第17話 惨状

「何だ……これ?」


 ギルバートは呆然と呟いた。


 地面が、溶解していた。そこには、馬車があった。——何台も、何台も。


 これが先程感じた膨大な魔法反応の正体。


 ここに来る途中、何度か馬車を見たが、ザイテン王国首都の人口に比べて余りにも少なすぎるとは思っていた。


 理解したくなかった。予想される地獄を想像したくなかった。


 ——人が見当たらない。あるのは燃え滓、黒い塊。血痕すらない。


 ザイテン王国の首都は、ギルバートの脚力ならもう目と鼻の先同然だ。


 ギルバートは容易に想像できる地獄を頭から振り払い、足に人工竜気を纏わせ地面を蹴った。





 ギルバートは一度だけザイテン王国首都に訪れたことがあった。そこは小国ながらも栄え、人々の活気溢れる素晴らしい国だった。


 民の目には光が宿っており、皆が王を尊敬していた。


 だが、もはやそれは過去のものとなってしまった。


 たとえ予想していたとしても、凄惨な事実を受け入れることは容易ではない。


 ——焦土。


 ギルバートが首都の惨状を見て、頭に思い浮かんだ言葉だ。ある場所を中心として円形に焼け跡が残っている。


 そしてそこには、ザイテン王国国王—— ハルラクス・オルティノ・ガルム・ザイテンとその重臣——ロム・ディノルークがいた。


 ギルバートは絶句する。ハルラクス陛下は氷槍に体を貫かれ、目に光はなく、青白い顔からは生気が感じられない。


 ロム殿の下半身は、ほとんど原型がないほどひしゃげており、その手はハルラクス陛下を貫く氷の槍に触れていた。

 地面には這ってきた際にできたであろう血の道がある。


 それを辿れば、明らかに他とは違い、上から押し潰されたかのように倒壊している建物が見えた。


「やはり……間違いない、これは……竜気りゅうきの反応だ」


 竜気——竜族のみに与えられた特別な魔力の変化形。ギルバートが纏う人工竜気は、多数の犠牲を払うことにより、やっと再現されたものだ。


 しかし、それでも竜王が纏うものにな及ばない。竜気にも、練度があるのだ。


 ——だからこそ、ギルバートは気がついた。


 ありえない。あってはならない事実。


 これは……この竜気は竜王だ。間違いない。通常種の竜とは違う、超越した力の残滓ざんし


「なぜ……? 死んだはずじゃ……」


 確実な死だった。何度も確認したのだ。最悪だ。嫌な予感が的中した。


 ザイテン王国からメリモント魔法王国に送られた救難の連絡の一部に、こんな文言があった。


『魔族と竜の特徴をあわせ持つ少女が、魔法でできた竜を操り、民を虐殺している』


 これが送られてきた時、一つの可能性が浮かんだ。


 ——行方不明になっていたアムネ・セネスライトが復讐を果たしに来た。


 そしてそれは、『その少女がアムネ・セネスライトと名乗った』という追加の情報により、確定した事実となった。


 ならば、竜は? 魔族に竜を操るなど不可能な筈だ。それに、まだ子供。まともに戦闘などできるわけがない。


 度重なる矛盾。それらを解決するため、メリモント魔法王国が導き出したのは、あってはならない、最悪の可能性。


「やはり、竜王は復活した、のか……? アムネ・セネスライトの体を、依代よりしろにして……」


 夢物語のような魔法だ。まるで、御伽噺おとぎびなしに出てくるような、世界のことわりから外れた力。


 ギルバートが竜王の首へと剣を振るう瞬間、確かに竜王は何らかの魔法を展開した。

 メリモント魔法王国による必死の解析も虚しく、判明したのはそれが精神干渉系統であることだけ。発動に成功したのか、失敗したのかすら分からなかった。


 これは、竜王に魔法を展開する隙を刹那でも与えたギルバートの失態に他ならない。


「ごめん……みんな」


 ギルバートは、力を行使するために命の一部を捧げてくれた【鎖人くさりびと】へ、掠れた声で呟いた。


 過去の自分を恨み、呪い、深い絶望の底に立ちながら——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る