしょう。いつかそのような日が訪れることを期待するしかなかったのです。



 

 食事をしながら妻が話しかけてきました。


「あの村のことをどう思っていたの?」と、妻は真剣な顔をしながら私に言いました。

「僕たちは追い出されてしまったからね、あの村から……」と、私は笑っていました。


 

「結婚を申し込んだ時、村を壊してほしいと依頼をすると思っていた」

「それは怖い話だね……」

「そう、あの時、精神的におかしくなっていたのかもしれない。それに、あなたにそう言ってほしかったのかも……」

「まるで世界の終わりでも待っていたかのようだ」


「願望はなかったの?」

「ぼくは、あの村から君を守ろうとしていただけ……」

「本当の勇者みたい」

 

 妻は笑っていました。


 彼女はクルミを食べています。

 服の上に、クルミのかけらがボロボロと落ちていました。

 ランプの明かりに大きな蛾が集まっています。


「村の人たちは、君のことを恐れていたと思う?」と、私は妻に尋ねました。

「考えたことがないな、きっと、生活に疲れてしまい、何も考えることができなかったんだと思う。きっと、あなたが勇者じゃなかったら、ずっと、あの村で私のために生きることになっていたね」と、妻は暗闇を見つめていました。

「ぼくはそれでもいいかと思っていたけど……」

「そうね……」



 大きな蛾が、ランプの炎に触れてゆらゆらと地面に落ちていくのを見つめていると、彼女の顔は冷たい感情に満ちていていました。

 

「いっそのこと、私と一緒にこの世界を壊してみる?」

「そんなことはできないよ。一応、ぼくは勇者だからね……」

「ふふふっ、それはそうね」


 暗闇から、妻の笑い声が聞こえます。

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