第16話 蹂躙

「【血を継ぐ星エマティノス】、俺の血を吸え!」


 恐らく、刀身の赤き剣の名前だろう。ハルラクスは目を見開き叫んだ。


 その剣から術式が展開されるのを竜眼りゅうがんが捉える。——と同時に、剣の柄から赤いいばらのようなものが伸びて奴の腕に絡みついた。


 なかなか興味深い術式だ。特定の血統に反応して、使用者の身体能力などを底上げする。血を吸わすほど効力も上がるらしい。


 ——奴の足に魔力が集中していく。そして奴は地面を蹴った。瞬時に加速し、最短距離で私の元へと向かってくる。


「チッ」


 それと同時に頭上から雷系統の魔法反応が現れた。奇怪な剣に集中しすぎた。どこに雷が落ちてくるか解析できない。


 自身を覆うように防御壁を展開する。直後、周囲が音と光で満たされ、防御壁が砕ける。


 目に閃光が走り、視界が白に染まる。だが私の竜眼は、奴が足に込めていた魔力を腕へ、そして赤き剣へと移動させる瞬間を捉えた。


 膨大な魔力を纏った剣が、迷いなき線を描きながら私の左肩目掛けて放たれる。


竜剣りゅうけん召喚】


 袈裟斬りだと判断し終え、すぐさま魔法を編む。左上に奥を見通せぬ穴を開き、そこから竜の紋章が掘られた剣を垂直に現出させる。


 ——それは盾だ。


 今の少女の体を全て隠せる大きさで召喚した特大の竜剣は、地面へと突き刺さり、奴の斬撃を防いだ。


 直後、その竜剣にヒビが入り、粉々に砕かれる。奴の斬撃を防げる最低限の硬度で召喚したためだ。


 白一色の景色が、徐々に色彩を取り戻す。


 最初に見えたのは竜剣の破片の奥、驚愕に満ちた奴の顔だった。

 渾身の一撃を防がれたことか、視界を奪ったのにも関わらず反応したことか、それとも竜剣の魔法構築速度に関してか。


 防御壁は竜気が体に馴染んでないことも相まって遅延が生じるが、竜に伝わる魔法は依然、息をするように使用できる。


「どうした? 戦士よ。これでは国など到底守れぬぞ」


 さらに竜剣を召喚する。奴の周りを覆うように出現させた十本の竜剣が、奴を貫かんと襲い掛かる。


 同時に放たれた十本の竜剣を、奴は空中で体を捻りながら斬り払うことで回避した。


 天賦の才能。判断の速さと、それに体がついてこられるほどの身体能力。


 ——だが、


「そこからどうするつもりだ?」


 足がまだ地につかぬ間、奴の着地点に【魔竜召喚】を応用した竜の口を生成する。大きく開かれた口。鋭利な歯が奴の体に穴を開けようとして——掻き消された。


 赤き剣線が見え、衝撃波が体を撫でる。奴は落下しながらも、さらに体を捻り竜の口を横一文字に切り裂いたのだ。


 ハルラクスは地面に足がつくと、すぐさま私から距離をとった。


 先程、私へ剣を振り下ろした際よりも余程身体能力が高い。何故しなかった? ……否、出来なかったのだろう。奴の目的はあくまで時間稼ぎ。あの赤き剣の特殊能力の最大出力でも、私を倒せぬと悟った。


 あれ程の力なら相当量の血液が必要だろう。今のでかなり持って行かれたようだ。奴の顔が青白く染まり、最初の時のような覇気が薄れつつある。


「血を吸わせすぎだ」


竜槍りゅうそう召喚】


 目の前に闇の穴を開ける。そこから現出させた竜槍を魔法で加速させ、奴の頭目掛けて射出する。


 速度は十分。だが、距離が離れているため到達するまで時間が——


「ほう」

 

 ハルラクスは自ら竜槍に向かっていき、両断した。

 勢いそのままに私の元へと接近してくる。


 視覚外からの竜剣、竜槍、竜の口、そして炎系統の魔法にも注意を払っているのが見て取れた。


「ゴバァッ」


 ——が、それが命取りだ。


 奴を貫くは氷槍。奴の足元から射出した鋭利な氷は、奴の胴体を貫き天へと伸びている。


 剣の能力で血を多量に吸われたせいか、流血が少ないな。


「な……ぜ、氷——はや、すぎる」


 ハルラクスが、目を見開きながら私の顔を凝視する。その声は弱々しく震えていた。


 正直、想像以上の構築速度だ。私——アムネの体に、ここまで超常的な氷魔法の適性があるとは。速度だけなら竜の魔法にも引けを取らないぐらいだ。


「あぁ……そうだった」


魔竜まりゅう召喚】


 私は空中に黒一色の竜を召喚し、少し離れた建物へと垂直に降下させる。その巨体は即座に加速し、建物を押し潰した。


「じ……い? に……げろ、じい!」


「貴様もわかってるだろう? もう遅い」


 遠方の建物付近で探知していた魔力反応が消えた。性懲りも無く又もや私に雷を放とうとしたのだ。


 しかし、近接戦闘などで仲間が近くにいては打てない魔法というのは難儀なものだ。





 ——竜気を使いすぎた、体はもう限界だな。


 何かに使えるかと残しておいた、竜気で構築された尻尾を霧散させる。


「ここらが潮時しおどきだな……」

 

 精神の方も長時間に及んで深く混ざりすぎた。アムネ側が、本能的にこれ以上の精神の融合を拒絶している。


 勇者が来るまでそれほど時間もない。


魔竜まりゅう!」


 私は魔竜を呼び、背中へと飛び乗る。そのまま空高く上昇していき、街全体が見渡せる高度で停止させる。


竜炎りゅうえん


 炎の球体を圧縮、青色の光芒こうぼうとして魔竜の口から放出する。狙うは街から出た数十の馬車一行。先程出たのだろう。まだ近い。


 熱線は、馬車がいる場所一帯を焼き払う。膨大な数の微弱な魔力反応が消えていくのが伝わってくる。


「チッ! また邪魔を……やはり、この体では威力が全く出んな」


 四台の馬車が、未だ止まらずに走り続けている。耐熱防壁魔法で熱線を散らされた。街にいた魔法士どもが馬車に乗っているんだろう。


 奴——ハルラクスの命令か。恐れを抱かぬ強い眼差まなざしを持つことだけはある。


「魔竜、いくぞ! 最速で飛ばせ」


 最後の足掻あがききを終え、私は体の痛みと抵抗を無視して竜気を無理やり絞り出し、魔竜に流す。街にも生き残りがいるようだが、この際仕方ない。


 理由は単純。探知魔法では届かない、遥か、遙か遠方。

 竜眼が、竜気に似た何かの塊を微かに捉えたからだ。ここまでの遠距離で視認できるのは異常といえる。


 魔竜が刹那の瞬間に加速し、景色が目のも止まらぬ速さで後ろへと流れていく。


 ——あまりにも屈辱的な戦果だが、今の体で何処までやれるかを把握できたのは良かった。

 竜系統の魔法が壊滅的なまでに弱体化してるものの、氷魔法の可能性にも気が付けた。


 それにしても体が悲鳴を上げている。何処かで休まなければなるまい。

 勇者と距離を取りつつ、適当な場所で体を休めるか……。

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