第25話 奴隷

 獣族——動物の特徴を身に宿し、優秀な身体能力と探知能力を生まれながらにして持っている種族。

 初めて生で見た。


 でも、なんで? なんで、こんなところに獣族がいるの? さっきまで全く探知できなかった。これも獣族の特殊能力なのかもしれない。


「あッ……」


わたしは気づいた。


 ——視線が、合ってる。その獣族は、空にいるわたしのことを見上げてる。

 わたしのことをじーっと見つめてる。


 距離が離れていて、表情までは分からない。でも視線は、わたしを射抜くような視線だけはハッキリと感じる。


『いい機会だ。地面に降りるぞ』


「……はい、わかりました」


 いい機会? の意味は分からないけど、わたしは竜王様の言葉に従って竜気で形作った翼を操り、獣族がいる場所へと降下していく。


 そこは道がひび割れてるせいで足場が悪そうで、周囲の建物は赤く燃えていた。

 熱は、体を覆っている竜気によって軽減されるけど、周りが燃えてる場所に近づくのは少し嫌だ。


 徐々に地面が近づいて、その獣族の顔や格好が鮮明に見えて——


「えッ!? それ……首輪?」


 わたしは目を見開く。それは、目を疑う様な光景だ。


 地面に着地して、改めて見ても変わらない。明らかに金属製の首輪だ。

 しかも、普通の首輪じゃない。何かしらの効果を持つ魔法陣が彫られている。


 それに、着ている服もボロボロだ。茶色の汚れた布だけを体に纏っている。

 体格から多分男性だと思うけど、中世的な顔をしていて頭からは犬みたいな耳が生えてる。

 

 最も印象的なのは彼の目だ。

 まるで暗闇。

 一切感情が読み取れない。何を考えてるのか全く分からない。


『戦争で捕らえられ、奴隷にされたのだろうな。首輪に精神干渉系魔法が刻まれてる』


 ——奴隷。人族がやったんだ。首輪をつけて、ひどい格好をさせて、物として扱って。


 竜王様の力なら首輪に付与されてる魔法を何とかできないかな?


 いや、とにかく彼をここから連れ出さないといけない!


 頭の中からを引っ張り出す。

 竜王様の知識のおかげで、他種族の言語を聞き取れたり話せるようになった。

 いつも思ってるけど竜王様が博識すぎる。


「あの、ここは危ないですから逃げましょう。さぁ、わたしが竜を召喚するので、それに乗ってください」


 わたしは彼に獣語でそう喋りかけて、魔竜の召喚を——


「に、げて。俺から——離れて。君を襲う、ように、命令された」


「え? わたしを、襲う?」


 急に何を……もしかして、首輪に付与された魔法のせい? 人族は、彼を使ってわたしを足止めする気なの?


「最後に、た、頼みを。もし、もし、獣族に同情して……くれるなら。次はあぁ、あ……と、都市を、燃やす前に助けてやって、くくくくくくくくくれれれ!」


「ひッ!」


 怖い。精神干渉が効き始めたのか、壊れたように彼の体が痙攣している。なんとかして助すけ——


「あ……」


 目の前で彼の体が大きくなっていく。凄い量の魔力が彼の体の中から放出されてるのがわかった。もう、止められない。


 竜王様の記憶が、わたしに告げる。


 これは——【獣解じゅうかい】。

 獣族の固有能力。

 純粋な獣への回帰。


 体内のある器官に貯蔵してた魔力を解き放って、体の限界を超えた魔力量を無理やり使用する奥義。


 彼の着ていた茶色の布がビリビリと破れていく。

 さらに、体全体が焦茶色こげちゃいろの毛で覆われていって、爪が急激に伸びて鋭くなっていく。


 ——まるで、獰猛な獣。感情が読み取れなかった目は、今や獲物を見るような捕食者のものへと変貌している。


「あ、あ゛ッ、ばや……ぐ」


 彼が左腕を右手で押さえながら、絞り出すように言った。

 もう、理性が限界なんだ。どうすれば……。


『我らが逃亡すれば其奴そやつは命令を完遂できず、理性なくして永遠に世界を彷徨う事になるぞ。倒してやれ』


 え? 倒す? わたしが? 彼は人族じゃ、ないのに。

 でも、竜王様がそう言うってことは、彼をこの状態から助ける方法がないってことだ。


 ——竜王様に頼ってばかりじゃダメ。


【竜剣召喚】


 目の前に闇の穴を開けて現出させた竜剣の柄を、両手で掴んで取り出す。


 狙うは首。苦しませないように一瞬で終わらせる。


 あぁ、鼓動が早くなってく。手が震える。うまく息ができない。押さえつけて隠していたはずの心が、浮かんでくる。


「あぁ、あ゛がどヴ」


 わたしは心を決め、彼の首向けて竜剣を走らせる。太くなった首を簡単に両断できるように沢山の竜気を纏わせたため、一切の抵抗なく斬ることができた。


 彼の頭が地面にドス、と音を立てて落ちる。それと同時に彼の体も力なく倒れ込んだ。首の断面からは、噴き出ててる鮮血によって赤く染まった骨が見える。


 自分で竜剣を握って、直接倒したのは初めてだ。まだ手に感触が残ってる。


「竜王様、ひとつ、ひとつだけ質問してもいいですか?」


『……なんだ?』


「わたしが今まで滅ぼしてきた都市に、彼みたいな他種族の奴隷はいましたか?」


 わたしは意を決して竜王様に質問する。彼は【獣解】する前、「燃やす前に助けてやってくれ」って言ってた。


 それはつまり、私は知らないうちに——


『あぁ、いた』


 【竜炎】の攻撃などで人族以外の種族を倒してたってことだ。


「なんで!? なんで、教えたくれなかったんですか!?」


『貴様に伝えなかったのは——謝罪しよう。事前に貴様に伝えれば、都市を攻撃することを躊躇してしまうだろうと考えた。

 もし都市に囚われている他種族を救出すれば、あまりにも時間がかかりすぎるのだ。

 その間に人族は体制を整え、勇者が迫ってくる。貴様の目的を達成し、多数の他種族を救うためには、少数を切り捨てる必要がある。これは、仕方のないことなのだ』

 

「……竜王様の考えは、分かります。理解できます。確かに、事前にそのことを伝えられてたら、わたしは足踏みしてしまったかもしれません。でも、次からはちゃんと言って欲しいです。わたしと竜王様は、共謀者じゃないですか……」


『——そうだな、すまない』


「…………次の都市に行きましょうか。獣族の彼を相手している間に、人族は馬車か何かで逃げちゃったみたいですし」


 わたしは魔竜を呼んで跨る。重い空気が世界を支配している。


 わたしと竜王様は何も喋らず、召喚された魔竜の咆哮だけが空にこだましていた。


 

 

 

 

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